江戸っ子に「粋だね」って言われた

 今、めっちゃくちゃ背中が痛い。心当たりが無いんだよ。
 昨日は起きて、仕事して、帰ってきて、寝た。遊び心ゼロの糸井重里か? 何にせよ背中が痛くなるような行動はひとつも無いはずだ。

 具体的に言うと左肩から背中にかけて「決勝まで投げ切った魂のエース」ぐらい痛い。ひょっとして俺は魂のエースだったのか!? それだったらその方がいいけど。そんで俺はサウスポーだったんだな。右利きだと思ってたんだけど。

 全然関係ないけど昨日、コンビニに行ったら「左肩ぶっ壊し親方」っていう大入道がいて、俺の左肩を粉々に破壊してた。あれはびっくりしたな。どうしてそんなことするの、って思った。びっくりした。関係ない話しちゃってごめん。

 このままだと病院に行くしかないぐらいには痛いが、先生に「全然そんな記憶ないんですけど、どうも俺、決勝まで投げ切ったっぽいんですよね」って言ったら整形外科では済まないような気はしているよ。「しかも左腕なんですよ」「魂のエースで」「皆には内緒なんですけど実はマネージャーと付き合ってて」「向こうから告白してきたんですけどね」「幼馴染だから妹みたいな感じっすw」「まあ好きっていうか、いや、ちょっと言わせないでくださいよ〜」

 そう。
 マクドナルドのCMむかつくよな。

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 旅行に行った。大浴場上がったら「足ツボマッサージ機」があった。100円入れると5分揉んでくれるやつだ。子供の頃からあれに揉まれて「っおぁ〜」って言ってるおっさんがなんか面白くて妙に憧れていた。おっさんが「っおぁ〜」って言ってるの絶妙なおかしみがあるよな。サウナに入るとそんなのが大勢いるんだが、おっさん過ぎるだろ。
 それで足突っ込んで揉んでもらってたんだが、「っおぁ〜」どころじゃない信じられない痛みだった。イボイボが足にギューって圧縮されるタイミングは痛すぎて息ができないぐらいだ。

 足の裏にはたくさんの「ツボ」があって、それぞれのツボは各内臓とリンクしてるらしい。「土踏まずのツボ」だったら「小腸」みたいな具合だ。痛かったツボが対応してる臓器が弱ってるという話だ。
 俺がめちゃくちゃ痛かった部分をあとで調べたら、どの内臓にも繋がってないところだった。どこかは分からんが、とにかく致命的に弱ってる部分があるらしい。怖すぎる。パワハラ上司の横に立たされて「どこが悪かったと思う?」って詰められてるときの気分だ。どこも悪いと思ってねえからここに立ってるんだが? すぐに正解を教えてくんないとさあ。俺ゆとり世代なんやけど。

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 旅行は1泊2日で「秩父」に行った。埼玉の唯一と言ってもいい観光地だ。メンバー(言うまでもないが全員男)の中で埼玉出身は俺だけだから、秩父の見どころを聞かれるんだが、そんなん無いよ。温泉……とか? ある可能性がある。俺も真夜中に数回、ドライブで行ったことがあるだけだから、全然知らん。

 西武秩父駅前のセブンイレブンのトイレに、文房具が主役の手描きの漫画が貼ってあって、これがセブンイレブンの商品の宣伝とかじゃなく本当にただオリジナルの漫画だ。漫画の意味は全然分からないんだけど、とにかく丁寧に描いた形跡が見えて好感が持てる。鉛筆で描いた下書きの線がほんの少し見えたりするのだ。
 この漫画が秩父の全魅力だ。

 それぐらいの手がかりで秩父に行ったんだが、とても楽しかった。知らない土地はどこ行っても楽しいよね。「所沢」とかでも楽しい可能性がある。次回は所沢かな。

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 旅の思い出はいくらもあるんだが、今回は俺の自慢話を聞いてもらいたい。俺は江戸っ子に「粋だね」と言われたことがある。つまり俺は「粋」なのだ。すごいだろ。江戸のネイティブが言ってるんだから間違いないだろう。

 あれは10年以上前だ。俺が大学生の頃、京都に住んでいた。実家は埼玉だから帰省するたびに京都から埼玉まで大旅行をしなくてはいけない。新幹線を使えれば早いんだが、毎月電気やガスが止まっているほどの金欠なのでそんな贅沢は出来ない。

 そんな金欠大学生の強い味方といえば「青春18きっぷ」だ。2300円でどこまででも乗れる。どこでも途中下車できる。夜行バスと違って景色も楽しめる。デメリットはいつまで経っても埼玉に着かないことだが(8時間ぐらいかかる)、そこは持ち前の明るさでカバーだ。人生の良い面だけを見よう。

 途中下車のメリットを活かして、あの頃、東海道本線のさまざまな駅前を歩いた。大垣、岐阜、名古屋、豊橋、浜松、静岡、熱海、小田原、などなど。帰省してるだけなのに旅みたいな気分になれる。このときはまさか後に豊橋に住むことになるとは思いもしなかった。そういう人生の「伏線」を張っておく意味でも青春18きっぷはオススメなのだ。

