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できた、でもしなかった

禁煙生活は一週間と続かなかった。実際には三日ほどしか続かなかった。三日坊主。坊主といっても、髪型のことではないのだろう。三日天然パーマ。そんな字面を見たことはない。

しばしの禁欲が、蕩けるような快感をもたらすことはよく理解している。碌に食事も取れなかった数日間、そののちに口にするケンタッキー・フライド・チキンの美味しさに驚く。オアシスを聴きながら、タバコの煙とハイボールを喉に流し込む。

そしてまた本に目を戻す。昨日読んだ小説に出てきた、ポール・オースターの『幽霊たち』。柴田元幸を好きになったのも、元はと言えばオースターが好きだったからだと思い出す。『幻影の書』、『最後の物たちの国で』。そもそもこれらは翻訳書を読んですらいなかったことに気付く。オースターの綴る言葉は、淡々と無駄がなく心地良い。

ほんの少しのアルコールで、文字は頭のなかに入る前に形を失っていく。代わりに、自分の思考がこうして溶け出しはじめる。彼らのように美しい文章が書けたなら、自分の醜さも救われたのだろうか。そんなことを思い、また卑屈になっている自分に気付く。

もう待たなくていい。それはある意味、時の流れからの解放といえる。などと考えているあいだに瞼が重くなり、文字も思考も私のもとを離れていく。
このまま目覚めなければいい、そんな思いが頭をよぎったところで、明日が燃えるゴミの日だったことを思い出す。現実の生活に引き戻され、体を起こす。何事もない一日が、こうしてまた終わっていく。

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