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『リコカツ』と歌舞伎と三島由紀夫ー“Pale Blue”米津玄師は「ありふれていたい」のか?

 コロナ禍の今のような辛い時ほど「虚構」が欲しい。

 それも、作り込まれた上質な。

 そんな私の気持ちを、くみ取ってくれたのだろうか?

 そうとしか思えないほど、今期(令和3年春)のテレビドラマで素晴らしいものがある。

 『大豆田とわ子と三人の元夫』と『コントが始まる』だ。

米津玄師さんの盟友二人

 この二作品、コメディで視聴者を引き込んで、人が持っている孤独や屈折を見せてくるという、私好みのドラマになっている。

 『大豆田とわ子と三人の元夫』は、手練れの坂元裕二脚本の上に、エンディングに流れる主題歌が毎回、歌い手も歌詞も変わる、それも全てセンスが良い。坂東祐大さんが音楽を担っているだけのことはある。

 『コントが始まる』の主演は菅田将暉さん。仲野太賀さん、神木隆之介さんと「マクベス」というトリオ芸人を演じていて、三人のコントで始まり、コントで終わる。舞台で演じられるコントは、コントとしても面白い上に、その回でコントのバックボーンとなった個人的なエピソードが描かれる。たとえば、第3回の「奇跡の水」では、コントの元になったのは、優秀だったのに今はひきこもりとなった春斗の兄が新興宗教にはまったことが元になっている。

 坂東祐大さん、菅田将暉さんといえば、米津玄師さんの盟友というべき人物だ。

 その米津玄師さんが主題歌を担うドラマ『リコカツ』。

 このドラマ、残念ながら米津さんの盟友二人が関わるドラマに比べて面白いとは私には思えない。

 私はこのドラマを観ていると“Pale Blue”の

「こんな つまらない映画などもうおしまい なのに
 エンドロールの途中で悲しくなった
 ねえ この思いは何」

という気持ちになる。ドラマで感動はしないのだが、米津さんの歌声とメロディで涙が零れるのだ。

 私がこのドラマを好きと思えないのは、紘一と咲、二人の主役は「いい人」。自衛官といえば「謹厳実直」。広告代理店勤務なら「軽佻浮薄」。ヒロインの恋敵は「そんなことする?」と疑問に思うようなイジワルをヒロインにする「わるい人」。登場人物が記号のように単純化されているためだ。

世の中に求められているのは『リコカツ』?

 米津さんが主題歌を担った『アンナチュラル』、『MIU404』のを観てきた「米民」さん達はこのドラマを観てさぞやがっかりしていることだろう。そう思っていたのだが、あにはからんやTwitter上では、ほとんどの人がドラマを楽しんでいた。

 そればかりか視聴率も『大豆田とわ子と三人の元夫』と『コントが始まる』よりも高いのだ。

 これは『大豆田とわ子と三人の元夫』と『コントが始まる』は細部にまでこだわりがあり、登場人物も「いい人」、「わるい人」と簡単に区分けが出来ず、それぞれの人生がきちんと描かれている上質なドラマである分、視聴者側も真剣に観ないと楽しめないせいかもしれない。

 それに比べ、『リコカツ』は登場人物が単純なうえ、設定も“Pale Blue”の歌詞ではないが「ありふれた」ものが多い。宮崎美子さんが演じる紘一の母、薫が自分が旅館で働いてもらった給与明細を夫に見せながら「私の稼いだお金です。私にできるはずないって思ってたでしょ。」と言うシーンがあったが、こういったのは20年くらい前のドラマでよく見られた光景だ。今より景気の良い時代で、働く女性も少なかった。現在の働きながら家事もせざるを得ない人から見たら生活の不安無く家事だけしていればいいなら、何の文句があるのかという気持ちになるだろうし、5年前『逃げるは恥だが役に立つ』でせっかく「家事労働の有償化」というそれまでのドラマになかったテーマを描いたTBSなのに時代が逆行したように思われる。

 『大豆田とわ子と三人の元夫』は「ヤングケアラー」、『コントが始まる』では「ひきこもり」といった「今」の問題を、さらっと、だけど説得力のある描写で出してきているのとは、えらい違いである。

 もしかしたら、世の中の人はドラマに「あれが伏線だったのか」とか、「今の社会問題が描かれている」、「人は単純にいい人、わるい人とは決められない」なんてことは、求めてないのかもしれない。もっと、気楽に単純にドラマを楽しみたいのかもしれない。

 ただ、そんなことを言っている私も、こと舞台になると単純なものの方が好きだから、あまり人のことは言えない。

よくわからなかった三島由紀夫『熱帯樹』

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 二年前に友人に誘われて三島由紀夫『熱帯樹』を観にいく機会があった。一緒にいった友人は事前にどういった話か、どの役者さんがなんの役をやるか調べていたのだが、私は

