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『全部は抜けない池の水』日銀当座預金の暗礁

最初に確認させていただくが、これからお読みいただく(かもしれない)文章は全く面白くない。しかも分かりにくい。世の中でこんな話に関係がある人は限りなくゼロだ。もし面白いと思われた方は、かなりの変人だと自覚された方がよい。

日銀当座預金と資金決済にまつわるお話である。

2024年6月の金融政策決定会合で、日本銀行は国債買入れを減額する方針を決定した。2013年からの異次元の金融緩和で日銀のバランスシートは急拡大してきた。今後はこれが縮小していくことになる。バランスシートの縮小には数年どころか数十年単位の時間を要する可能性があるが、はたしてこのゴールはどこなのだろうか。

日銀のバランスシートの負債サイド、日銀当座預金残高をどこまで減らせるか、という観点で考えてみたい。

日銀当座預金は、金融機関同士の資金決済の手段である。「銀行の銀行」と呼ばれる日銀の役割だ。家計や一般企業が銀行振り込みで資金の決済を行うのと同じように、金融機関は日銀当座預金を通じて資金を決済する。銀行間の資金決済が円滑でなければ、経済全体のインフラとしての決済システムが機能しない。

決済を円滑に履行する為には、基本的には日銀当座預金は多い方が良い。日本の決済システムの現実とは離れて、仮想的で単純な例を考えてみる。

金融機関が2つだけ存在し、何らかの事情でAからBに100億円の資金決済(資金の受け渡し)が必要だとしよう。Aが日銀当座預金を100億円持っている場合、この100億円をBに動かせば決済は履行される。

  • A→B 100億円

ここでもし、Aの日銀当座預金が10億円しか無かったらどうだろうか。Aは不足分の資金を調達しなければ決済が履行できない。例えば、BがAに90億円を貸し出すことが考えられる。Bが90億円の日銀当座預金を保有していれば、これをAに受け渡し、Aは合計の100億円をBに受け渡すことが出来る。

  • B→A 90億円 (BからAに90億円の貸し出し)

  • A→B 100億円

ここで更に込み入ったことを考えてみよう。Bが貸し出せるだけの日銀当座預金を全く保有していなかったらどうだろうか。このような場合の解決策として、BがAから100億円が受け渡されることを見込んで、これをAに貸し出すことが考えられる。Bには実際には残高がないが、帳簿上存在する資金を貸し出すのである。BからAに90億円を貸し出すことで、元々受け渡しが必要だったAからBへの100億円とネットアウト(相殺)し、AからBへの10億円の送金だけで、当初予定されていた決済は終了する。

  • A→B 10億円 (BからAに90億円の貸し出し)

ここから更に込み入ってみよう。仮に、何らかの理由で決済のネットアウトが出来ないとしたらどうか。それでも手段はある。例えば、本来AからBに100億円の受け渡しが必要なところを、10億円ずつ10回に分割して支払うことにしてみよう。まずAからBに10億円だけ決済する。Bは受け取った10億円をAに貸し出す。Aは借り入れた10億円をBに受け渡す。再度BはAに10億円貸し出し、Aはその10億円をBに受け渡す。10回目で、当初必要だった100億円の資金決済は履行され、AはBから合計90億円の資金を借り入れた状態になる。

  • A→B 10億円

  • B→A 10億円 (BからAに10億円の貸し出し)

  • A→B 10億円 

  • B→A 10億円 (BからAに10億円の貸し出し)

  • A→B 10億円

となり、最終的には

  • A→B 10億円×10回=100億円

  • B→A 10億円×9回=90億円 (BからAに90億円の貸し出し)

以上はあくまで仮想的な資金決済のイメージだが、重要な点は「日銀当座預金が少なくても頑張れば決済は履行できる」そして、「とはいえ日銀当座預金が足りないと決済が非常に面倒になる」ということだ。

決済を円滑に、確実に、楽に履行する上では、金融機関は日銀当座預金をなるべく沢山保有しておきたい。だからと言って、使い道のない日銀当座預金がやたらと過剰に存在するのも望ましくはない。現在、日銀当座預金には利息が設定されており、日銀当座預金が増えれば増えるほど日銀の利払い負担が増える仕組みになっている。

以上を踏まえ、実際の日銀当座預金残高と、決済金額の推移を見てみよう。

出所 日本銀行から筆者作成
決済金額はカレンダーベースの月中平均
日銀当座預金残高は各積み期間平均

量的金融緩和が行われていなかった2006年から2009年頃まで、日銀当座預金残高は概ね10兆円前後で推移していたが、決済金額は120兆円に達している。日銀当座預金全体が12回程度回転していた計算だ。計算上の回転数がこのように高められる背景には、日中当座貸越やDVPといった決済円滑化の制度が寄与しているが、ここでは深く立ち入らない。

2009年以降はリーマン・ショック後の大規模な金融緩和によって日銀当座預金が増え始め、2013年以降は更に増加ペースが加速した。一方、決済金額は緩やかな増加にとどまっており、現在では回転数が0.4回程度まで低下している。それだけ、動かさなくてもよい日銀当座預金が大量に存在するということだ。

かつて、日銀当座預金が10回転以上していたことを考えれば、550兆円もの日銀当座預金が不要なことは疑いようがなく、問題はどこまで減らせるか、減らすべきかという点になってくる。直観でしかないが、少なくとも1回転相当の200兆円程度まではスムーズに減少させることができるのではないか。

とはいえ、現在の市場参加者は過剰な日銀当座預金が存在することを前提とした資金のやり取りに慣れきっている。日銀当座預金が急減すれば、資金決済の目詰まりのような事態が生じるリスクはある。

中央銀行のバランスシート縮小については前例がある。また別の機会に、簡単なレビューをしてみたい。

*こちらに続きを書きました。
https://note.com/catapassed/n/n2d44f28b545c

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