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処方薬過剰服薬 自殺未遂 記録(6/25更新)

去年の8月24日 母親が買い物に行った隙に僕は母親のカラーボックスから大量の僕の処方薬を見つけた。これを飲んで死のうと思った。

マグカップになみなみと水を注いで用意スタート。ここで酒で飲んでいたら助からなかったかもしれない。
あとはもう一包化された薬の袋を開けて口に含み水を飲んで流し込むだけ。100錠以上は飲んだ。

水がなくなったところで母親が帰ってきて水が汲めなかったので残っていたベンゾジアゼピンのリボトリールなどといった薬は諦めた。
元依存相手に「ごめんね」とLINE。

その後意識を失い 母親に発見され かかりつけの精神科の病院へ救急搬送されたのだが 当然意識がない。

意識があったのは尿道カテーテルを挿入されて「痛い痛い痛い!」って言ってるところだけ。胃洗浄はされなかった。

そのよるは拘束&点滴(ソルラクト輸液)された。

次の日尿カテ&拘束解除。ICUの看護師さんたちは優しかった。トイレに行くときは付き添ってくれた。
その後 主治医がきた。そのときどんな会話をしたのかもう忘れてしまったけど「死にたい気持ちは和らいているか」の確認をされたことは覚えている。

なぜ このときに医療保護入院にならなかったかわからない。
主治医は僕の「(死にたい気持ちは)和らいでる」という言葉を信じたのかもしれない。

薬が整理された。
デプロメールはカットされ主剤はルーランだけになり マイスリーとがカットされてデエビゴですら頓服になった。
それに薬がたくさんあるとまたODしたくなるといけないから週一の受診になった。
このとき主治医に「今度は飛び降りをする」と言えていたら。主治医はどんな反応をしていたのか 入院させられていたのかと考えたりする。
それにICUの看護師さんが「もうここに来ちゃだめだよ」って言ってくれたのに僕はそれを忘れて飛び降りをしてしまった。

後遺症として 物事を忘れっぽくなる症状がでた。
最初は母親が「飛び降りで頭打ってないよね!?」って言っていたけど 考えてみればODの後遺症だとわかった。これはもう一生治らない。

ちなみに 双極性障害の薬のリーマスという薬をODすると 透析させられるらしい。リーマスはリチウム中毒になりやすいため 過剰服薬すると 死に至りやすい。
だから死にたかった頃 僕は(飛び降り後)双極性障害の薬を主治医に処方してもらうとき リーマスを希望したけど 自殺未遂したので処方してくれなかった(ラツーダ⇒ラミクタールになった)

おわり。
これは経験談として書いています。決してマネしないでください。

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