山田菊『八景』第三部「京都」(後半)

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盲目の皇子の寺

琵琶湖へ行く途中に開けた場所を見つけた、そこは罪人の首が落とされたところであり、宮廷から追放された盲目の蝉丸が住んでいた出会いの山〔逢坂〕でもある。彼は琵琶を弾き、こう詠んだ。

これやこの
行くも帰るも
別れては
知るも知らぬも
逢坂の関

その姉、逆髪姫は、逆立つ髪の皇女で、狂人だった。さほど遠くないところには、蓮糸で曼荼羅を編んだ千代姫の寺もある〔中将姫の織ったという當麻曼荼羅のことか?ただし當麻寺は葛城にある。千代姫が誰のことを指すか不明〕。

皆はるか昔に亡くなった、しかし皆そこにいる。

邪魔をせぬよう、声も歩みも落として通る。

三井寺:三つの井戸の寺、675年

地下深くから汲み上げられた井戸水は、新しく生まれた皇子の産湯になった。何にも乱されず揺蕩っていた暗闇から汲まれた水だ。

下駄がカラコロと鳴る。青銅の兎が聖水を吐き、波の上を走る。年代記によれば、その兎は日本の黎明期に波上を駆けて逃げたという〔三井寺の鎮守社である三尾神社のこと。兎を神使としている〕。

歴代の天皇は亡くなっているが〔三井寺の泉を産湯とした天智・天武・持統の3代の天皇のこと〕、参道は偉大なる記憶の通り道として、また今年1927年に洋装で参詣するという皇后行幸のため、改めて熊手で整えられている。

その記憶は、身を屈めて薪を運ぶひとたちに背負われている。

夜が戻ってくると
山の道々をゆく
薪を担ぐ木こりは
月の光で
月桂冠をつけている
Et jusqu’à la nuit rentrante
Par les sentiers de montagne
Chargé de son fagot,
Le bûcheron semble porter
Dans la lumière de la lune, des lauriers.
〔原句不明〕

昔を思うと、山林の寒さがいっそう身に沁みる。葉を落とした山は軽く、風が木々を髪のようにそよがせる。寺院の周りも中庭も、ただ冷たく動かぬ空気ばかりだ。

けれども遠くには緑と紫の湖が輝いている。向こう岸で近江富士が稲木の立つ田圃の上に山頂を覗かせている。

陽光で薄紅色と青色に分かたれた山々、その中に八つの名勝がある。百人一首の歌人や浮世絵師が数行や数筆のうちに閉じこめて見せてくれる。そうした作品の中では、象徴的な景色が今なお着物をまとってありありと見られる!

定番の着想を丁寧に数え上げよう。石山秋月、比良暮雪、瀬田夕照、三井晩鐘。

三井寺の最初の鐘の音に
旅人は言う、
ああ!もう一歩
夜へと踏み出した!
Au premier son du gong de Miidera,
Ah ! dit le voyageur,
J'ai fait un pas de plus
Vers la nuit !
〔原句不明〕

それから、矢橋帰帆、粟津晴嵐、堅田落雁、唐崎夜雨。

夜の雨に
音をゆづりて
夕風を
よそに名たつる
唐崎の松

別のところでは夜想曲のように謡われるだろう。

唐崎の松を行くと
今晩は雨だから
風音も聞こえない
Dans le pin de Karasaki,
Car ce soir à travers la pluie
Je n’entends pas le vent.
〔原句不明。同じ句のことか〕

琵琶湖の水が、わたしの両目、唇の間、そして耳の中へと流れ込む。あまりに幸せなことを書くから、友人たちはわたしが酔っていると思った。それが湖の奏でる音なのだ。

比叡山の高所にある寺は、鮮烈な楓の色に燃えているが、薔薇や椿や茶が暁光に雪の結晶のような花を開く。

琵琶湖

乾いた葦が風に吹かれて互いに身を摺り寄せる。靄に虹がかかり、なめらかな水を震わせる。

八十島の庭に昂揚はなく、瞑想があるだけだ!千年の昔からある石山寺が、黒々とした巌の上から、麓の穏やかな湖を見下ろしている。本堂は緻密に組まれた大梁で、釘に打たれるといった手荒な真似は受けていない。木像は黴に覆われている。女流詩人の紫式部が、源氏物語のふたつの章〔「須磨」「明石」〕を書いたのは、石山寺に籠もっていたときだ、きっと大きな月に照らされていただろう。

白雲が藁葺屋根の上をゆく、古の、静謐な、過ぎ去った記憶だ。

青銅の灯籠の中で金色の芯が融ける。多くのひとに踏まれてきた床が、わたしの足元で崩れる。

蔦が懸命に絡みつきながら松のてっぺんまで伸びている。

の子、紫色、
小さな紫藤よ
お前の力強い蔓は勝ち誇っている
松の木のてっぺんで!
Enfant de Mourasaki, la Violette,
Petite glycine mauve
Que vos fermes tendrils déroulent en triomphe
Au faîte du sapin !
〔原句不明〕

昂揚ではない、瞑想だ!

