ながさごだいすけ
初めてのフェリー(7)パリ行特急
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初めてのフェリー(7)パリ行特急

ながさごだいすけ

フェリーは夜中のドーバー海峡を無事に渡り、翌朝妹とわたしは、パリ行きの特急に乗った。だが、四十年も前のことゆえ、さすがに幼稚園の記憶ほどではないが、多くの部分が失われている。

パリ行きの特急がフェリーでイギリスから直接運ばれてきた車両だったのか、それともオーステンデ(だと思う。カレーに行った記憶は全くないからだが、それこそ歳のせいだったりして。全然笑えない)で大陸側の車両に乗り換えたのかもよく覚えていない(イギリスではカンタベリー詣でをしたので、そもそもロンドンからドーバー行きの特急には乗っていない)。

ただパリ行きの特急がいかにもフランス的だと感じたことは何故か覚えているので、たぶんフランスの車両だったのだろう。4人掛けの座席が大きなテーブルをはさんで向かい合う形で固定されていた。そのテーブルの曲線的なデザインに妙に感動したことを覚えているのである。座席も妙に曲線的だったが、日本のものに比べてかなり大きくて座りにくかったことのほうが印象に残っている。

あんなに大きな座席の列車に乗ったのは後にも先にもこの時だけのような気がする。もしかしたらユーロスターだったのかもしれないが、定かではない。後から考えるとこの特急列車だけが規格外という感じだったのだが、初めてのわたしにわかるはずもなく、フランス人というのはずいぶん巨大なのだな、と思った。前の晩にフェリーで、巨大なバーテンダーを見たせいもあったかもしれない(その時はアングロサクソンはでかいなと思ったのだったが)。

朝早い時間の車両はがらがらで、テーブルをはさんで向かい合った席をふたりで独占していた。フェリーはかなり込み合っていたはずなのに、あの客はみんなどこへいってしまったのだろう、やはりみんなオランダ人だったのだな、と漠然と思った。ワックスで黒々とした床にサンドイッチを直置きしていた赤毛の女の子をみたとき、なぜか彼女はオランダ人で、乗客はみんなイギリスからオランダに帰るのだとわたしは思い込んだのだった。今から思うとなんの根拠もないし、そもそもそれならオランダじゃなくて(フェリーが着く)ベルギーじゃないのか、と思うのだが、なぜか当時から赤毛で色白で痩せて背が高いのはオランダ人というステロタイプがしみこんでいたらしく、ベルギー人とは一瞬たりとも思わなかった。オランダに帰るならパリ行きの特急に乗るはずがない(と思い込んでいた)ので車両が空いているのも納得できた(今思うと、単に特急は高いから空いていたのだと思う)。

それにしても、このときイギリスのほかにフランスとスイスに行くことになった理由はよくわからない。当時から若い女性にはイタリアが人気だったはずだが、治安が悪いということで母が許可しなかったのだと思う。わたしはドイツに行きたかったはずだが、ドイツも治安に不安があったのと日程的に難しかったのだろう。というのは、ロンドン、パリ、ベルン(スイスの首都)とくれば、当然ドイツならベルリンになるわけだが、当時のベルリンはまだ東西に分断されていたし、かなり東寄りに位置するので鉄道で行くと往復に1日とらなければならなかった。

それで、パリから車中泊でベルンに行き、ベルンから車中泊でドイツとオランダを通過してベルギーのオーステンデに戻ってくるルートを考えたのだと思うが、まてよ、このルートは、ベルンをバーゼルに置き換えると両親と弟がたどったルートそのままではないか。なんのことはない、結局母が考えたものだったのである。まあ、スポンサーが母で、主役が妹なのだから当然の成り行きではあった。

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母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。