Cross Love

女)何ですか、これ。
男)見て分かんない?

 明転。

 モノクロな部屋の中。
 手錠で後ろ手に繋がれている女と、コーヒーを飲んでくつろいでいる男。

女)外してください。
男)駄目。
女)帰りたいんですけど。
男)そ。
女)明日バイトなんですけど。
男)ふーん。
女)今人少なくて、超忙しいんですけど。
男)辞めれば?
女)そんなことできるわけないじゃないですか。
男)仮病でずるずる休んでいれば、使えない奴だと思われて向こうから切ってくれるから。
女)そういう問題じゃないです。
男)じゃあどういう問題?
女)バイト辞めたら、生活できないじゃないですか。大学にも行けなくなります。
男)いいじゃん、別に。
女)よくありません。
男)ワガママだなぁ。
女)どっちが。
男)何かを得るためには何かを捨てなくちゃいけないって当然でしょ?  セオリーでしょ?  何で自然の摂理に反するの?  馬鹿なワケ?
女)私は失うばかりで何も得るものがないんですけど。
男)俺からの愛を得る。
女)気持ち悪い。
男)何か言った?
女)いいえ、別に何も。
男)いいよ、許してあげる。瑞希が俺のモノになってくれるなら。
女)何ですかその不公平条約。全力でお断りします。
男)交渉決裂。なら実力行使するしかないよね。
女)交渉する前に実力行使してるじゃないですか。
男)互いに分かり合うためには必要な処置なんだよ。
女)逆に溝が深まっているような気がしますが、気のせいですか?
男)細かいことは気にしない気にしない。
女)全然細かくないですよ、私の人生に関わる大問題です。とにかくコレ、外してください。
男)大丈夫、似合ってるから。
女)だから、そういう問題じゃないですってば!
男)可愛いなぁ。
女)頭おかしいんじゃないですか。
男)そうなんだよねぇ、困ったことにさ。瑞希、なんとかしてくんない?
女)は?
男)俺をこんな風にしたのは君なんだから、責任取ってよ。
女)冗談じゃないですよ。
男)冗談だって。何本気にしてんの?
女)分かりにくい人ですね。
男)俺は純粋で清廉潔白な真人間だよ?
女)不純で恥知らずな変態の間違いじゃないですか?
男)酷いなぁ。
女)酷いのは秀之さんの方です。どうしてこんなことするんですか。
男)どうしてだと思う?
女)嫌がらせ?
男)当たり。
女)迷惑です。
男)だからやるんじゃん。
女)死ねば良いのに。
男)良いよ、別に殺しても。瑞希が警察に捕まるだけだから。そんな度胸ないだろうけど。
女)これ、犯罪じゃないですか。
男)バレない犯罪は犯罪じゃない。
女)じゃあバラせばいいんですね。
男)そしたら俺もバラまくよ。写真撮って、君の知り合いに送り付ける。(携帯を取り出す)
女)それ、
男)誰にしよっか。誰がいい?
女)返してください。
男)駄目。
女)プライバシーの侵害です。
男)君のモノは俺のモノ。俺のモノを俺がどうしようと、俺の勝手だよね?
女)前提条件が間違ってます。
男)正しければ良いワケ? じゃあ、俺のモノになってよ。
女)嫌です。

