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東のエデンとエデンの東 #ゼロ・アワー(前編)

新帝都の正午に響き渡るサイレンは格別だ。サイレンと言っても旧世界の騒がしい電気式拡声器ではない。耳長族のお嬢さん達が当番制で、この地に潜む西国連合≪ウェストマーチ≫の兵士に向けて発信する魔法の言葉、あるいは言葉の魔法のことである。

「正午になりました。西方から来た人類兵士の皆さん、慣れない土地での潜入任務、お疲れ様です。私達は、いつでも貴方の降伏をお待ちしています」

……概ね内容はこのようなものである。しかし人類兵士も降伏しろと言われて唯々諾々と従うような弱卒ではない。彼らの大陸は樹海の底に沈んで久しい。それでも尚、人類には反撃のチャンスがあると信じて未だ三千世界樹の根が及ばぬ、この極東≪イーストエデン≫に最後の希望を求めて退路の無い戦いを続けているのだ。人類兵士の目標は地球を人類の手に取り戻すことだった。その戦いの橋頭堡とすべく……かつて日本と呼ばれた、この列島を接収しようとしているらしい。

そして今日のサイレンが俺の脳と鼓膜を叩いたのは本日のノルマ、その最後の一行を書き終えたのと同時だった。サイレンの魔法効果は多岐にわたる。兵士の戦意を挫くこともあれば、平穏を望む男に戦場の狂気をもたらすこともある。そこまで思い出したところで強烈な睡魔と倦怠感が訪れた。最後の気力を振り絞って茶封筒に原稿用紙を避難させ、最後の最後の気力でコーヒーカップに残された中身を飲み干して、俺はデスクに突っ伏して午睡の時間に突入した。その筈だった。

「……おい、助けてくれ」

眠気は一瞬で吹き飛んだ。何者かが我が書斎の窓を叩いている。その口ぶりからして部屋の中に誰かがいることに気付いているようである。

「耳長族との戦いで不覚をとって怪我をした。君も人間だろう?人類の為に侵略者と戦う俺を助ける義務が君にはあるはずだ」

この物言いは西国連合の人類兵士に相違あるまい。三千世界樹の尖兵たる耳長族が侵略者というのは事実である。(後編に続く)


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