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夢うつつ湯治日記 3

10月某日 初めての湯治

【二日目(2)】 パスタと三地蔵

今回、食事を作る際に、やってみようと思っていることがある。
パスタの時短料理法である。時短に加え、水と過熱を最小にする方法。
災害時に役立つ調理法ということで、テレビで見た方法である。

スーパーで買ったパスタを一人分、取り出し、半分に折り、密閉袋に入れて水を浸るくらいに入れて密閉して、そのまま置いた。
2時間程度水につけていれば、あとは1分程度で茹で上がるという。少しワクワク。

また、今回の湯治にあたり、なるべくスマホは見ないようにしている。
緊急を要しそうなメールとSNSのチェックのみ。幸い、そういうものはまだ来ていない。
動画等も見ないことにした。動画を見るとついSNSをチェックしてしまうからだ。
必要最低限のネット検索はしてもOKとしたが、これもなるべく頼らないで、あくまでも「そばにいる人・地元の人に聞く」をやろうと心がけることにした。

その代わり、本はいろいろ持ってきた。
車だとこういった荷物も気軽に持ってこられるのは利点だ。


そういったわけで、風呂から上がった後は、部屋で横になりながら読書。

風呂上がりの気だるい時の読書は、眠りを誘い、眠りと読書の間を行きつ戻りつの至福。

いつの間にか、昼近くになる。

持参してきた炊事道具と、水に浸しておいたパスタ、そしてパスタの具にするための野菜を籠に入れて、炊事室に行った。

具は今朝買った、茄子とピーマンをトマトで炒めてみた。
持参した塩こしょうで味付けしている時に、ちょうど中田さんが炊事室に入ってきた。

嬉しくなって、作ったばかりの炒め物を、中田さんにお分けすることにした。

中田さんは

「へえ!茄子とトマトの炒め物って初めて。いつもお茄子は和風に煮るかお漬物しか作ったことなかったわ」
と嬉しそうに受け取ってくれた。

湯治ならではおかずのおすそわけが出来て、こちらも嬉しくなる。

「もうこちらは長いのですか?」

と中田さんに聞くと、

「今回はもう1週間目になるわね。毎年、ここの宿に来るのよ。
セツさんも良い人だし」

「セツさん?」

「この宿のおかみさんよ。みんなセツさんって呼んでるの」

宿のおかみさん、セツさんって言うんだ・・・。

パスタもあっけなく茹で上がり、料理中の中田さんに挨拶をしてから、
作った料理を用心深く運びながら、部屋に戻った。

時短茹でパスタは、普通に茹でたものとなんの遜色もなく、美味しい。
地元とれたて野菜のパスタ。
生のトマトで炒めたので、酸味もあって風味も良い。我ながら上出来ではないか。
思わず写真に撮る。


食事後、村の中を散歩をすることにする。

何か情報はないかと母屋に行くと、宿のおかみさん=セツさんが掃き掃除をしていた。

「散歩しようと思うんですが、何か見どころとかありますかねぇ?」

とセツさんに尋ねると、

「あ、ちょっと待っててね」

と言って事務所から、一枚、紙を持ってきた。

「〇〇地区 お散歩マップ」と書かれた、手作りっぽい地図のコピーだった。

「若い人がこんなのと作ってくれてね」

と言いながら渡してくれた。

「地図があると助かります。ありがとうございます」

地図を受け取り、母屋を出た。

寝ていた宿の白い犬が、ちらりとこちらを見て、また寝た。


とりあえずどこに行こうかと地図を見た。

宿との位置関係を確認していると、近くに「三地蔵」という書かれた場所があり、
お地蔵さんのイラストとともに「三地蔵の伝説が伝わる」とある。
具体的な話は書かれていない。

三地蔵は、今朝、朝市をやっていた公民館の近くのようだ。

朝は晴れていたが、昼過ぎからだんだん曇ってきた。
しかし、気温は割と暖かい。

道を歩き始めると、目の前を猫が横切った。
昨日見た宿の猫とは違う模様の猫だった。

朝とは違い、他に歩いている人にも会わず、公民館に着いた。

小ぶりながら二階建てで、「集会所」というよりは「公民館」である。
小さなロビーまであるのが、ガラズ張りの入り口から見える。
村祭りを知らせる手書きポスターが貼られていた。
今月末にあるらしい。
「太鼓の練習日」という文字も見えた。
祭りに太鼓の奉納があるようだ。

公民館の広場の脇に細い道があるのに気づいた。 
地図によると、その先に「三地蔵」があるらしい。

数十メートル歩いた程度で、道の脇に三体の石の地蔵があった。
木製の板にペンキで「三地蔵」と書かれた小さな看板があったが、それ以外に特に説明はない。

かなり古そうで、目鼻立ちもぼやけている。
しかし三体とも、赤い毛糸の帽子を被り、三体それぞれ色違いのちゃんちゃんこを羽織っている。
地元のおばあちゃんの手作りだろうか。

よく見ると、地蔵の首は、一度壊れたものをそっと乗せているようだった。
面白いことに、それぞれの地蔵の前には、つるんとなめらかな握りこぶし大の丸い石が、
まるで餅のように添えられていた。

小道は更に続いていたが、道の先は森になり、薄暗くなっている先を見て、奥に進むのを躊躇した。
来た道を戻ろうと歩き始めると、雨がぽつぽつと降り始めた。

空を見上げると、雲が厚くなっている。
これから本降りになりそうだな。宿に帰ろう。

幸い、まだ宿まで近い。
私は小走りで宿まで戻った。
(つづく)

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