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193 韮山反射炉で歴史を学びつつ富士を拝む

あけましておめでとうございます。

今年もいろんな場所に旅をして、みなさんにひとつでも有益な情報を届けられたらいいなと思っています。よろしくお願いいたします。

といったものの毎年正月は初詣が手駆けるのが高齢になっていましたが、今年は3ヶ日は予定なし。のんびりとしたスタートとなりました。

というわけで、新年1回目の記事は昨年(とはいえ1週間前)に行った世界遺産、韮山反射炉の記事をお届けしようと思います。

正月といえば富士山。天気も良くて富士山がきれいに見えたのでちょうどいいかなって思いました。

韮山反射炉は静岡県東部、三島駅から中伊豆を南に向けて走る伊豆箱根鉄道の伊豆長岡駅からアクセスします。

駅構内でもものすごくPRされているんですが、なぜか韮山反射炉に至る公共交通機関はなく、駅から20分ほど歩いていかないといけません。ほかの施設も回る観光ループバスはあるみたいですが、ここだけ回ろうとすると遠回りです。

ただ、今日は天気も良く富士山がよく見えたので、目的地まで歩いていく道も全然遠さが気になりませんでした。この辺りはイチゴの産地で温室もよく見られます。

澄んだ空気の中を歩いていくと、目的の韮山反射炉が見えてきました。特徴的な形の煙突が出迎えてくれます。

このまま近くまで行けるのかと思ったら、この資料館を経由しないと真下には行けないことになっています。入館料500円。近くまで行かなくても眺めることはできるので、それでも十分という方は柵の外から見学できます。

韮山反射炉は大砲を作るために必要な金属を溶かした溶解炉です。当時は黒船など諸外国の船が日本に来航して海上防衛の必要性が迫られており、幕末にこの地を収めていた代官江川英龍及びその息子の英敏が築造を進めました。

1857年に竣工して1864年まで反射炉本体での鋳造が行われていたのですが、閉鎖、明治維新後は風化していってしまいます。その後大正時代にその歴史的価値が認められて国の史跡に指定、そして2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつとして正式登録されて一躍脚光を浴びました。

日本に現存する反射炉はこの韮山反射炉と山口県の萩反射炉(こちらも世界遺産です)のみ。萩反射炉は試験炉だったと言われており、実際に製造に使用されたもので現存するのはここだけで、世界でも唯一とされています。

90度の角度の位置で4本の煙突が立つので、位置によっては2本の煙突しか建っていないように見えます。今は炉しかありませんが、当時はこの周りには大砲を作る工場が存在し、ここで溶かされた鉄を型に流して冷やし、大砲を生産していました。

ここから流れてきた鉄を抽出していたそうです。
韮山古川と呼ばれるこの川で水車を回して炉を動かす動力源にしていました。
そのため川の流路を変えたといいます。

韮山反射炉のすぐそばには茶畑がありますが、そこから反射炉と富士山を両方見ることができる展望台がありますので登ってみることにします。

富士山も世界遺産のひとつ。2つの世界遺産を同時に見ることができる貴重なスポットです。当時ここで働いていた人たちもここで富士の眺めを楽しんでいたのでしょうか。

望遠レンズで富士山だけ撮ってみました。

わずか7年という短い稼働年数ではありましたが明治期の日本の産業革命の礎を作るとともに、独立を護る国防の一翼を担った韮山反射炉。近代日本を語る上で欠かせない遺構だと感じました。

伊豆長岡は温泉も湧く保養地でもあり、昨年の大河ドラマで話題となった北條氏の出身地でもありゆかりの史跡も数多くあります。鎌倉の歴史も学びつつ、明治期の歴史も学びに韮山反射炉も訪ねてみてください。







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