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『生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方』 高橋宏知

デジタル・ネイティブ世代が苦手とする三つのことがあるという。
その三つとは、

・考えること、質問すること
・想定外
・電話

考えることが苦手というのは少し失礼な言い方に感じるが、質問、想定外、電話あたりは、なんとなくそうかもしれないなと想像できる。
面白いのはその続きで、著者は、これら三つが苦手というのは、人工知能(AI)の特徴と同じだと言う。確かに。
スマホやインターネット検索と共に育ったデジタルネイティブ世代は、その知能の性質が既に人工知能化しているというのは、ありえそうな気がする。

本書はその指摘からスタートし、いわゆるAI的な人工知能と、生物の脳の能力である生命知能、さらに「意識」についての知見を伝え、AI時代の展望を示唆してくれる。

専門的な記述が多く、さらさらと繰り出される専門用語の流れに、時に置いていかれそうにもなるが、脳のニューロンとシナプスの活動をSNSの影響とフォロワー数に置き換えてみたり、ダーウィニズムの理論をコロナ禍でのテレワークの浸透に当てはめてみたりと、身近な例えが駆使されており分かりやすい。

人工知能は自動化の能力、生命知能は自律化の能力であり、両知能は対立するものではない、と著者は述べる。
効率的で人間離れした精度を実現する人工知能、そして人工知能が真似できない試行錯誤、創造性、臨機応変なコミュニケーションという強みを持つ生命知能。
私たちが生命知能を磨き、活かす努力を怠らなければ、著者の示すような、人工知能と人間が支え合う未来を築いていけるのだろう。

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脳の知能的側面とは別に、「意識」という側面についても本書は解説している。

あえて考えないと気付かないことですが、私たちは脳が作った世界の中で生きています。いつでも目を開ければ、目の前にはリアルな世界が広がりますが、これは脳が作り出した意識の世界なのです。

芸術、宗教、科学的研究は意識があるからこそ発達したのであり、人工知能には踏襲できない分野だ。
しかし、意識が脳のどこで発生しているのかは解明されておらず、いまだ研究途上であるという。
他者の行為を見て自分の行為として「経験」する(いわゆる感情移入)という脳活動の正体であるミラーニューロンの話や、特徴的な知覚特性を持つ自閉スペクトラム症についての記述など、とても興味深い。
今後の研究が気になる世界だ。

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私たち人間がAIに負けない、負けてはいけない生命知能。どうやって鍛えていったらいいのだろう。
著者は耳寄りな情報を教えてくれる。
一生懸命に学習すると、その時の脳活動が睡眠中に再現され、脳の神経細胞に記憶が定着するというのだ。
寝ている間に脳が自発的に学習をしてくれるなんて、嬉しい話ではないか。

寝る前にベッドの中でこの箇所を読み、なるほどそういうことか、その日の出来事や知ったことが夢に現れるのは、ただの記憶の残像というのではなく、脳の学習活動なのだな、と納得しながら、本書に満載の数字と計算式が睡眠薬となり眠りについた私は、さっそく睡眠学習を体現するような夢を見た。

柄にもなく物理学か何かの講義に出席しており(私は文系出身)、黒板に出題された難問を「解けた!」と思って意気揚々と挙手して答えたものの、ごく初歩的なミスを先生から指摘されてしまう、という夢だった。

小っ恥ずかしさのあまり目が覚めてしまった時に「ああ、恥をかいたのが夢で良かった」という思いがまず浮かんだ私は、色んな意味で、自分のしょぼさを思い知ったのである。