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インプットだけじゃダメな理由
新しい生活洋式でよかったことは、ステイホームでなにかれすることが当たり前のオンラインが認められたこと。
出勤しなくちゃいけない、エッセンシャル業務の時は、出勤するけど、基本、自宅でが認められたこと。
認められるというより、来るな!の法則だけど。
常にオンラインで繋がる弊害もまたあって、ホームでいながら、ホームにまでアウェイが侵入してくることなんだけど。
ストレスが体と心を蝕む満員電車に乗らなくていいって、気づいた人も多いのではないか。通勤電車が幸福度を下げるというデータで出るし。
子どもの学校もリモート、塾もリモート。
それでも、オンラインがだめなとこもある。
それは、病院。
今、眼科でコンタクトの処方箋を待ってるのだけど、混んでいる。老人率高い。
リモート診療が全ての病院に行き渡るって、まだなんだな。
わたしの外勤仕事もステイホームが解禁されて、一気に業務再開。
最初は、ちょろちょろと出足が悪く、いつもの激務がなかった。幸せを感じた。
だけど、どうだ。
10分で倍速業務しないと、終わらないペースにまた戻ったでないか!
1人業務だったら、もたもたしてていいのだけど、2人体制でするので、そうもできない。
自分で言うのもなんだけど、仕事は速い。
どこまで、求められて、仕上げればいいのか、デッドラインが完璧にわかる。
デッドラインが決まれば、後はやることをやる。質はそれなりに維持しながら、集中して時間内に収まる。
だけど、そのデッドラインが掴めないというか、上手く、推察できない人もいるのだ、ということにも、気づいた。
気づいたとしても、わたしがその分、2倍働かねばならないのに、お給金は変わらない。
癪に触るので、従来の半分の速度で、わざとちんたらちんたら、やってやった。
それでも、やはり仕事はまわってくる。
ムカついたので、もう、この仕事は今期で辞めることにしたら、心がスッと軽くなった。
認知機能で言えば、知覚推理機能だ。
目から入る情報、耳から入る情報を集め、それから、状況を推察し、判断し、そこから答えを導き出し、まとめる。
ものごとをどう捉えてゆくか、そして、どう行動するか。
全身をアンテナにして、情報を収集するまでがインプット。
咀嚼して、自分の考えを導き出し、まとめて、伝えるまでがアウトプット。
インプットとアウトプットの両方をバランスよく使う。
インプットだけでもだめなのだけど、わざわざ自分の体を移動させて外に出なくても、情報収集できる。
ポストコロナでは、それがすごくよくわかった。
これだけ、外に出るな!なのに、みんな体験したくて、外に出るんだってことに。
バーチャル体験できるのに、わざわざ、外に出るんだもの。混んでる病院に来るんだもの。
いーじゃん、家にいれば!
と、仕事が増えるのがいやだから、思うけど、そうじゃないらしい。
そして、話は戻るのだけど、インプットばかりで、アウトプットが下手くそな人って、案外多いってこともわかった。
インプットは、反応。感度がよければ、まぁできる。
だけど、アウトプットは違う。
脳の能力の差が出る。
素早く正確にできれば、作業能力が高いと言われるし、記憶力がよければ、この資本主義世界では優位だ。
心理士は、大学院まで出ないとできない高学歴(だか薄給)。
だから、認知能力が高く、仕事が速くできて、優秀なイメージだけど、そうじゃない人もいるんだな。
前までチームを組んでいた前任の先生たちがあまりに仕事が早く優れていたベテランばかりだったのだ。
逆に、わたしは先生たちに、助けていただいていたのだ。
コロナはいろんなことを炙り出すリトマス試験紙のようだ。
ここまで読むと、能力というものの歴然とした差に関して、残酷で救いがなく思われるかもしれない。
憂うことはない。
人の能力は、死ぬまで発達するのだ。
もちろん、器は人それぞれで、器以上には伸びないのだと思うが、器ギリギリ、表面張力くらいまでは伸びる。
知能検査では、5ポイントまでは測定誤差、能力は生涯20ポイントまでは伸ばすことができるとされているからだ。
諦めてはいけない。
そう、自分に言い聞かせる。
論文や所見書き、心理面接にまみれているカシ丸の言葉の力で、読んだ人をほっとエンパワメントできたら嬉しく思います。