 男、女に携帯を投げ付ける。ビクリと震える女を見て、男は笑う。

男)あーあ。瑞希のせいで携帯壊れちゃうよ。
女)どっからどう見てもあなたのせいじゃないですか。
男)駄目だよ、人に罪をなすりつけちゃ。
女)それは私の台詞です。
男)俺が言ったから俺の台詞。
女)屁理屈ばっかり。
男)負け惜しみだね。
女)負けず嫌いなんですね。
男)誰だってそうだろ。負けるのが好きとか、どんだけマゾなんだよ。もしかして、瑞希ってマゾ?
女)違いますよ!
男)照れちゃって。ウブだねぇ。
女)怒りますよ。
男)もう怒ってるじゃん。
女)本気で怒りますよ。
男)怒れば?
女)そう言われると怒りたくなくなります。
男)天邪鬼。
女)偽善者。
男)正しいって何だろうね?
女)何ですかいきなり。
男)天動説が「正しかった」頃、地動説を唱えたガリレオ・ガリレイは有罪になった。天使のお告げを受けてフランスを救ったジャンヌ・ダルクは、異端者として教会から破門された。正しさは多数決によって決まる。今正しくないと思われていることも、やがて正しかったと言われる日が来るのかもしれない。その逆も然り。だとしたら、正しさを求めるのって虚しくない?
女)そんなこと考えてたら、生きてるの虚しくなりません?
男)一切は虚しいよ。死んだら全部消えて終わり。ゲームオーバー。だったら人生楽しまなくちゃ損じゃないか。
女)楽しいですか?
男)つまらないな。もっと楽しませてよ。
女)嫌です。
男)良いね、飼い慣らしがいがあって。
女)よくないですよ、気持ち悪い。
男)気持ち良くしてあげよっか。
女)変態。
男)もっと褒めて。
女)蛆虫。毒蛇。ハイエナ。
男)そうやって悪い例として引き合いに出すの可哀想じゃない? 毒蛇もハイエナも普通に生きてるだけなのに。
女)確かに、あなたと一緒にされちゃ可哀想ですね。
男)俺が可哀想だとは思わないの?
女)確かに可哀想ですよね……頭が。
男)調子に乗んなよ、ガキ。
女)大人気ないですよ、センパイ。
男)先輩ねぇ。……どう? フルートの調子は。
女)悪くはないですよ。
男)良くもないのかな?
女)秀之さんはやらないんですか? オーボエ。
男)俺より上手い奴なんて腐るほどいるんだから、そいつらに任せとけばいいって。
女)随分醒めてますね。
男)あの頃が熱過ぎたんだよ。……アイス食べる?
女)夏はとっくに終わってますけど。
男)買い過ぎちゃって。♪ガリガリ君の会社のチョコアイス~
女)CM流行りましたね。影響されやすいんですか?
男)ガリガリ君と同じ会社だと思ったら気になってさ。暫く赤城乳業のアイス買って帰るのが日課になってた。全種類買ったはいいけど、食べんの飽きちゃって。手伝ってくんない?
女)収集癖ですか?
男)コンプリートしないと気が済まないんだよ、昔から。ガチャポンとか、お菓子に付いてくるオマケとか。本、DVD、CDもそうだな。好きな作家とか監督、アーティストのは全部揃えたくなる。
女)何で集めたくなるんでしょうね。
男)さあ。瑞希は何か集めてるものないの?
女)好きな本は揃えたくなりますけど、全部は揃わない方が良いですね。
男)何で?
女)全巻揃うと、終わっちゃった気がするじゃないですか。だから、ちょっと欠けたままにしておくんです。
男)ロマンチスト。っていうか、倒錯してるね。
女)そうですか?
男)好きだから手に入れたい。でも醒めるのが嫌だから、手に入れない。
女)……そうですね。
男)で、アイスは?
女)いただきます。何か喉渇いちゃって。
男)ハルシオンの副作用だ。(ハケる)
女)ハルシオン?
男)睡眠薬。
女)何飲ませてるんですか!
男)偶然手に入ったから。試したくなるのは必然だろ。
女)ご自分で飲めばいいじゃないですか。
男)それじゃ観察できないじゃん。
女)人をモルモット扱いしないでください。

 男、アイスを食べながら再登場。もう片方の手に持った未開封のアイスを、

男)はい、エサ。

 放り投げる。

女)……。
男)食べないの?
女)……。
男)ああ、モルモットは喋れないんだったね。ごめんごめん。
女)開けてください。
男)自力で開けられたら手錠、外してあげる。
女)ホントですか?
男)俺は嘘吐かない。
女)そう言うこと自体が嘘吐きだと証明してるようなものですよね。

 女、袋と格闘する。敗北。

女)開けてください。
男)外してあげないよ。
女)外す気がないから無理難題出すんですよね?
男)外す気はあるよ。逃がす気はないけど。
女)通報しますよ。
男)はい、お電話変わりました。申し訳ありません、彼女がご迷惑をお掛けてしまったみたいで。ええ、彼女ちょっと精神的に不安定なところがありまして、時折パニックを起してしまうんですよ。ええ、付き合い初めよりは大分マシになったんですけれど……。フラッシュバックっていうんですか、前の彼氏とあまり上手くいってなかったみたいで。ええ、少し経てば落ち着きますので大丈夫です。はい。お忙しいところありがとうございました。失礼いたします。
女)彼女じゃないんですけど。
男)彼女になればいい。
女)お断りしましたよね?
男)他に付き合ってる奴がいるわけでも、好きな奴がいる訳でもないんだろ? 何が駄目? 何で駄目?
女)好きになれないっていう理由じゃ納得してくれないんですか。
男)そんなの寝てみなきゃ分かんないだろ。
女)寝……!?

 袋を開け、女の口の中にアイスを突っ込む男。

女)!

