【躁うつ日記#03】壁の穴


暴れん坊将軍、爆誕

 異変を感じた2020年の夏(#02参照)から2021年の年末まで、約1年半もの間、彼女は暴れ続けた。

 毎日のように些細な事で喧嘩し、その度彼女が暴れて私がなだめる。多くが夜だった。朝方まで続く事も少なくなかった。


1個目の穴

 「暴れる」と言っても色々あるだろう。彼女の場合は壁を蹴ることがほとんどだ。

 壁につけたベッドに仰向けになり、足を上にあげて壁を蹴る。ドンッ、ドンッとずっと。近所迷惑になると思い当然止めに入るが、そうすると抵抗して私が蹴られる。その繰り返しが何時間も続く。

 暴れ始めて数週間経った頃、相変わらず喧嘩していたある日、私は距離を置こうと家を飛び出た。相当な事をしたと反省して欲しかった。

 少ししたら連絡が来ると思っていたが2、3時間経っても連絡は来ない。心配になって家に帰ると彼女の様子がおかしい事に気付く。怒りは収まり、ソファーに座る彼女はいつもより小さく感じた。寂しかったのかな、と思い抱きしめて背中をさすっているとふと壁に目が行った。さっきまでなかった大きな穴が空いていた。

 当然賃貸の私の家に、穴...?

 状況が掴めなかったが咄嗟に、怒鳴ってしまった。「ありえない」とか「これはないわ」とかそんな言葉だったと思うが、だから怯えたような表情をしているのかと納得もした。はっとして努めて冷静に振る舞い、彼女を責めるのはそこでやめた。彼女は謝った。

 「頻繁に大喧嘩するし苦情入ってないかな」と、大家さんには一方的に気まずい気持ちがあり、退去まで言いたくなかった。親にも説明できない。とりあえず穴は塞ごうとホームセンターに行き、石膏の簡単な穴埋めキットで修繕した。余計なことをしたかもしれないけど、当時の私にはこれが精一杯だった。



2個目の穴

 1個目の穴からしばらくして、相変わらず喧嘩していたある日。この日蹴られる壁はトイレ。

 そこも穴が開いてしまうと思った私はもちろん止めに入る。今日はなんだかいつもより激しい。かなりの力で突き飛ばされる私は、痛さに耐えながら必死に喰らいつく。あまりにしつこい私に怒りを表しトイレから出た彼女を私は追いかけまた捕まえる。

 床で揉み合いになり彼女を押さえつけたとき、彼女のかかとがクローゼットの扉にクリティカルヒットした。かかとがすっぽり収まる綺麗な丸い穴が開いた。かなり絶望感が襲ってくるから、穴だけはもう嫌だ。そう思っていたのにな。

 とりあえずこれはドアの交換か。冷静になるしか自分を守る手段が無い。



放っておかない理由

 きっとこれを読んでいる方の中には、なぜ戦いに行くのか疑問に感じる人もいるだろう。私が余計怒らせているのではないか?放置したら収まるのではないか?

 最初は私もそう思っていた。何度も放置しようとしたし、実際1個目の穴の時も家を飛び出て距離を置いた。

 でも、壁を蹴るのを放置したら音は段々と大きくなるのだ。私を脅すように。

 近所迷惑も鑑みて、放置できない。というのが正解かもしれない。



暴れん坊将軍編・完

 あまり長くなっても仕方ないので、彼女が暴れ続けた1年半は、穴の話を代表例としてここで終わろうと思う。

 けれど、当時の私のためにもこれだけは言わせてほしい。これまで生きてきて間違いなく、最も辛く苦しい時間だった。愛する彼女に何を言っても届かない感じが何よりも寂しかった。御涙頂戴は通用しないのだ。

 彼女が暴れる中、私は冷静でいなくては、とずっと思った。どんなに彼女が壁を蹴ろうと罵声を浴びせてこようと、「大丈夫だからこっちおいで」と言い続けた。

 心の中では怒りや悲しみがいつもあったが、グッと堪えた。

 でも、数回?いや、十数回?私にも我慢の限界は来た。下着類やTシャツを収納しているニトリの収納棚はプラスチック部分がバキバキになっているし、冷蔵庫はおでこを打ちつけたせいで凹んでる。グラスを床に叩きつけた時は床が少し凹んだ。
 その度彼女は冷めた目で睨んできて、私はまた寂しくなった。

 体はいつもアザだらけだった。

 検索履歴は「女性のDV」とか「DV 女から」とかでいっぱいだったし、何よりも死んでしまいたかった。こんな風にしてしまったのは自分だといつも責めていた。だからこそ見放すことができなかった。

 

 私の学校やテストはなんの言い訳にもならず繰り返される大暴れ。朝まで続くと体力的にも精神的にも学校には行けなかった。そうして私は2度留年した。

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