「手術しても心臓は大丈夫!?」 非心臓手術の合併心疾患の評価と管理に関するガイドラインをまとめてみた 2023.9
2022年、非心臓手術(つまり腹部手術や整形、脳外科手術など)における術前心機能評価に関するガイドラインが改訂されました。
手術を控える患者さんの心合併症リスクは、患者さんご自身やご家族、もちろん外科医にとっても治療成績に関わる重要な問題です。一方、実際どのような手術が行われるか手技の詳細を知らない循環器内科医にとっては、リスク評価をすること自体がなかなか難しいです。
そんな難問に対して、日本循環器学会が「術前心機能評価に関するガイドライン」で指針を示してくれていますので、循環器内科医はもちろんのこと、循環器内科常勤医がいない病院の内科の先生方もできるだけ触れておいたほうが良いガイドラインと言えます。
とはいえ、ガイドライン全般に言えることですが内容が豊富なので、どうしても全部を読むのは大変です・・・
そこで、この記事では新しい「術前心機能評価に関するガイドライン」の中から重要ポイントを個人的に選んでまとめていきます。
もし「シンプルに超重要な点だけ解説して!」という方は「術前心機能評価のアルゴリズム」という章だけでも読んでいただければ、最低限必要なことは理解できると思います。
ちなみに日本循環器学会のガイドラインはすべて、登録不要、無料でダウンロードできますので、興味がある方は日本循環器学会公式サイトからぜひPDFをダウンロードして読んでみてください。
周術期合併症の疫学
まず、手術前後にどれくらいの合併症が起きているのでしょうか?
これだけ医療技術が進歩していてもなお、残念ながら手術後の合併症は少なくはなく、中でも心脳血管系の合併症が多いことが伺えます。
また、術式によって周術期合併症の頻度は大きく異なります。
以下の表は術式ごとに高・中・低リスクの3つにリスク分類をしたものです。
手術の中では、血管外科や胸部の手術は高リスクに分類されています。一方で産婦人科、泌尿器科、整形外科の手術は比較的リスクが低いようです。
全身麻酔の血行動体への影響
手術という体への負担によって心臓、循環動態に影響が起きるため周術期心合併症が発生してしまうわけですが、一体どのようなメカニズムで循環に影響がでるのでしょうか?
麻酔科の先生にとっては当たり前のことなのでしょうが、内科医も基本的に全身麻酔、人工呼吸管理は血圧を低下させる作用を持つことは知っておいたほうが良いでしょう。
拡張期血圧が低下すれば冠動脈の血流が低下しますので、術前は症状がなかったとしても、冠動脈狭窄を持つ患者さんが術中に狭心症発作や心筋梗塞を発症してしまう可能性があります。術中はもちろんのこと、術後も可能な範囲で必要な血圧を維持する必要がありますね。
患者さんのリスク評価
前回のガイドラインでは、とにもかくにも「4METsの運動耐容能(階段を登れるか?)」(*1)の有無が、リスク評価で重要でした。
しかし、最近は患者さんが自己申告する運動耐容能の正確性が問題視されており、今回の改訂版では「自己申告による運動耐容能が4METs以上なら、さらなる術前心血管精査をしないことを考慮してもよい」として、class 2Bの推奨としています。
一方、今回の改訂版では運動耐容能の指標として、Duke Activity Status Index (DASI)を取り上げています。
確かに客観的に運動耐容能を評価できる便利な指標ではありますが、多忙な外来でチェックするには項目数が多いのと、術前心機能評価の患者さんは初診で見ることが多いので、初めてお会いする患者さんにご家族の前でいきなり「性交渉はできますか?」という質問はさすがに気まずい気もします・・・
周術期リスクスコア
以上のように手術の種類によるリスク分類、患者さん要素のリスク分類を解説してきましたが、「じゃあ、結局どのスコアリングを使ってリスクを評価すれば良いの?」という疑問が湧いてきますよね。
結論からいうと、本ガイドラインではRevised Cardiac Risk Index (RCRI)をclass 1で推奨していますので、このスコアはチェックしておきましょう!