 喉に詰まらせる女を見て笑う男。女、アイスを膝の間に挟んで、口の中から出す。

女)何するんですか!
男)携帯じゃなかっただけマシだと思えよ。
女)ちょっと垂れたじゃないですか。
男)流石ラクトアイス。じゃ、脱ごっか。
女)嫌ですよ。
男)ずっと同じ服でいるの? カビ生えるよ。
女)私、そろそろ本気で帰りたいんですけど。
男)ふーん。俺が本気じゃないと思ってたんだ?
女)犯罪ですよ。
男)だから何。
女)捕まったらどうするんですか。
男)瑞希を殺して、俺も死ぬ。
女)冗談止めてください。
男)大丈夫、瑞希が協力してくれれば捕まらなくて済むから。同棲してるってことにすればいい。
女)何とかなると思ってるんですか。
男)何とでもなるよ。君さえ協力してくれれば。
女)嫌だと言ったら。
男)そこの電気コードの先端を剥いて、ワニクリップで身体に繋ぐ。スタンガンと同じ効果があってね、激痛が走って、電気が脳を直撃して、目の前真っ白。二、三メートル吹っ飛ぶこともあるらしいよ。でも俺やったことないから加減の仕方分かんないなぁ。洗面器に塩水張ってその中に浸しとけばいいかな。いっそ電気風呂にしようか。でも俺入れなくなるから駄目か。ならもっと簡単に、熱湯を背中にかけるとか、フライパンの上に手を置かせるとか……ああ、指折ったら楽器吹けなくなるよね。手足の腱を切れば逃げられなくなるだろうけど、マグロになっちゃうだろうし。やっぱ指切り落とすのが一番かな。その前に爪を剥……
女)止めてください!
男)じゃあ、協力してくれるよね?

 間。

女)……洋服、買ってくださるんですか?
男)取りに行ってあげる。

 女の家の鍵をくるくると回す男。

男)他に何か必要なものある?
女)……洗面用具。化粧品。教科書、筆記用具、フルート。
男)最後のは却下。
女)一日サボると取り戻すのに三日かかるんですよ?
男)近所迷惑。つーか、金になんないのによく続けられるよね。
女)続けないとお金にならないじゃないですか。
男)続けても金にならないよ。音大行って、留学して、オーディション受けて、やっと新東京フィルハーモニーに入ったところで、初任給八万。他の職に就こうとしても、何の経験も技術も資格もないから低賃金。奨学金を返しながらの苦しい生活。惨めだねぇ。
女)そんな夢を打ち砕くようなこと言わなくても。
男)けどそれが現実。子どもたちも大変だよね。小さい頃は夢を持ちなさいって言われるのに、いざ大きくなると夢なんか捨てろって言われるんだから。
女)諦めろっていうことですか。
男)代わりに、何不自由ない生活をあげる。
女)……。
男)じゃ、大人しく待ってな。おやすみー。

 男、部屋の電気を消す。音楽が流れて来る。

男)……初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。この言葉は、初めに神と共にあった。万物は言葉によって成り、成ったもので、言葉によらずに成ったものは何一つなかった。言葉の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。……光は暗闇を理解しているとでも言うのかな?