 毎回必ず降りて寄っていたのは「熱海」だった。熱海は俺の憧れの街だ。高校生の頃、毎日の通学は武蔵野線「海浜幕張行き」に乗っていたのだが、何もかもが嫌になると「東京行き」に乗って、東京から東海道線で終点の熱海に行くのが俺の学校教育に対する抵抗の全てだった。学校をサボって熱海駅のベンチで海を見ながら、お母さんが作った弁当を食べる。真夜中の学校に忍び込んで窓ガラスを全部割るなんてとても出来ない俺の精一杯の「反抗」だった。青春に海はつきものだな。

 ここで降りてしまうと破産して親からびっくりするほど怒られるので、完全に無賃乗車だが熱海駅からまた「東京行き」に乗って帰る。JRの皆さんには大変申し訳ない。SUICAに1万円入れて使わないまま死ぬから許してくれ。70年後とかになるかもしれないけど。俺100歳まで生きるからそれはごめん。

 そんな憧れの熱海だから、途中下車できるとなれば絶対にするでしょ。熱海には行きつけの喫茶店があって、ぶらぶら歩いてからそこで飯食ってタバコを吸って、また18きっぷの旅に戻るのだ。すでに「粋」だ。あとは江戸っ子がその状態の俺を発見するのを待つだけだ。

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 ある正月、また埼玉から京都への帰り道、熱海で降りて、ぶらついてからその喫茶店に入った。ちょうどお昼どきで混雑している。テーブル席しかないから4人がけのテーブルで飯食ってると、老夫婦が店に入ってきた。お爺さんの方が喋りまくっているんだが、めちゃくちゃ綺麗な「東京弁」だった。べらぼうめ、江戸っ子じゃねえか。てやんでい。

 空いてるのは俺の前の2席しかなかった。
 「相席でも良いですか?」
 と、お店の女将さんが言う。相席ってことは俺の前か。俺に許可は?

 「ええ、いいですよぉ」
 と江戸っ子が返す。

 「じゃあこちらへどうぞ」
 俺の前の席に案内される。俺に許可は?

 俺の許可は無かったが、老夫婦が前の席に着いた。目で挨拶して、俺は飯を食う。
 俺がちょうど食い終わるころに、老夫婦のオーダーが届いた。

 ここで問題があって、俺はこの瞬間めっちゃくちゃタバコが吸いたいんだが、今まさに飯食ってる人の前で煙をモクモクさせるのはさすがに良くない気もする。ただこれは微妙な匙加減なんだが、10年ちょっと前だから、そこで外に出て喫煙所を探しに行くという常識はまだ無かった。まあこの状況でも吸おうと思えば吸えるか、そんな時代だ。

 俺は一応ちょっと聞いてみることにした。
 「あのぉ、すいません、タバコ吸ってもいいですか?」

 「ああ、もちろん良いですよ。ワタシも吸いますから」

 一番良い回答が返ってきた。心の中で大ガッツポーズを決め、俺はタバコに火を点ける。

 なんとなくそこで、その老夫婦と俺の間に交流が発生し、俺はタバコ、老夫婦は食事を楽しみながら3人で談話が始まった。聞くところによると老夫婦は東京の「神田」に昔からずっと住んでいて、新婚旅行で来たこの熱海に毎年の正月、訪れているらしい。
 神田の今むかし、娘さんが嫁いで行った浦和の話(俺の出身も浦和だ)、熱海の話、などなど、話に花が咲く。と、お爺さんはこの熱海に正月から1人で来ている俺を不思議に思ったようだ。

 「学生さんですか?」
 「そうです、大学生で」
 「近くの大学?」
 「いえ、大学は関西なんです」

 じゃあなんでここにいるの? という雰囲気が漂う。正月に熱海に1人で来ている大学生ってたしかに妙っちゃ妙だ。

 「熱海には温泉入りに来たんですか?」
 「いえ、旅の途中で、寄ったんです」

 「旅の途中で」かっこいい言葉だ。言ってみたくない? 「旅の途中でね」「行き先は?」「風に聞くさ」。FUUUU! かっこいい! 言ってみたい言葉ランキングでも上位に位置するだろう。ちなみに1位は「私が総支配人です」だ。

 お爺さんが「ほお」という顔をした。そしてこう言ったのだ。

 「へえ、粋だね」

 おいおいおい、かっこよすぎる! 俺たち! 江戸っ子を唸らせた俺と、「粋だね」と返すお爺さん。熱海の海は飲めや歌えやの大盛り上がり決定だ。なにせ俺とお爺さんがいるからな! その日の俺はずっとニヤニヤしていた。

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 あれから色々なところに旅行に行った。旅の途中で「旅の途中で……」って言うチャンスは常に伺ってるんだが、旅の途中に「何してるんですか?」って聞いてくる人がいないから言えないでいる。もしかしたら俺かもしれないから、旅の途中っぽい人がいたら聞いてあげてください。「あなたは総支配人ですか?」でも良いよ。

 良い思い出である。

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