もっとも、森のなか山のなか至るところで楓の葉が燃えている。ここで思い出すのは小町〔小野小町〕だ、女流詩人で、尊大な愛人で、そして捨てられた愛人だ〔小野小町終焉地とされる月心寺百歳堂のことか〕。もちろん〔紫式部〕のことも思い出す、源氏の君の恋物語を語る聡明な女流作家。
秋露の下でも楓は燃えているではないか!

唐崎の松

沖つ波
たかしの浜の
浜松の
名にこそ君を
待ちわたりつれ
貫之

松は見事な努力で枝を地上あちこちに広げている。半島の根元から湖岸まで伸ばしているのだ。

恋する者のように、すべてを抱きしめたいと思い、それが永遠だと信じていた。もはや土から養分を得られず、ゆるやかに乾いて、樹は清らかな水の上で枯れた。

その魂は、儀式を経て、新しく植えられた松へと移されたところだ。若木の生き生きとした枝が老木の枝に入りこみ、そのざわめきに揺られながらも、老骨は枝をよじって驚くべき力で今なお伸びようとしている。

琵琶の形をした湖の岸辺で、まさしく木の龍のように、爽やかな水面の上で枯れている松、これほど心揺さぶるものはない。その影が岸を離れようとした舟の帆柱をかすめ、浮世絵に描かれた恋人たちが怖気づいたとしても、松そのものは敬い崇めるべき穏やかなものだ。

あらゆる希望が、水平線を眺めながら枯れてゆく。

太閤秀吉の寺

桜を見にゆくとき、太閤は通り道に黄金の敷石を敷かせるのが趣味だった。豪奢な道で花咲く木のところまで行けるようにした。

その魂の神殿〔日吉大社〕へは、縁のない幔幕が続いている。参道は琵琶湖に開かれ、聖なる比叡山に画されている。前列の山々の影が、後列の山々の並ぶ地平線に映る。

歩きながら、土の色を見ることはなかった。紫、茶色、褐色、赤銅色、緑、黄色の葉があった。わたしは祭神を、祭事を待っていた。

美しさは、自分より大きなものへの捧げ物なのだ。あまりに味わいすぎると、重荷となって、二人がかりで支えねばならなくなる。

秀吉の壮麗な参道、そこで感じたのは美しすぎる理想の充溢だ、険しい山と深い湖、それしかない。だから三橋、御影石でできた3本の橋に退避して、鯉や鰻、菊の漬物、茸や栗を静かに堪能した。

料亭の桟に身を傾げ、葉叢の限りない色調を感嘆しながら眺めた。雁の列が鳴いていた。農夫たちが、凍えながらも楽しげに、金色の葉を振って川沿いのぬかるみを行く。

冷たい水の中で遊ぶ民衆は、幸福で、それに満足している。権勢を誇る秀吉は派手好みを満たした。進みも戻りもせず、参道を行ったり来たり……不思議な3本の道、境内の三橋は、こうしてできた。

参道に佇み、ぼんやりと見回す。すると各々が自らの持つところ相応に花開いている。

桃山

桃山、桃の山、そこに秀吉は上質の畳と襖絵の屋敷を建てた。廊下の板は踏むと鳥のように鳴き、不安を先取りする響きだった。

月下に身を傾げる草花、山猫、孔雀、開いた扇、開きかけの扇、押し寄せる波、その波によっても洗い流せない太閤みずから検分した生首の血に染まる赤い部屋、戦の車、狩りの場面が、部屋から部屋へ、軋む廊下から反響する廊下へと続き、才ある者を飾り立てていた。

屋敷の一部は西本願寺という寺院に移築された〔西本願寺唐門〕。そこには当時いかに権勢をほしいままにしていたかが見てとれる。

門には絹の房が垂れ、警戒態勢のときに武装した侍を隠せるようになっている。跪いてしか入れないという帝の部屋を見ると、広々と畳が敷かれていた。250畳の広間に臣下の大名たちが並んで接見したのだ。

襖壁と梁を取り払い、屋敷を中庭に開くと、質素で高貴な能の舞台が現われる。秀吉は謡曲を歌った。厳かな庭は、同じく移築された美の見本たる茶室を囲んでいる。

掛物にはかろうじて富士が見て取れる、稜線は伏し拝みたいほど素晴らしい。「おお!」と声が上がる、太閤さえ富士を見ようとひれ伏した!「ちがう、わたしは松の枝を加えるために跪いたのだ!」との答えだ。

地下には蒸気風呂、そして刀掛もある。隠し階段を降りると、いつでも準備された逃亡用の小舟がある。

女たちの住まいには日本式の引戸よりも丈夫な中国式の扉がある。

錦や絹の擦れる音、兵士の喉を震わせる叫び、能面の向こうから漏れる柔らかい声……当時の女たちは槍を使い、馬にも乗った。

あるとき日本はこの封建時代の屋敷を寺院に変えた、今わたしはその過ぎ去った時代に自分の祖先を探しに来た。

本願寺の噴水

うち敗れた蓮が青銅の花びらを落とすがごとく、水流は煌めきながら噴き出し、飛沫をあげて曲線を描く。

花の中心に水が溜まると、大きく広がって溢れ出す、泉よ、いかなる悲しみの力が苦難の聖杯を満たし、水を貯えるのか?