 明転。男、聖書を閉じる。女は手錠で男の片手に繋がれている。

女)無宗教じゃなかったんですか。
男)母がクリスチャンなんだよ。小さい頃は寝る前によく読み聞かせられてた。俺が今でもまともでいられるのは、そのお陰だと思う。
女)まとも? 人をこんな目に合わせて、よくそんなことが言えますね。
男)ジル・ド・レイって知ってる?
女)知りません。
男)聖女ジャンヌ・ダルクに心酔して、フランスを救った英雄だよ。後に黒魔術や錬金術に耽溺し、多数の少年を拉致、凌辱、虐殺。被害者の数は一五〇人とも八〇〇人とも言われている……。
女)同じ人がですか?
男)ジャンヌ・ダルクが火炙りになったことで病んだんじゃないかって言われてるけど……俺はただ、ジャンヌ・ダルクに近いものを求めてただけだと思うんだよね。
女)ジャンヌ・ダルクに近いもの?
男)分からない?
女)分かりませんね。
男)光は暗闇を理解しない、か。太極図は分かる?
女)タイキョクズ?
男)円の中に白と黒の勾玉を組み合わせたような図案だよ。白い勾玉の中には小さな黒丸が、黒い勾玉には白丸が入ってる奴。
女)見たことあります。
男)あれは白を突きつめれば黒に、黒を突きつめれば白になるってことじゃん。
女)はぁ。
男)つまりジル・ド・レイは黒の中に白を……暗闇の中に光を探したんじゃないか。
女)だからって人を殺すんですか? やっぱりおかしいんじゃないですか?
男)そう言う瑞希の方が本当はイカれてたとしたら? 「おかしい」って言葉には何の意味もなくなるよね。自分が「おかしくない」っていう根拠は何? ここには俺と君の二人しかいないのに、「おかしい」とか「おかしくない」ってどうやって決められるワケ?
女)私たち以外の人に聞けば良いじゃないですか。
男)そいつもイカれてたとしたら?
女)他の人に聞きます。
男)そいつもイカれてたら? 皆イカれてたら?
女)それじゃ、イカれてるっていう言葉には何の意味も……(気付く)。
男)正しさは多数決でしかない。
女)でも、人を殺すのは悪いことです。
男)戦争では、たくさん殺せば英雄だよ。殺人はその集団に利益をもたらすか、不利益をもたらすかで善か悪かが決まる。人類全体を一つの集団と捉えれば、殺人は悪かもしれない。もしかしたら善かもしれないよ? 死んで人数が減った分、一人あたりの資源が増える。俺たちが今豊かな暮らしができるのは、一方で貧困や飢餓に苦しんでいる人たちがいるお陰とも言えるんじゃない?
女)話を広げて煙に巻こうとしないでください。法律でダメって決まってることはダメなんです。
男)確かに、民主主義における法律は国民の総意だから、一理あるね。
女)一理あるじゃなくて、常識です。
男)潔癖だなぁ。
女)あなたが常識外れなだけです。
男)常識を越えなければ、新しいものは生まれない。思考の枠組みはどんどんディコンストラクションするべきだよ。
女)ディスコント……?
男)ディコンストラクション、脱構築。白の中には必ず黒が含まれるって話。って言っても、瑞希には分かんないか。
女)説明が下手なんじゃないですか。
男)言うね。じゃあ、物分かりの悪い瑞希のために特別に簡単に説明してあげよう。例えば、男は外に出て働く、女は家で家事をするって価値観がある。それに対して、男が家事やったって良いじゃん、女がバリバリ働いたって良いじゃんって言うのが、ディコンストラクション。
女)そう言われれば分かるような気がしますけど。
男)だろ? 既成概念は崩すべきだよ。
女)と言うのに対して、既成概念も大切にしなければなりませんよ、と言うのがディコンストラクションですね?
男)折れないな。でもそうするとますます折りたくなる。(指を)折っていい?
女)駄目です。
男)染まらないものは綺麗だ。けど染まっていくのはもっと綺麗だ。
女)悪趣味。
男)ウェディングドレスは何で白いか知ってる?
