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ワタリガラスのあふれる生活:美術を身近に

エッセイです。米北西海岸インディアンアートとの出会い。美術を身近におくことについて。

役に立つと思えないもの、あるいは美しいと思えないものは、いっさい自宅に置かないことだ。
ーーウィリアムモリス

この言葉を聞いて、あるいは

たしかに心は環境を創造するが、環境や道具もまた思考の形成に影響を与える。
ーーナタリー・ゴールドバーグ「書ける人になる!ーー魂の文章術」

という言葉を聞いて、

素晴らしいエッセイを生み出すための芸術的感覚を磨くためには、常に美術に触れなければならない、と感じた。自分が美しいと思う良質な美術を、常に目に入れることで、感性が磨かれる。

机の周りだけでも片付けた今、私も美しいものを常に目に入れるようにしようと思い、米北西海岸(ノースウェストコースト)インディアン紋様のコースターを机の上に飾った。

冒頭の写真の2つである。


片方はワタリガラス、もう片方は「伝統を抱いて」と題されている。木肌に赤と黒で描かれたそれは、長い冬の寒さと死の黒、生命と血の赤から成り立っている。紋様の顔はひどくエスニックで、黒目の大きなアーモンドアイは、静かで力強い。多くを語らないが、心を鎮めれば魂の声が聞こえると受け継いできた人々の紋様だ。

黒と赤。混ざり合う肉体と血。ワタリガラスの翼はめちゃくちゃな位置にあり、折れ曲がっているように見える。翼が折れ、血にまみれても、ワタリガラスは気にもとめない。狂ったように笑い、踊っているのだ。ワタリガラスは創造と破壊のトリックスターである。

美的感覚と、インスピレーションをもらおうと、私は彼らを机の上に飾った。しかし眺めていれば、混沌とした世界に飲み込まれる。生と死が混ざり合い、境界なく流動している。幾重にも瞳の中にまた瞳がある眼を見て、私は私の中心をえぐられる。混沌を掘り刺す瞳が、私の心を見透かし、その向こうの魂を吟味している。

ノースウェストコーストのアートには、魂を貫く魔力がある。


ノースウェストコーストのインディアンアートを売っている店は、意外と少ない。カナダの物産展などで、たまに扱われているくらいだ。バンクーバー島のトーテムポールなども、同じ文化圏にあたる。

専門店は国内に知る限り、1店しかない。20年以上も前からノースウェストコーストアートを扱っている、「ファーストネーションズ・ジャパン」さんだ。

初めて行ったのは、高校か、大学に入りたての頃だろうか。カナダ大使館の近く、カナダのアンテナショップの一画を間借りして、その店はあった。


ガラス戸をくぐると、高く盛られたメープルクッキーの赤い箱、メープルシロップの琥珀色、色とりどりのブランケットが目に飛び込んだ。どれもに、サトウカエデの特徴的な葉がデザインされている。メープルキャンデーの箱の並ぶ黒いカウンターから「イラッシャイマセ」と声がして、金髪の欧米系の女性が顔を覗かせた。

「アメリカの北西海岸のインディアンのお店はここですか?」と聞くと、「オゥ、ソレハソコカラムコウデス」と、カエデの葉のワッペンのついたジャンパーや、パーカーの向こうを指差した。

覗くと、マグカップ、水筒、キーホルダー、小物入れ、Tシャツ、ポストカード…所狭しと並べられた小物が目に飛び込んでくる。それらにはカエデの葉ではなく、力強い曲線と楕円、うろこ状の台形などで構成された、動物? の紋様が描かれていた。

その先にはガラスケースが並び、細身の男性が陳列をいじっている。小物と同じ意匠の刻印された、シルバーアクセサリー。当時の私には、とても手が出ない代物だと直感した。

金髪の女性が「オキャクヨ」と声をかけて、男性が顔を上げた。平日の午後だったためか、店内には他に誰もいない。男性、店主のSさんが「いらっしゃいませ」と声をかけてくれた。


「これはイーグル(鷲)、こちらはハチドリ。すべての動物に意味があるんですよ」

隣のカナダ物産店で扱っている貴腐ワインフレーバーの紅茶を出してくれながら、Sさんが説明してくれた。甘味の中に苦味のある、ぶどうの良い香りの紅茶は、驚くほど美味しい。

「ハチドリは美、女性性。美しさをもたらす鳥なので、女性には人気なんですよ。ウルフ、狼はリーダーシップや、家庭を守護する意味もあります。」

Sさんの手にする銀の装飾品たちは、冷たく輝いて美しい。銀だから、護符の意味もあるのだろう。使えば使うほど、黒ずんだ銀が彫られた線に溜まり、紋様は存在感を増すのだという。いつかは身につけたい、と思った。


紋様の中で、私はくちばしの大きい、踊っているような姿で描かれた鳥が気になった。腹の中に、人間の手が描かれている。

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「それはレイヴン。北極圏に住む大ガラスです。その手は『創造の手』といって、様々なものを創造する力を表します。」

踊っている。狂ったように笑っている。何もかもを創造する。魔法の守護者。

「ワタリガラスは創造者。世界を創ったと言われています。そしてトリックスターで破壊もする。天から月を盗んできて、口の中に隠している。ほら、舌の下に円が描かれている。これが月。」

メディスン・カード(ネイティブ・アメリカン版のタロットカードのようなもの)で示された守護動物の中にいなかったから、自分の守護動物だとは思わなかったけれど、私はこの時からワタリガラスに強く惹かれていた。

ワタリガラスを中心に、マグカップと、ランチョンマット、ステッカーと、ピューター(真鍮)製のペンダントを買った。
部屋に飾り、身の回りをワタリガラスに囲まれて暮らすようになったのだ。

ついでに貴腐ワイン紅茶のティーバッグも買った。


考えてみれば、身の近くに常にノースウェストコーストのインディアンアートがあった。気づかなかっただけで、美術には常に触れていた。原初的で呪術的なアートに。


それから20年余り。買い足し、買い足したノースウェストコーストアートは、部屋のいたるところにある。

シルバーアクセサリーも買えるようになった。最初に買ったのは、やはりワタリガラスだった。アクセサリーは身につけられるのはいいが、自分で見えないのが難点である。

新しい手帳の表紙にも、「ファーストネーションズ・ジャパン」さんでもらったステッカーを貼った。イーグルだ。これでいつでもアートを思い出せる。

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お店は今は、横浜にある。年が明けて、また街中にも少し出かけやすくなったら、新しいアートを仕入れに行こう。


「ファーストネーションズ・ジャパン」さんのホームページ


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楽しんで頂けたなら幸いです。ご寸志、受け付けております。