「芝居はよく観に行くほうだし、三島由紀夫の戯曲も好きだからわかるだろう。」

 そう高を括って、下調べもせずに観に行ったら、ほとんど内容が理解できなかった。近親相姦を絡めた心理劇のため登場人物は多面的に描かれ、台詞は美しいけど聞きなれない言葉や比喩も多く、舞台だから、テレビの様にクローズアップされるわけでもないから、今どの役者さんを観たら良いのかもわからなかった。

 これがテレビドラマだったら、役者さんの細かい演技まで観られるし、台詞がわからなければ字幕に切り替えることもできるのだが。

歌舞伎と三島由紀夫

 その時、気づいたのだが私が観に行く芝居は主に歌舞伎で、歌舞伎は独特の言い回しがあって難しいと思われがちだが、登場人物は「お姫様」、「悪役」、「二枚目」など単純化しており、設定も「ありふれたもの」が多い。

 だけど、その単純さ故に、余分なことを考えずに熱狂できる。

 「悪役」がやっつけられたり、主役の「二枚目」が「お姫様」が幸せになることによりカタルシスを得ることができるのだ。

 先述の三島由紀夫も歌舞伎の脚本を書いていて、それは「熱帯樹」とは打って変わって単純化した物語となっている。私が実際に観た三島の歌舞伎作品は平成7年4月御園座で故中村勘三郎さんと坂東玉三郎さんが演じられた『鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)』だ。

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 この物語、お姫様が相手を一個人ではなく「鰯売」だから好きになる、「鰯売」なら誰でもよいという話で、登場人物は「お姫様」、「家臣」、「鰯売」というように記号の様に単純化されている。三島は幼少時代から祖母に歌舞伎を観に連れて行ってもらっていた人だから、歌舞伎の特性ー登場人物を単純化し物語を「ありふれた」ものにすることによって、観客に強いカタルシスを齎すーをよくわかっていたのだろう。

歌舞伎とドラマの決定的な違い

 ただ歌舞伎は、外観からすでに浮世離れした歌舞伎専用の劇場で、ロビーには着物を瀟洒に着こなした役者さんの奥様方がいて、柝の音が芝居の幕開けを告げる。

 それは、別世界に誘う装置で、その中だからこそ、単純化した人物像と「ありふれた」物語を楽しむことができる。劇場を一歩外に出れば、余韻はあるけれど日常に戻るのだ。

 だが、ドラマは食卓やリビングといった日常の中にあるものだ。その中で単純化した人物像を観るのは、日常の中にまで人を単純化して見るということを持ち込みかねないのではないか。

 「いい人」、「わるい人」、「新しい人」、「古い人」。

 人を単純にカテゴライズするのは、楽だ。決めつけてしまえば、そこから思考はしなくて済む。

 米津さんの歌詞やインタビューを読む限り、人を〝カムパネルラ”の歌詞に出てくる「クリスタル」のように多面的なものと捉えているように思う。

 では、そんな米津さんが何故『リコカツ』の主題歌を引き受けたのか。その理由は「単純」で「ありふれた」ものを世の中が求めていると思ったせいではないだろうか?

米津玄師は「ありふれていたい」のか?

 “Pale Blue”の歌詞

「ありふれていたい 淡く青いメロディ」

 この歌詞を聴いた時

 「俺はずっと、普通の人になりたかった。」(『ROCKIN’ON JAPAN』2015年11月号「米津玄師 衝撃の2万字インタビュー」)を思い出した。

 「ありふれていたい」というのは「普通の人になりたかった」の言い換えのような気がする。

「普通の人」はそんなに物事を深く考えたりはしない。「単純」な「ありふれた」ものを楽しんでいる。だから“Pale Blue”では「恋」という米津さんにしては「ありふれた」題材の曲を作ったのではないだろうか?誰にでも「分かり易い」ものとして。

米津玄師の「やさしさ」

 私は米津さんの音楽の持つ「優しさ」に救われてきた。

「あなたが思うほど あなたは悪くない

 誰かのせいってこともきっとある」〝WOODEN DOLL”

「サンタマリア 全て正しいさ

 どんな日々も過去も未来も間違いさえも」〝サンタマリア”

 そして、いじめと思しき光景を描いた〝優しい人”を発表するときには現在進行形で同じ目にあっている人のことを考え「はたして世に出していいんだろうかということですごく悩んだ」(『ROCKIN’ON JAPAN』2020年9月号「米津玄師 ニューアルバム『STRAY SHEEP』のすべてを語る)という「優しさ」に。

 その「優しさ」で、世の中が求めているものに答えた。

 「単純」な「ありふれた」ドラマ『リコカツ』は「優しい」というより「易しい」ドラマだと思う。

 そして、“Pale Blue”の歌詞には、辞書を引かなければわからないような単語は一つも使われていない。分かりにくい比喩もない。考えなくてもスッと心に入ってくる曲だ。それは言い換えれば「易しい」ということでもあるのだけれど。

 米津さんの持つ「優しさ」が「易しさ」に変わってしまわないことを願ってやまない。


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