女)あなたの色に染まります、ですか? 男性のエゴですよね。今時バージンロードを歩くバージンなんてほとんどいないでしょうに。
男)瑞希は?
女)何がですか?
男)経験あるの?
女)……好きな人じゃありませんでした。
男)……それって、
女)私、昔イジメられてたんですよ。同じクラスの男子に。殴られたり、蹴られたり、物を盗まれたり、給食投げ付けられたり。いつだったか放課後、教室に閉じ込められたことがあって。そこで……。
男)そいつ、どうなった?
女)普通に卒業しましたよ。私、誰にも言わなかったので。
男)言えよ。
女)言える訳ないじゃないですか、そんなこと。
男)だから相手を付け上がらせるんだよ、分かってないなぁ。
女)誰も味方になってくれないのに、ですか? あいつぐらいでしたよ、私に構ってくれるの。だから嫌いじゃなかったんです。好きでもありませんでしたけど。
男)殴られたり、蹴られたりしたのに?
女)可哀想な人なんですよ、多分。そういう風にされて育ったんじゃないですか?
男)……瑞希って、そういうのに好かれやすいんじゃない。
女)ホント迷惑極まりないです。
男)俺が守ってあげよっか。
女)お断りします。
男)良い虫除けになるよ。
女)その代わり、一匹の蜘蛛に付き纏われることになるんですね。
男)益虫じゃん。
女)毒がなければ。
男)毒は、使い方次第で良い薬になるよ。
女)使い方次第では死にますよ。
男)それは困るなぁ。服用量を間違えないようにしないと。
女)服用って。
男)ずっと続けていれば中毒になって、止めようとすれば禁断症状が。
女)最悪ですね。
男)最高だね。早く俺無しじゃ生きていけないようになれよ。そしたら解放してやるから。
女)酷い人。
男)それ、誉め言葉。良い人って言われるよりずっと良い。
女)無駄にポジティブですね。
男)じゃないと世の中渡れないよ、いちいち傷付いてちゃ身が持たない。
女)だからって人の痛みに鈍感になっていい訳じゃないです。
男)人の痛みなんか分かる訳ないじゃん、自分の痛みしか分からない。人が痛そうな思いをしているのを見て可哀想だと思うのは、そこに自分を重ねているから。可哀想なのは自分であって、他人じゃない。他人を可哀想だなんて思うのはただの自己欺瞞、自己満足に過ぎない。
女)自己満足でも良いじゃないですか。相手に良い影響を及ぼすなら。
男)善意による悪い影響と、悪意による良い影響なら、瑞希はどっちが良いと思う?
女)どっちも駄目じゃないですか。
男)良い影響を及ぼすなら、自己満足でも良いんじゃなかったの?
女)自己満足は悪意じゃありません。
男)そう。人間のあらゆる行動は、自己満足に起因するものだ。そこに良いも悪いもありはしない。他人を可哀想だと思うのが自己満足なら、人の痛みに鈍感なことを非難するのも自己満足。そして自己満足を否定するのも自己満足だから、言えることは何もない。
女)冷たいですね。
男)温かい方が良いとは限らないよ。アイスクリームには冷たい方が丁度良い。
女)哺乳類は温かくないと駄目ですよ。ああ、変温動物は大丈夫なんでしたっけ、毒蛇さん。
男)また有毒生物。
女)秀之さんの言葉は、毒のようだと思います。
男)段々効いてきた?
女)消化の仕方が分からなくて、澱のように少しずつ溜まっていきます。
男)吐き出さないの?
女)吐き出しても、また飲ませるんですよね?
男)もちろん。倍の量をね。
女)……髪に触るの、好きなんですか?
男)あ、枝毛。
女)嘘!?
男)嘘。ふわふわしてるからつい触りたくなるんだよ。嫌なの?
女)嫌、というか……あいつも髪に触るの好きだったなって、思い出すんです。
男)……へぇ。他にどこ触られた?
女)耳に息を吹き掛けられるとか、頭を叩かれるとか、鳩尾に拳入れられるとか。いきなり後ろから抱きついてきたり、教室で皆が見てる前でキスしてきたり。背負い投げされたこともありました。
男)ふーん。死ねばいいのに。