物言わぬ泉の湿り気が染み入ってきて、たちまちわたしは心を強張らせる。心を開いてはいけない。人並外れた努力をもってしても、泉を枯らし、心を元どおり溢れさせることはできないのだ。

東本願寺、瞑想的宗派である禅宗の寺

巨大な柱の、開放的な、皆を受け入れる木の大聖堂!平らで四角い外観、前庭、鱗状の瓦屋根の乗った広間、それだけだ。

金色の祭壇は、入口で賽銭箱の柵に投げ入れた銅銭の音を聞いているだろうか?信者たちは書見台にもたれて起きたまま祈る、考えを反芻しているのだ。

壁の向こうの邸宅では、数々の高僧たちの後の世代である女性が、一歩ごとに形を変える池を眺めている。

寺院のある山の上では、さらにその子ども世代が、現世を歩き回ったのち、瞑想をしてから、ゴルフやテニスに臨んで勝っている。

祇園

祇園の茶屋へは5時ごろ行くことになっている。紅葉の宴で歌や踊りを楽しむのだ。玄関で車を降り、布靴を下駄に履き替え、徒歩で藝者の座敷へと向かう。

赤土の壁は悦びに紅潮したかのようだ。通路は片づいており、優雅で、気品がある。師範の娘が古風な髪形を提灯に輝かせるあとを、わたしは静かについてゆく。同門なのだ。彼女のほうがわたしよりも先にヨーロッパを知った。同じカトリック教会で聖体拝領した。茶席と演舞の間、暗い中わたしの隣で膝をつきながら、何を思っているのだろう?

わたしはしばし踊り子の仕草や服の色の滑らかな動きを見つめた。わが国の風景、伝説、詩が、器楽のリズムに乗って生き生きとした節回しを刻んでゆく。

八十島の様式化された精髄、統合による完璧な美!

目の端でわたしを捉えた娘が「お帰りですか?」と尋ねる。

わたしは悲しく答える、「異国の踊りを見られるとよかったのですが」

奈良

王寺の谷はとりわけ穏やかで、記憶が眠っていた。葉の落ちた木に実をつけた柿は、果肉に周囲の活気をすべて詰めこんでいた。

光の天皇と春の皇后の御陵の周りは茶畑だ〔ピエール・ロティ『春の皇后』が昭憲皇太后のことであるから、明治天皇と昭憲皇太后のことと思われるが、伏見桃山陵は奈良ではない〕。

8世紀以降、奈良の灯篭は、古の紋章が石に刻まれている。並んで彫られているのは墓だという。御陵の奥では、紅白の衣を纏って廻廊を進む乙女による、神道の舞が見える。

3月には、御影石と青銅に春日大社の灯が輝く。神使の鹿が竹をくわえており、そこから恵みの水が流れ出す。

鐘の音、僧侶たちが大きくする仏の声が、その日は絶えず鳴り響いていた。わたしはどこへ行けばよいか分からなかった、どこにも人影はなく、わたしは独りだった。藪の中で鹿が鳴いた。角を合わせ、群れで反芻し、ススキの間で眠っていた。

仏の声が響く中、雲とともに冷たい夜の帳が下りた。池の水が揺れ、驚いた亀が現われた。影が落ち、静寂を好む仏は黙った。

昔の埃が大きな肩に積もっている。過去と未来の間で、わたしはかつてない孤独を感じた。

先祖たちが別の道へ入り、沈黙したように、わたしの考えも影に包まれるだろう。いかなる使者もなく、この魂は沈黙する。

古の奈良公園よ、広大な沈黙に呼びかける仏像よ、人懐っこい鹿よ、荒廃よ、木の葉よ、静かなる悲哀よ、わたしは祈る!

京都の金色の家

木と藁の家を歌い上げよう、神々と先祖の聖域だ、一塊の火が火鉢に置かれ、さっぱりとした茶の香りがする。

主人の好みの美術品が置かれた床の間に、熱中する男の子、可愛い女の子、献身的な母親を見つけよう。

飾りけのない入口の質素な出迎えも、庇の下でくすんだ水の滴る御影石も忘れまい。

大きな座布団、ミミズクの子守歌、遠くに蟋蟀と琴の聞こえる、申し分ない夜のことも語ろう。

くっきりと円い月、その光が斜めに障子に射し込む。

あなたがわたしの傍で眠っていると、空の輝きが目蓋の内側に入り込んで、目を覚まさせる。この光の呼びかけこそ一日で最初の喜びだと、わたしは知っている。いくらか生活を送り、太陽を浴びたら、また心地よく眠りに就く。

白い蚊帳に浮かぶのが格子の陣取り遊びだろうと月光の描く三角形だろうと、あるいは起き抜けの眩暈だろうと、ともかく言葉にできないのだ、眠ったり起きたりするとき家がどれほど金色や白色になるか、今日に至ってもなおわたしの心の周りをめぐっている日々の流れがいかに調和のとれたものか!

(訳:加藤一輝/近藤 梓)

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