見出し画像

『海図なきオペレーション』中央銀行のバランスシート縮小

前項で、今後の日本銀行のQTにともなう日銀当座預金減少について述べた。
https://note.com/catapassed/n/nfdcd23a34c76

中央銀行のバランスシート縮小には前例がいくつかあり、日銀が実施している多角的レビューでも部分的に言及されている。

FEDのバランスシート縮小

例えばFEDは2022年6月から保有資産の削減を進めている。最大で9兆ドル程度あった総資産は足元で約7兆ドルだ。
https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2023/data/ron231212a.pdf

出所 日本銀行

削減額は2年間で概ね2兆ドルであり、FEDの総資産対比で年間1割程度の削減ペースだ。日銀の総資産は2024年7月時点で750兆円程度、1割なら約75兆円を1年間で削減するイメージになる。日銀の資産構成を考えると、直ちに新規の国債買入をゼロにしてギリギリ届くかどうかという減額ペースだ。

2019年の米国短期金利急上昇

FEDのバランスシート削減について論じる際には、むしろ2019年9月に生じた短期金利急騰の方が重要かもしれない。

出所 NY連銀から筆者作成

この時期はコロナ禍前であり、FEDはリーマン・ショック後に拡大したバランスシートをゆっくりと縮小する過程にあった。政策金利は2%程度に設定されており、短期金利(SOFR)は概ねこの水準で安定していた。ところが2019年9月17日、突然これが急騰した。一部では9%でも取引が成立し、この日の平均は5.25%となった。

金利が急上昇した原因は、いわゆる税揚げと国債の大量発行による準備預金の減少であり、一部の金融機関が資金不足に陥ったとされている。しかし、やや減少傾向にあったとはいえ、全体としては準備預金は潤沢だった。FEDの総資産はリーマン・ショック前に1兆ドル以下だったのに対し、2019年9月は約3.8兆ドルであり、数字上の資金供給は十分だったと言っていい。問題が生じたのは、市場参加者の資金の偏在が解消されなかったためだ。

決済の円滑の確保の為には、余剰主体から不足主体に、資金取引が円滑に行われなければならない。どこかに資金が余っていても、その余剰主体が資金を出すかどうかは個別の判断であり、同様に資金不足主体がどのような資金調達を選択するかも個別の判断である。

これは冗談だが、大量に資金を抱えている金融機関が「今日は担当者が熱を出してて寝てるから何もできない」と言えばその資金は動かない。また、資金が不足している金融機関の誰かが「あそこが金出すって言ってるけどあいつには前に嫌がらせされたから絶対あそこからは借りない。レートが悪くても別のところから借りる」と言い張れば、市場金利は上がってしまう。

より現実的にあり得そうな話としては「システムトラブルで資金繰りが分からないから多分お金はあるんだけど出せない」といったような状況だろうか。

FEDは2024年6月、進めてきたバランスシート削減のペースを減速したが、こうした判断の背景には2019年の市場の混乱に対する反省があると見られる。
https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/monetary20240501a.htm
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK202240Q4A120C2000000/

こうした経緯は当然日銀も把握しており、相当な警戒を持ってバランスシート縮小を進めるだろう。日銀当座預金残高という水位が下がれば、船は知らぬ間に浅瀬に侵入し、暗礁に乗り上げる市場参加者が出てくる可能性はある。

2006年日銀の量的緩和からの出口

もはや昔話に近いが、日銀は2006年に世界の中央銀行に先駆けてバランスシート縮小を実施している。2001年から始まった「第一次量的緩和政策」の出口である。この時は30兆円余り存在した日銀当座預金を数ヶ月で10兆円程度まで削減した。

当時は日銀当座預金への付利が存在しなかった。準備預金制度上の所要準備を上回る日銀当座預金(超過準備)が存在する限り、理論上、短期市場金利は限りなくゼロ%に近づく筈だ。当時の所要準備は6兆円程度であり、実際、2006年の4月頃まで、無担O/Nコールレートはほぼゼロ%に張り付いていた。

出所 日本銀行(赤線は筆者)

2006年5月に入り、日銀当座預金が20兆を割った頃から少しずつ市場金利が動き始め、12兆円を下回った頃から明確に上昇した。所要準備まではまだ数兆円の余裕があり、全体としては余剰と言える環境でも金利は上がり始めたということだ。その後、市場参加者の対応(慣れ)が進み、大きな混乱なく、日銀当座預金は概ね所要準備に近い水準まで減少した。
https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2007/ron0705a.htm
https://www.boj.or.jp/research/brp/fmr/index.htm

ただし、この時と現在とでは状況が大きく異なる。2024年7月、日銀当座預金残高が550兆円程度まで拡大した一方で、所要準備額は13兆円程度である。かつて、概ね所要準備相当額まで日銀当座預金残高を削減できた実績を考えれば、同様なスケールまでバランスシートを縮小するべきなのかもしれない。しかしそこに到達するにはどれだけ急いでも10年程度かかるだろう。それだけの期間があれば再び金融緩和が必要になる局面も十分に想定される。さしあたり、現実的なゴールとして目算が立つ状況ではない。

異次元緩和の負の遺産

これも異次元の金融緩和が残した巨大な負の遺産の後始末だ。長い船旅になるが、どこに暗礁があるか、海図はない。慎重なオペレーションが求められるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?