見出し画像

東のエデンとエデンの東 #ゼロ・アワー(終焉)

(承前)

「怪我は無いのか?それとも腹が減って元気が無いのか?」

赤ずきんの2Pカラーめいて森に親和する緑と茶色の二色の服装に身を包んだ我が家主たる耳長族のお嬢さんは篭に一杯の果物を抱えて戻って来た。

「早く昼餉にしよう。林檎も葡萄も梨もあるぞ。お前も肉とパンばかり食べていると我々のように強くなれないんだからな」

パンはともかく、しばらく肉は食べたくない。あんなものを見せられたばかりでは。違う。そうじゃない。死体を野晒しにしたままでいいのか、人道。せめて穴を掘って、十字架を作って、それから、血の匂いに誘われたオオカミの群れに囲まれていることに気付いた。時間切れ。俺の腰に手を回した家主によって家の中まで押し戻される。

「今日は奮発して皮ごと食せる葡萄を買って来たぞ。それから野菜の酢漬けが残っているはずだ、それを食卓に……」

人類兵士のくぐもった声が耳から離れない。外ではオオカミ達が食事中だ。この一枚の壁だけが、俺の命を保証している。彼は人間が人間らしく生きていられる世界を夢見て命を懸けて戦った勇者だった。そして死んだ。虫でも潰すようにして処理された。

「……なんだ?まさか今日も外で麺類が食べたいとか言うまいな?」

耳長族の令嬢は、人間の憂鬱には概ね三種類の要因があると考えている。即ち怪我、病気、空腹の三要素である。友人や親兄弟ですらない余所者が目の前で死ぬことで衝撃を受ける人間というのは理解と想像の範疇を越えているのであった。これは必ずしも人間を軽視しているということではない。耳長族の死生観というのは人間のソレとは容易には摺り合わせられないものなのだ。

「今日はサイレンで人類兵士どもを思いっきり挑発したから外に出るのは危険だぞ。何処から流れ弾が飛んでくるかわかったものではない。連中も泥に塗れて穴ぐらで息を潜める暮らしが限界だったと見える。今日を契機に一転攻勢に出るつもりだ。我々に各個撃破される為にな」

(人類の物語はここで終わる)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?