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きかんしゃトーマスに手を振ったあの日、私は母になった

子どもの頃から子どもが嫌いだった。甲高い声で騒がしくて、理屈が通じなくて、よだれとか鼻水とかでぐちゃぐちゃで、泥だらけで、とにかくとにかく嫌いだった。成長するつれて嫌悪感は薄れていったが、大人になっても子どもというのはやはり苦手な種類の人間だった。

そんな私でも、結婚をして子どもを持つんだろうと漠然とした未来は描いていた。というか、それ以外の未来は分からなかった。周りの大人はみんな結婚していて、子どもが2人くらいいることが当たり前の狭い世界で生きていたから。自分が子どもを授かるまでに子どもへの苦手を克服できればいいなと思っていた。



思い描いていたよりもずっと早く子どもを授かった。結婚して間もなく、転職をしてさあこれから新しいことを頑張っていこうと意気込んでいた矢先のことだった。

子どもを授かるということはほんとうに奇跡的でありがたいことなんだけど、そうなんだけど。わかってるけど。わかってるけど。

まだ心の準備はできてなかったよ。子どもが苦手なまんまだよ。


子どもが大好きな夫は、授かったことをとても喜んでいた。すぐに周りに言って回ろうとし、私に怒られるくらいに。私も子どもが好きだったならば、彼のように心から素直に喜べただろうか。

こんな私が母親でこの子は大丈夫だろうか。



「自分の子どもは特別だよ、可愛いに決まってる」

近しい人に相談すると、大抵こういう言葉が返ってくる。そっかぁ、と腑に落ちないままの生返事を繰り返し、月日はあっという間に流れる。お腹はどんどん大きくなっていく。

この子のことをちゃんと特別だと思えるだろうか。不安もどんどん大きくなっていた。


それでも、お腹の中でうにうに動く生き物にようやく愛着が湧きはじめたとき、出産を迎えた。産まれてきた子は思っていたよりもとても小さくて軽かった。儚くて、か弱い声でにーにー泣いていた。でもまだ、私にとってこの子が特別な存在かどうかは正直わからなかった。


1週間入院する部屋で2人きりになると、だんだんといたたまれない気持ちになってきた。本当に産んだんだ。母親になったんだ。

「こんにちはーお母さんですよー」

不安を拭うように話しかけてみるけど、当然返事はないわけで。今となっては笑い話だが、当時は真剣に悩んでいた。そもそも、産まれたての赤ちゃんは昼間よく寝ている。起きているときは、大抵お腹がすいたかおむつが気持ち悪いかのどちらか。

それ以外はなにすればいいの…?

この子と一緒にいる時間、どうやって間をもたせようか…そんなことまで考えていた。

夫は仕事を終えると毎日赤ちゃんに会いに来て、ずっと話しかけていた。返事もしない赤ちゃんにずっと。こうやって赤ちゃんと接するんだと、夫から学んだ。私も返事はなくても話しかけてみることにした。そうすると、一方的に話しかけるだけだけど、段々と何かを返してくれているような気がしてきた。


退院してからは、昼も夜も関係なく目まぐるしい日々が続いた。この子が私にとって特別かどうかとか考えてるヒマなんてない。この子のお世話をするのみ。慌ただしい毎日が過ぎてゆく。一生懸命毎日を過ごすなかで、子どもは目まぐるしい成長を遂げてきた。

ただ寝そべって小さくにーにー泣いていた赤ちゃんは、ずいぶん逞しくなり、道ゆく自動車や電車に興味を示すようになった。その頃には少しだけ赤ちゃんと2人きりの過ごし方がわかったきてたけれど、なんとなくまだ他人行儀な気持ちもどこか私の中に隠れていた。


「トーマス、見てみよっか」

電車が好きそうなので、YouTubeで適当にきかんしゃトーマスのアニメを流してみるが、反応はイマイチ。やはりまだこの子のこと分かりきれてないのか。なんて考えながら、ずっと眺めていると、突然子どもの顔がパッと明るくなる。もうもうと煙を吐いて走る本物のトーマスが画面に現れたのだ。それはSLを改造した観光列車だった。アニメを見ていたさっきまでの表情から一変、目を輝かせ、満面の笑みで画面に向かってぶんぶんと手を振っている。

子どもの青白くツヤツヤと濡れた瞳の中に小さなトーマスを見つけて、私も気づいたら一緒に手を振っていた。つられて夫も手を振っている。

ただただ手を振りながら子どものまっすぐな眼差しを見つめていると、えも言えぬ感情が湧いてきた。言葉にすることが難しいけれど、この瞬間を冷凍保存してしまいたいという気持ち。

家族3人でテレビ画面のトーマスに向かって手を振った時間をずっとそのままにしておきたかった。そして、トーマスを見つめる一点の曇りもない無邪気なその瞳が、いつまでも曇らず、どうか煌めいていてほしいと願わずにはいられなかった。

そのような、親が我が子に抱くごく自然な感情を自分の中に見つけた。

時間はかかったけど、やっとこの子の母になれた気がする。

産まれた瞬間から特別なんて思わなくても大丈夫だったんだ。私も夫も赤ちゃんもチームメンバーみんなが初心者だった。みんなで一緒に泣いて一緒に笑った。たぶん、泣いた日のほうが多かっただろう。そうした日々を繰り返してだんだん特別になってきたんだ。

これからもトーマスを見るたびにこの日のことを思い出すだろう。ほんとうに、私がこの子のお母さんになった日のことを。







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