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夜明け前

緊急事態宣言は解除されたが、わたしはテレワークが依然として続いている。その間、ずっと実家にいる。毎日母と二人きりでいると、自然に過度の接触を避ける方向にお互いなっていく。それはたぶん人間というものの一般的な性向なのではないかと思うが、よくはわからない。ただ、そのせいで、お互いのイライラはだいぶ解消される気がする。問題はそれで良いのかということだ。

テレワークになって、ということはこの4月になって初めて、わたしは仕事を二階の寝室でひとりでするようになった。それまでは実家に帰るのは土日の二日間だけであり、そもそも一緒に過ごさなければなんのために毎週実家に帰っているのかわからないので、PCを居間に置いて、起きている間は、ほぼすべての時間を母と居間で過ごしていたのである。

少なくとも最初の一年くらいの間はそうだった。母がそれを息苦しく思うようになれば、自然に台所に行ったり買い物に行ったりする時間が長くなるだろうと思っていたし、わたしもだんだんいやになって、午後の数時間は散歩に行ったり、買い物に行くことが多くなってはいたが、基本的にはPCは居間に置いて、仕事もずっと居間でやっていた。

居間にはテレビがあって点けっぱなしであるから、仕事に集中するといっても限界がある。だが、それでもPCを二階に持って上がることはしなかった。それをすると、一人暮らしの母のために週末に実家に帰っているという構図が崩れてしまうような気がしていたからである。

実際に、4月にテレワークを二階でするようになり、平日は母とは食事の時間と夕方の数時間しか居間で過ごさなくなった結果、恐れていたことがおこってしまった。というのも、母がときどき、「今日もひとりで仕事するのかい」などと言うようになったのである。

「ひとりのほうが集中できるのかねえ」と当たり前のことをひとり言のように言ったりもする。集中できるに決まっているではないか、とわたしは思うし、実際テレビと母の横でするのとは雲泥の差がある。土日の仕事は時間外でいわばボランティアだから、ほどほどでいいが、テレワークは普通に給料をもらってする仕事なのだから、だれもみていなくてもそれなりにしておかないといけない、とテレワークを始めるにあたってわたしは考えたのだった。

だが問題は母だけではなかった。実は、わたしのほうも、母抜きでひとりで過ごす方が楽であることに安住するようになってしまったのである。これはわたしが一番恐れていたことである。こうなると、実家に帰る意味がなくなってしまうのだ。わたしの気持としては、実家に帰るのはあくまでも母親の面倒をみるためなのだから、できるだけ長く一緒にいなくては意味がないのである。

だが、だんだんとわたしは一人の時間が長くなっている。とうとう先週の土日は、土日であるにもかかわらず、昼間二階でひとりで仕事をした。夕方居間に下りて行くと、母は「日曜なのに仕事なのかい」と言った。答えに窮して「ちょっと急ぎの用があって」とわたしはうそをついてしまった。

これではもうなんのために実家にいるのかわからないではないか。ついに家を出る時が来た、とわたしは思った。


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母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。
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