RCRIは6項目からなるスコアリングシステムで、3項目以上に該当した場合、高リスク群としています。
RCRIで低リスク、すなわち非血管手術を控えている患者さんでは0もしくは1項目、血管手術を控えている患者さんでは0項目と判断された場合、周術期の心血管イベントリスクが低いので、「さらなる心臓に関する術前精査は推奨されない(クラス3)」としています。
RCRI 3項目以上、該当する患者さんでは心血管イベント発生率が、非血管手術で13.7%、血管手術で19.0%と非常にハイリスクであることがわかります。
術前心機能評価のアルゴリズム
それではこれまで説明してきたスコアリングを使って、術前評価を具体的どのように行なっていくかをまとめたアルゴリズムを解説していきましょう。
Step 1 .「緊急手術かどうか?」
まず最初に手術の緊急性を考えます。
緊急手術を行わないと致命的になる状況では、悠長に心機能評価を行う時間はありません。十分な評価はできないけれども、リスクを患者さんに説明したうえで救命のために手術を行なってもらうしかありません。
Step 2.「循環器緊急症がないか?」
次に手術をしたらかなり危険な循環器の問題がないかをチェックします。
循環器緊急症としてここでは、急性冠症候群、重症不整脈、急性心不全、症候性弁膜症が挙げられていますが、本ガイドラインでは具体的にどの程度が重症か症候性かについて細かい記載はありませんでした。
ここはもちろん患者さんごとに考えていく必要がありますが、明らかに危険な症状・状態でなければ、基本的にはOKと言えるのかなと思っています。
細かいことを言えば、重症の大動脈弁狭窄症や糖尿病のある方の冠動脈狭窄では、日頃は無症状でも循環動態の変化で急変が怒る可能性がないわけではありませんが、これらのケースをいかに丁寧に調べにいくかは病院の体制、患者さんの希望、手術の緊急度などを総合的に判断していくしかないと思います。
Step 3.「手術が低リスク手術か?」
上述の手術のリスク分類で引用した表の中で、低リスク手術(鼠径ヘルニア、甲状腺手術や眼科手術など)であれば、これ以上の精査を行わず手術を行うことになります。
中リスク、高リスク手術は次のStep 4へ進みます。
Step 4.「RCRIを用いたリスク分類」
先ほど解説したRCRIがここで出てきます。
低リスク群(非血管手術:0項目ないし1 項目,血管手術:RCRI 0 項目)→手術。
上昇リスク群(非血管手術:RCRI 2 項目以上,血管手術 RCRI 1項目以上)→ Step 5 へ進みます。
Step 5.「運動耐容能、BNPの測定」
そして、ここで運動耐容能の評価として紹介したDASIが出てきます。
7METs以上(DASI 34点以上)→ さらなる心臓検査をせず手術することを考慮する
4METs以上(DASI 10点以上)→ さらなる心臓検査をせず手術することを考慮してもよい
4METs未満(DASI 10点未満)、もしくは不明→ 術前心臓検査の適応、マネージメントなどについて包括的に検討する。
またはBNP、NT-pro BNP の測定を考慮しても良い(クラス2B)としています。
具体的にはBNP 92pg/ml未満、NT-pro BNP 300pg/ml未満で低リスク群と分類できるとしています。
まとめ
以上のアルゴリズムをざっくりまとめると・・・・
緊急手術しないとヤバい→精査しないで手術
循環器の症状がヤバい→手術ストップ
低リスク手術→精査しないで手術
RCRI該当項目なし→精査しないで手術
RCRI該当項目あり→DASIで運動耐容能、BNPふまえて精査の適応を判断
以上、非心臓手術の合併心疾患の評価と管理に関するガイドラインの重要項目だけを抜粋して、まとめてみました。
このまとめが、少しでも皆さんの日常診療のサポートになれば、嬉しいです。
今後の励みになりますので、スキ、フォロー、サポートをよろしくお願いします。
*1: METsとは"Metabolic equivalents"の略で活動強度、つまり運動の強さを示す単位です。安静にして座っている状態を1METsとして、その何倍のエネルギーを消費するかを示しています。
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