 男、女の首を絞める。

女)!
男)首を絞められたことは?
女)……ない……です。
男)じゃあ、こう。
女)……っ。やめ、てくださ……い!

 放す。

男)煽るなよ、気ぃ失わせたくなるじゃん。
女)煽ってませんよ。
男)ホントに?
女)ホントです!

 耳元で囁く男を張り倒す女。

男)……痛いなぁ。
女)自業自得です。
男)瑞希。
女)何ですか。
男)もう一回殴ってくんない?
女)は?
男)殴って。
女)……。

 女、男を殴る。男、殴られたところに触れる。

男)……瑞希は、殴るのと殴られるの、どっち好き?
女)何でその二択なんですか。
男)じゃあ三択目で、どっちも同じくらい好き。
女)何でどっちも好きじゃないっていう選択肢がないんですか。
男)俺が変態だから。
女)気持ち悪い。
男)で、どっち好き。
女)何でそんなの答えなきゃいけないんですか。
男)知りたいからに決まってんじゃん。
女)どっちも好きじゃありませんよ。
男)……ふーん。分かった。

 男、女の耳に息を吹き掛ける。

女)何するんですか!
男)何って、言わせたいの?
女)あいつと同じことするんですね。
男)あいつって言うなよ。
女)嫉妬ですか?
男)何笑ってんの。
女)笑ってる?
男)馬鹿にしてんの?
女)そんな訳ないじゃないですか。
男)駄目だよ、大人を馬鹿にしちゃ。
女)私だって二十歳過ぎてます。
男)自活できないうちはガキだよ。
女)じゃあ、そんなガキを相手にしてるあなたは何なんですか?
男)若さの補給。回り年上ばっかだと渇くんだって。
女)そう言われると、若さ吸い取られるみたいで嫌ですね。
男)花の蜜は吸われるためにあるんだよ。
女)蜜は餌であって、花粉を運んでいってもらうのが本来の目的かと思いますが。
男)ならWIN-WINで問題ないじゃん。
女)ウィンウィン?
男)そうだよねぇ、教科書には載ってないよね。
女)馬鹿にしないでください。そうやって大人ぶること自体が大人げないと思います。
男)良いんだよ、大人だから大人げなくって。
女)はい?
男)子どもが大人げないっておかしいだろ? 大人だから大人げないって言えるんだよ。
女)褒めてませんからね。
男)良いよ。俺、貶されるの好きだから。
女)えっ。
男)何引いてんだよ。
女)ドMですか?
男)ド直球だね。まあ、表裏一体だから。虐げられていないときは虐げている方が落ち着くし、虐げる奴がいないときは自分を痛め付ける。煙草をここに押し付けるとか、剃刀でこうやって線を引くとか。
女)どうしてそんなことするんですか。
男)足りないんだよ、瑞希。全然足りない。
女)何が?
男)何だろうね。
女)分からないのに欲しいんですか?
男)分からないから欲しいんだよ。
女)……背徳的ですね。
男)何が?
女)聖書を隣に置いてそういうことするの。
男)西洋人は皆そうだよ。
女)背徳的なことが好きだから、神聖なものが必要なんでしょうか。
男)君がそういうことを言うとはね。でも、アリだと思うよ。アンチ巨人が巨人を必要とするように。
女)あなたも私を必要としていると?
男)どっちかっていうと、逆。
女)逆?
男)小さな光は、暗闇の中でこそ輝く。
女)でも、そのために大きな光から遠ざかるのは、本末転倒じゃないですか?
男)太陽の光は眩し過ぎて、耐えられないんだよ。
女)吸血鬼みたいですね。
男)十字架も聖水も効かないけど。
女)心臓に杭を打ち込んだら死にますよね。
男)やりたいの?
女)まさか。そんなに簡単に死んじゃったらつまんないじゃないですか。
男)瑞希。駄目だよ、あんまり俺に似ちゃ。
女)さっきは染まって欲しいみたいなこと言ってませんでしたっけ?
男)染めていく過程が楽しいんだから、勝手に染まっちゃ駄目。
女)吸血鬼に血を吸われた人間もまた吸血鬼になると言いますが。
男)吸い尽くさなきゃ良いんだろ。ちょっと吸った程度でなってたら、そこら中吸血鬼だらけになってるって。
女)確かに。でも、吸血鬼がクリスチャンってのも変な話ですね。
男)クリスチャンじゃないよ。
女)お母さんがクリスチャンだって。
男)父方は仏教。浄土真宗。
女)秀之さんは?
男)精神的にはキリスト教の方が影響強いけど洗礼受けてないし、墓はお寺だから。一般的に言えば無宗教かな。でもホントの無宗教ってのは、霊魂もあの世も来世も信じないし、お墓も必要ないって人のことだと思う。
女)何か信じてるものがあるんですか?
男)何もないよ。絶対的に正しいことなんて何もない。という主張すら、絶対的に正しいとは信じてない。と言ってる自分のことも信じない。……ってのを色即是空と言うんだろうね、仏教では。
女)?
男)瑞希は混乱している!
女)……無宗教?
男)無宗教。聖書って面白いね。……愛は寛容であり、愛は情け深い。また、妬むことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、無作法をしない、自分の利益を求めない、苛立たない、恨みを抱かない。不義を喜ばないで、真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛は決して絶えることがない。
女)秀之さんが読むと怪しい新興宗教の口説に聞こえてしまうのは何故でしょう。
男)聞く人の耳が腐ってるんだよ。いや、心かな。
女)語る人の心が腐ってるとしか思えませんが。
男)俺はこんなに純粋で清廉潔白な真人間なのに、分かってもらえません。おお、神よ。これは試練なのでしょうか……?
女)白々しいことこの上ないですね。
男)俺が言うことは全部冗談だから。信じる方が馬鹿なんだよ。
女)っていうのも冗談ですか?
男)今のは自己言及のパラドックスって奴。
女)自己ゲンキュウのパラドックス?
男)詐欺に引っかからないためには、詐欺の手法を知り尽くすことだ。まあ、頑張れ。
女)何か今すごく馬鹿にされたような気がするんですけど。
男)気のせい気のせい。瑞希は世間擦れしてなくて可愛いねぇ。
女)絶対馬鹿にしてます。
男)褒めてるんだよ。

