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No.4「●」(2021/5/20)

銀座の白い交差点の中央に●が埋まっている。
●は一定時間じっとして、時折-に変化する。あたかも上空の眩しさを楽しんでいるようだ。
 
今日の銀座は人がいない。
歩行者天国の歩行者はみんな天国に行き、僕と●だけが残ったのだ。
●は瞬きをするだけで、干渉も感傷も無い。これはいい。
 
僕は●を拾い上げ、入念に調べる。これは三十円玉じゃないか。
 
三十円玉は木耳のようにコリコリとやわらかく、程よい重さがある。
その質感から、腕時計の文字盤にちょうど良いとされている。しかもこれは路地の線画が細くレリーフのように描かれている。さすが銀座だ。
 
僕が見惚れていると、●-の変化速度が速くなった。少しだけ上空に近づいたため、目をしばたたいているのだろう。これは悪いことをした。首元からスカーフを外し、交差点に覆いをかける。これでシガイセンが防げるはずだ。
 
三十円玉は、まだ-のままだった。僕は腕時計の風防を取り外し、-を文字盤に置いた。すると-はヨックモックが開くように●に戻り、文字盤にぴったり嵌まった。そのまま●が細かく振動すると、真っ暗なスカーフの曲面に緑色の映像が広がった。
 
映像は最初滲んでいた。きっと洞窟の中で微かに光るものに似ているのだろうと思った。
そのうちに徐々にピントを合わせ、ようやく細かく描かれた路地が動き出した。
 
僕は交差点に寝転がり、上空からのアングルの路地を見上げた。見覚えはないが銀座だとわかった。スカーフの外側はこうなっているんだろうと思った。僕は気の向くまま緑色の銀座の路地を歩き続けた。腕時計は時間を放棄している。僕に時間は無くなった。
 
とはいえ邪魔をするのがフィジカルだ。こんな時にも喉が渇く。
やはりあのスタンドでコーヒーを買うべきだった。あの時はカップの蓋が無かったから諦めたけど、この三十円玉があれば密閉度の高い蓋として利用できるだろう。そうだ、今からコーヒーを買いに行こう。
 
文字盤から●を剥がし、スカーフと一緒に丸めてポケットに入れる。
そして気取った足取りでコーヒースタンドへ向かう。
今日も銀座は人が多い。


「路地の線画」は思い当たる節がある。それ以外はわかるようなわからないような……。
銀座は好きです。

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