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"This time is different"

 日本銀行金融研究所主催2024国際コンファランスにおいて、植田総裁、内田副総裁が講演を行った。その中で、内田副総裁が用いた「This time is different」という言葉が注目された。このフレーズは、2011年に当時の白川総裁も講演で使ったことがある。白川総裁は「バブル期には、いつも、今回は違う(This time is different)という見方が登場します」と述べた。この意味することは「実際はこれまでと同じであるにも関わらず、今回は違うと勘違いしてしまうことの危うさ」であり、金融市場一般でも、皮肉を込めて古くから用いられる。
 しかし、今回の講演で内田副総裁が「今回は違う」と述べたのは、このような文脈ではない。まさに、本当に、今回は違うのだ、という見解を示したものだ。内田副総裁が、当時の白川総裁の意図したところ知らない筈はなく、また忘れている筈もない。金融市場一般でどのように用いられるかも当然知っている。その上で、過去との決別を強く表明するための、挑戦的な意味を込めた発言だったことが推察される。
 それでは、今回の講演で、内田副総裁は、何が違うと主張したのか。講演全文を通して確認できることは、5月21日に開催された「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップの第2回を踏襲した内容になっていることだ。講演の表題も「わが国における過去25年間の物価変動」であり、多角的レビューの対象期間をフォローする意図が読み取れる。
 講演では「2013年に QQE を始めたときには、日本経済にはまだ大きなスラックが残っていたことを意味します。その当時は、女性やシニア層からこれほどの規模の追加的な労働力が供給されることは、予想されていませんでした。」、「日本銀行は、10 年間にわたって経済に高圧をかけ、ようやくこうしたスラックはなくなっていきました。」とある。「This time is different」は、2013年時点、異次元緩和初期に、物価の押し上げに成功したかのように見えつつ、失敗に終わった、あの時とは違うということである。
 内田副総裁がこうした見解を示していることからも、政策委員会のイメージは、「今回は違う」という方向に傾いていると見られる。2024年4月の展望レポートでも、見通し期間終盤にかけて2%程度の物価上昇率が持続する予想が示された。経済の質的変化のポイントが労働市場のスラック解消であると考えるならば、それを今後のデータで確認していく必要がある。引き続きベアの引き上げ効果が賃金統計で確認されるか、更には企業向けサービス価格指数、サービス物価といった、賃金感応度の高い物価指数が持続的に上昇していくかが注目される。

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