 女、首をひねる。

男)折れる折れる。

 女、逆向きに首をひねる。回転させる。

男)マッサージしてあげよっか。
女)お断りします。
男)へー、人の親切心を無碍にするんだ。瑞希って恩知らずなんだね、知らなかった。
女)ホントに親切心で言ってるなら、そんな罪悪感をチクチク刺すような言い方しませんよ。
男)そうやって親切心を疑うようなこと言うから、親切にしたくなくなるんだよ。人の好意は素直に受け取らなきゃ。
女)好意の押し売りほど迷惑なものはないですよね。必要ないのに、断ったらこっちが悪者扱いされるんですから。
男)悪者扱いしてないよ。貶しただけ。
女)詭弁は挨拶みたいなものですか。
男)詭弁という一言で片付けるのは負けを認めたようなものだよね。
女)秀之さんが何でオーボエだったのか分かる気がします。大概面倒くさいですよね、あのパート。
男)楽器が? 吹いてる人が?
女)自覚はしてるんですね。
男)直せないし直す気もないけど。
女)でも吹ける人は尊敬しますよ。
男)吹けないの?
女)クラリネットとサックスは音出たんですけど、オーボエは全然……というか吹こうとしたらリード割れてキレられました。
男)そりゃそうだ。オーボエのリードはクラリネットの十倍高いし当たり外れ多い上に割れやすいんだよ、自分に合ったリード使いたいなら練習するより長い時間かけて自作しなきゃいけないんだよ、温度にも湿度にも気圧にも体調にも気分にも影響されやすくて演奏する以上にメンテナンスが大変な繊細な楽器なんだよ?
女)そんな壊れやすいもの貸す方が悪いです。
男)フルートはお手軽でお気楽で良いよねぇ。
女)でもチューバと同じくらい肺活量いるんですよ。最初の頃は酸欠でくらくらしました。
男)息の使い方が悪いからでしょ。オーボエは逆に息が余って苦しいんだよ。
女)贅沢な悩みですね。
男)隣の芝生は青い。
女)何でやめちゃったんですか?
男)……魔王に言われたから。
女)魔王?
男)哀れな息子は死んでしまった訳だ。
女)……?
男)瑞希、そろそろお腹空かない?
女)今日は何ですか?
男)瑞希が好きなの作って。
女)え?
男)瑞希が好きなの食べたいな。
女)雪でも降るんじゃないですか。
男)あと一ヶ月もしたら降るでしょ。
女)じゃあ、あと一ヶ月以内に降るんじゃないですか。
男)なら、一ヶ月以上先だったら俺の勝ち。負けたら――

 ハケていく二人。暗転。
 暗闇の中、聖歌が流れている。それに代わるように、

男)静けき真夜中 貧しうまや
  神のひとり子は み母の胸に
  眠りたもう やすらかに

 明転。ケーキのデコレーションをしている二人。女は家具に手錠で繋がれている。

女)……歌詞違くないですか?
男)合ってるよ。♪きよしこの夜~はプロテスタント版。♪静けき真夜中~はカトリック版。
女)そうなんですか。
男)イチゴ切って。(洗ったイチゴを持ってくる)
女)はい。
男)ヘタを取っただけの一個丸ごとが八つ。残りは縦半分に切って。

