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守秘義務とタラソフ判決とキャリアコンサルティング

弊社更新講習の講師、中村 武美先生にキャリアコンサルタントの守秘義務についてまとめて頂きました。

守秘義務とタラソフ判決とキャリアコンサルティング

これは非常に重要な内容ですが、私もまだ学習途上であるために皆さんからの教示・コメントも是非お願いします。

タラソフ判決はカウンセラーの倫理について転回点となった事件です。ご存知の方も多いでしょうが、各種資料から時系列をおってみます。

1976年にカリフォルニア大学病院の精神科に通院し治療を受けていたポダーという男性が、タチアナ・タラソフさんという女性に恋愛感情を抱きました。が、彼女はその愛情を拒否し、ポダーは「タラソフを銃で撃つ」と殺害する旨を主治医のモーレ医師に診察中に告白しました。しかしモーレ医師は守秘義務のためそれを口外しませんでした。そして診察室での予告通り、ポダーはタラソフさんを殺害してしまい、その後、タラソフの両親がモーレ医師を訴えます。

この裁判は結局最高裁まで争われ、裁判所は治療者に対し、被害者に警告の義務を含む第三者保護義務を認めました。これがタラソフ判決と言われるものです。
硬い文章ですが引用してみます。

「治療者が、自分の患者が第三者に対する重大な危険を示していると決定し、または自分の専門職の基準に従って決定すべきであった場合には、彼は、そのような危険から意図された被害者を保護するために合理的注意を行使する義務を負う。この義務の履行は、当該事件の性質に応じて治療者に一または二以上の様々な手段をとることを要求することができよう。たとえば、意図された被害者もしくは当該危険の被害者に知らせるであろう第三者に警告すること、警察に通報すること、または当該状況の下で合理的に必要とされるその他の手段をとることを治療者に要求することになる」
~アメリカにおける精神科医療過誤訴訟~飯塚和之
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shiho1949/1986/48/1986_48_202/_article/-char/ja/


要約すると専門家の義務は次のようなものです。
1 犠牲者となり得る人に対して、その危険について警告する
2 犠牲者となり得る人の家族や友人などに警告する
3 警察に通告する
4 その他、必要と判断される方法を、どんな方法でも実行する

これは例えば、日本臨床心理士会の倫理綱領の第4条「インフォームド・コンセント」として反映されています。第4条を引用します。


「4 自他に危害を与えるおそれがあると判断される場合には,守秘よりも緊急の対応が優先される場合のあることを対象者に伝え,了解が得られないまま緊急の対応を行った場合は,その後も継続して対象者に説明を行うよう努める」

難しいのは倫理綱領よりも法律の方が優先されることで、法令ごとに定めがあります。ではどのような場合に守秘義務が解除されるのか、関連法令を見てみましょう。

【児童虐待防止法 第6条】
第1項:児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。
第2項:前項の規定による通告は、児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第二十五条第一項の規定による通告とみなして、同法の規定を適用する。
第3項:刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、第一項の規定による通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない。

つまり児童虐待防止法では、家族ではない他人も通告義務があるとしています。勿論キャリアコンサルタントも例外ではなく、この場合は守秘義務が解除されるという事になります。
ここで、「児童虐待を受けたと思われる児童」とされているのは、確証が無くても通告が義務であることを明確化しています。つまり、虐待は疑った段階で通告する義務があります。


【高齢者虐待防止法 第7条】
第1項:養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、当該高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
第2項:前項に定める場合のほか、養護者による高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報するよう努めなければならない。
第3項:刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前二項の規定による通報をすることを妨げるものと解釈してはならない。

高齢者虐待防止法では、キャリアコンサルタントを含む全ての人に通報義務があるとされています。
高齢者の生命又は身体に重大な危険が生じている場合は通報義務ですが、それ以外は努力義務です。

【障害者虐待防止法 第7条】
第1項:養護者による障害者虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は、速やかに、これを市町村に通報しなければならない。
第2項:刑法の秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は、前項の規定による通報をすることを妨げるものと解釈してはならない。

障害者虐待防止法でも同様の解釈になります。

【配偶者暴力防止法(DV防止法) 第6条】
第1項:配偶者からの暴力(配偶者又は配偶者であった者からの身体に対する暴力に限る。以下この章において同じ。)を受けている者を発見した者は、その旨を配偶者暴力相談支援センター又は警察官に通報するよう努めなければならない。

DV防止法では、通報が努力義務となっています。また第2項では、医療関係者は、通報する場合、「その者の意思を尊重するよう努めるものとする。」となっており、人命尊重と被害者の意思の尊重のバランスを取ることが求められています。

【個人情報保護法 第27条】
個人情報取扱事業者は、次に掲げる場合を除くほか、あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならないとして、以下が規定されています。

1.法令に基づく場合
2.人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
3.公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。
4.国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。

言い換えると本人の同意を得なくても情報を第三者に提供できる、とされており上の「児童虐待防止法」「高齢者虐待防止法」「障害者虐待防止法」「配偶者暴力防止法」は法令に基づくため1に該当するので個人情報保護から除外されるという事になります。
 2はタラソフ判決に準じる内容です。意識不明で身元不明の患者についての関係機関への照会なども該当となります。
 3は健康増進法に基づく地域がん登録事業による国又は地方公共団体への情報提供、がん検診の精度管理のための地方公共団体又は地方公共団体から委託を受けた検診機関に対する精密検査結果の情報提供、児童虐待事例についての関係機関との情報交換などと考えられています。
 4は国等が実施する、統計報告調整法の規定に基づく統計報告の徴集(いわゆる承認統計調査)及び統計法第8条の規定に基づく指定統計以外の統計調査(いわゆる届出統計調査)に協力する場合と例示されています。

さて、キャリアコンサルタントは根拠法令が職業能力開発促進法です。

第三十条の二十七2
キャリアコンサルタントは、その業務に関して知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならない。キャリアコンサルタントでなくなった後においても、同様とする

第三十条の二十二
厚生労働大臣は、キャリアコンサルタントが第三十条の二十七の規定に違反したときは、その登録を取り消し、又は期間を定めてキャリアコンサルタントの名称の使用の停止を命ずることができる

第百二条
次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の罰金に処する」
五「第三十条の二十二第二項の規定によりキャリアコンサルタントの名称の使用の停止を命ぜられた者で、当該停止を命ぜられた期間中に、キャリアコンサルタントの名称を使用したもの

キャリアコンサルティング協議会の倫理綱領では

第5条
キャリアコンサルタントは、キャリアコンサルティングを通じて、職務上知り得た事実、資料、情報について守秘義務を負う。但し、身体・生命の危険が察知される場合、又は法律に定めのある場合等は、この限りではない
2 キャリアコンサルタントは、キャリアコンサルティングの事例や研究の公表に際して、プライバシー保護に最大限留意し、相談者や関係者が特定されるなどの不利益が生じることがないように適切な措置をとらなければならない

となっています。「法律の定めのある場合」は上の児童虐待防止法等が該当するでしょうが、裁判所からの開示命令はどうなるでしょう?一般的には開示するかと考えられますが、キャリアコンサルタントの業界ではまだ明確な判断がないように思えます。実務の際の判断基準などは具体的に示しにくのかも知れません。

※本稿はWebサイト「臨床心理士・公認心理師の勉強会」
https://public-psychologist.systems/
その他を参考にしました。

キャリアコンサルタント更新講習

中村講師は、キャリアコンサルタント更新講習 エゴグラムと自己理解、ブリーフセラピー入門(MRIアプローチ編、SFA編)を担当しております。


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