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東のエデンとエデンの東 #ゼロ・アワー(後編)

(承前)

耳長族が我々にとっての侵略者であることは間違いない。しかし解放者を標榜しながら、その実、この地の制圧を目論む人類兵士とて、それは同じではあるまいか。寧ろ自らを侵略者だと公言して正体を偽らなかった耳長族の方が、よほど気持ちの良い連中ではないだろうか。しかし自分と相手の主義や思想信条が何であれ、難儀している人間を見殺しにしてしまうのは人道に悖るというものだろう。そして負傷者の血の匂いをオオカミの氏族が嗅ぎつけるのも時間の問題だ。幸か不幸か、この家の主である耳長族のお嬢さんは当番で家を留守にしている。特に留守の番を任されているわけでもない俺は玄関を開けて招かれざる客を速やかに迎え入れた。そしてホールドアップを強いられた。

「包帯を持って来い。それから何か食べる物だ」

兵士の怪我、とだけ聞いた俺が連想したのは銃創だった。だが耳長族の武器とは弓であり魔法であり近代的な銃火器などではありえない。ならば矢傷か。体に刺さった矢を処理するのは骨が折れそうだ。ドアを開ける前の俺は、そう考えていた。開け放たれた玄関の前に立っていたのは五体満足で銃を構えた赤い顔の兵士だった。ズタズタになったジャケットの下には赤い肌が見え隠れしている。情報を整理しよう。全身が血まみれの……生きているのが不思議に思えるほどの夥しい量の血を流す兵士が……俺に小銃を突き付けているのだった。

「風の魔法で皮膚だけを念入りにやられた。仲間は即座に❝森の養分❞になったが俺には幾分か出力を落とした魔法が向けられた。目的はわかっている。遁走する俺の後を追って……」

最後まで聞くことは出来なかった。兵士の姿が水平に走る竜巻に横っ飛びに吹き飛ばされたからだ。

「残念だ。血痕を追えば連中の巣穴を炙り出せると思ったのだが」

当番から戻って来た家主が、気だるそうに片手を翳した耳長族のお嬢さんが立っているのが見える。

「帰ったぞ。お前、怪我は無かったか?」

(続く)

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