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認知症と幸せ

「認知症になる」
どのようなイメージがあるだろうか。
同じアルツハイマーでも、忘れていく過程に苦しむ人もいれば、いつもニコニコ、忘れていく事にさえ気づかずに忘れていく人もいる。

「パパさん、若い女の人の前で、そんな格好、恥ずかしいでしょ?さあ、おズボン履いて。」
奥様は、ステテコ姿の旦那さんにそう声をかける。
ここで言う「若い女の人」とは、アラフィフ看護師、私の事だ。話しかけている奥様は、84歳。旦那さんは89歳。
夫婦共に、アルツハイマー型認知症だ。

このご夫婦の訪問看護を始めたのは、1年半前。薬の飲み忘れが多く、その管理で依頼があった。一包化された薬の袋に日付を記入して、1週間分を夫婦別々のお薬カレンダーに入れていく。しかし2人とも認知症、お薬カレンダーに入れるだけでは、服用には至らない。
口に入れて飲み込むまでを確認する必要がある。介護ヘルパーや、訪問リハビリの理学療法士、訪問看護師がサービスに入る時々に、服薬してもらうことにし、程なく、成功。

旦那さんはお風呂が嫌いだ。入浴介助の依頼もあった。80kg超えの体格、風呂場の洗い場は半畳ほど。予想はしていたが、奥様の嫉妬は想像以上。

「若い女性に手伝ってもらうなんて。いいですわよ、私があとで手伝います。」と、風呂場について来て、離れない。

『仕事、進まんなぁ…』
そこで、奥様に、仕事を任命。

「奥さん、旦那さんのお風呂上がりのお茶を準備して頂けますか?」

認知症でも、体が覚えていて、お茶を入れることはできる。奥様が準備している間に、急いで旦那さんの入浴介助をしなければ!

そして、問題勃発。
引き出しに入っているはずの下着がない。
あるのは、ゴムの伸びたステテコのみ。
息子さんと置き場所を決めていたのに、ない。
恐らく、奥様が触って何処かに置いたかと。
もちろん、奥様は、覚えていないので、着る物の大捜索となる。なんとか、あちらこちらの部屋に置いてある服をかき集めて揃える。

毎回こんなことから始まる。隣に住む息子さんから、置き場所かえました、と連絡がきても、訪問すると、案の定、奥様がどこかに片付けてしまっていて、もちろん思い出せない。
奥様もいつお風呂に入っているかわからず、足の指の間など、洗い残しから、水虫になっていたり、問題が重なったため、デイサービスで入ることになった。そのため、奥様の「やきもち」から、私も解放された。ホッ。

ある時、「私ももう90歳になるし、いつあの世へ行ってもいいんだよ。」と旦那さん。
すかさず奥様が、
「パパさん、そんなこと言わないで。私はまだまだあなたと一緒にいたいわ。」と。
いつまでも仲良し、羨ましい。

このご夫婦は、穏やかに忘れていく認知症。
夫婦仲良く、お互いの健忘も気づかずに、
その日その日を生きている。奥様は、主婦だった頃の記憶が強く残っており、現実は、お金の管理も、買い物も、料理もできなくなっている。
「…そうねえ、今日は何にしようかしら?あら、もう3時。お夕飯の材料を買いに行かないとね。ねぇ、パパさん、今夜は何にする?この人ね、お刺身があれば文句は言わないのよ…。」

数十年前の記憶の中で生きている。
ひとつのことをやり終えることはできず、やりかけで、目についたことを次々にやりはじめる。でも、それは、夫のため。

日常を忘れてはしまうが、
幸せと愛情は、この奥様から
奪わないで欲しい。


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