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ショートストーリー:萩焼

私のうちには、萩焼の茶碗がある。
古い古い彼はすでに100歳をとうに超えている。


萩のナナバケという言葉をご存知だろうか。
萩焼は茶碗に無数のヒビがあり、使ううちに段々とさま変わりしていくのだ。

よく、考えてみてほしい。
無数のヒビのある茶碗。
つまり、水漏れする、ということだ。
それで抹茶を飲むと、抹茶がそのヒビに入り込み、そのヒビに入り込んだ抹茶が模様を作っていく、加えて段々水漏れしなくなっていく。
コレを評して、萩のナナバケ、という。

いや待て、茶碗にヒビとか意味がわからない。
そこから漏れるとかもうすでに茶碗ではない。

ツッコミたくなる茶碗、それが萩焼だ。

そうしてどう考えても性能としては落ちこぼれの茶器は100年使われ続けると、うちにも外にも細かい模様がビッシリと浮かび、もう漏れることはない。

そうやって時間をかけてようやく、茶碗としての真っ当な役割を果たせるようになっていく。


私はこのビッシリと模様の入った彼を手に取るたびに思う。

向いているかどうかなど些末なことだと。
どういう性質があろうと活かせれば美点、なのだと。

そうして生き延びた彼は1世紀を越え、すでに明治、大正、昭和、平成、令和を跨いでいる。

いく人もの人が彼を育て、愛してきたからの今の姿。

彼は1世紀もの間、人と対話し、その姿を変えることで生き延びてきたのだ。

人の手で作られた不完全な姿は人の手によって育てられていく。
きっと完全という終わりはない。

飲み口がかけたらしく金でついである。
継いだ箇所にすら抹茶が入り込み、模様が増えていく。

100歳越えの萩焼茶碗。
撫でるたびに愛おしい。

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