 男、クリームを泡立て始める。女もイチゴを切り始める。

女)毎年作ってるんですか。
男)何でそんな虚しいことしなきゃいけないんだよ。……昔は家族で作ってたけど。ミサのあとに皆で食べて。懐かしいなぁ。
女)秀之さんにもそんな頃があったんですね。
男)母さんが倒れる前まではね。丁度、受験勉強真っ盛りの頃でさ。大学になんか行かないで働けって言われて。嫌だって言ったら、家を追い出された。雪が降ってる中何時間も歩いて、そのうち歩けなくなって道端でうずくまっても、誰も気にしないんだよ。ああ、人間ってそんなものかって思って。ならいいやって、俺は初めて金を盗んだ。
女)……それは、悪いことです。
男)分かってるよ。パーっとその金使ったら死のうと思って、ビルの屋上へ行こうとしたら警備員に見付かってさあ。逃げようとしたら捕まって、携帯とか生徒手帳で身元がバレて。色々説教された挙げ句、家に連絡行って。……帰ったら、教科書もノートも楽器も譜面も全部捨てられてた。
女)……。
男)だから、死に物狂いで働いた。皮肉なことに、俺がちゃんと稼げるようになったのは、大嫌いな親父のお陰だった訳だ。
女)オーボエ、やりたかったんですね。
男)やりたかったよ。でも結局、俺は親父と同じように、未来ある若者の夢を奪ってる。……ごめんね、瑞希。
女)謝るくらいなら、最初からしないでください。
男)もっともだ。君は正しいよ。俺は間違ってる、最初から何もかも。
女)そんなこと言わないでください。
男)いいよ、俺のこと憎んで。恨んで、許さないでいて。
女)……私、秀之さんのこと、好きですよ。
男)……今日って四月一日だっけ?
女)十二月二十四日です。
男)同情してるの?
女)そうかもしれません。
男)優しいな、瑞希は。
女)そんなことないですよ。
男)俺も瑞希のこと、好きだよ。
女)そうやってちゃんと言葉にしたの、初めてですね。
男)言葉にはしなくても、態度で示してたと思うけど。
女)言わないと伝わらないことって、たくさんありますよ。
男)まあね。……いつから?
女)中一の夏休み。
男)……は?
女)OBとして教えに来てたじゃないですか。私、秀之さんに褒めてもらったのが嬉しくて、フルート続けようって思ったんですよ。覚えてません? 私、そのとき志望大学聞いたんですけど。
男)全然覚えてないんだけど。……もしかして、高校と大学って、俺の……。
女)秀之さんのあと追っかけてました。いつか会えるかなと思って。まさか、Facebookでお会いできるとは思ってませんでしたが。
男)……騙してたの?
女)そんな人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。純愛です、純愛。
男)じゃあ何で断ったんだよ。
女)欲しいものは、手に入らない方が良いんですよ。
男)手に入ったご感想は?
女)意外と悪くないですね。
男)あ、ごめん、手が滑った。
女)すみません、私も手が滑っちゃいました。
男)可愛く言ったからって許されるものじゃないよ?
女)先にやったのはそちらじゃないですか。
男)クリーム全身に塗りたくってやろうか。
女)そして食べられちゃうんですね? やーん、怖ーい。
男)ぶち犯す。
女)今更ですか? まあ、もしものときは責任取ってもらいますので、どうぞお好きなように。外では公認カップルなんですよね?
男)……。
女)どうしたんですかニャ?
男)……猫被り?
女)猫を被るのは女の子の嗜みですニャ。
男)生憎、猫耳は用意してないから。
女)では、クリスマスプレゼントはそれでお願いしますニャ。
男)リキュール飲んだ?
女)飲んでませんよ。折角のクリスマスなんですから、楽しむべきです。
男)いい子にしてないとサンタさんプレゼントくれないよ?
女)そういえばいつ気付きました? サンタの正体。
男)正体って、フィクションじゃないんだし。
女)フィクションじゃないですか。
男)サンタはいるよ。
女)フィンランドにですか?
男)天国に。
女)?
男)昔、セント・ニコラウスっていう司教様がいてね。貧しくて結婚できないどころか、売り飛ばされそうになっていた三人の娘がいるのを知って、夜中にこっそり煙突から金貨を投げ入れたんだよ。煙突の下の暖炉では靴下を乾かしていて、丁度その中に入った金貨によって娘さんたちは救われた。っていうのが、クリスマスプレゼントの始まり。だからサンタはいるんだよ、天国に。
女)実話ですか?
男)セントニコラウス、サンタニコラース、サンタクロース。
女)へー。
男)サンタの衣装も司祭服が元になってるんだよ。
女)……なんか良い話なんですけど、狐につつまれたような気分です。
男)つままれた。
女)つままれた!
男)つつまれるって、プレゼントにでもなるの? 裸リボン……
女)して欲しいんですか?
男)してくれるの?
女)……猫耳と裸リボンの組み合わせは邪道だと思います。
男)邪道かなぁ。
女)猫耳って言ったら、鈴か制服かメイド服あたりじゃないですか。
男)じゃ、鈴付きの首輪で。
女)体は縛れても心は縛れないんですよ?
男)心は縛れなくても体は縛れるんだよ。薬漬けにすればあるいは心も……いや、何でもない。
女)それ、『手に入れる』じゃなくて『壊す』ですよね?
男)少なくとも、他の奴には奪われずに済む。
女)憎まれてもいいんですか?
男)憎むって、執着するってことでしょ。愛の裏返し。
女)そういう発想がもう……犯罪の温床ですよね。
男)悪はなぜ存在するのか。
女)いきなり話飛びましたね。
男)キリスト教を考える上では、必ずぶち当たる問題だよ。善である神が作りたもうた世界なのに、どうして悪があるのか?
女)そんなの考えたこと無いです。
男)なぜ人間は不完全なのか、という問いにも繋がるね。神が全知全能だというのなら、もっと完全なものを作れたんじゃないか。どうしてわざわざ人間なんていう不完全なものを作ったのか。本当は人間って、失敗作なんじゃないのか。とか。
女)親に見捨てられた子どもみたいですね、それって。
男)……確かに、神と人間の関係は親子の関係に喩えられることがあるから、間違ってはいないんじゃない? (スポンジの内側にクリームを塗り終えて)……はい、半分に切ったイチゴ並べて。そこ、つまみ食いしない。
女)……。
男)目で訴えても駄目。
女)ケチ。
男)そんなに太りたいの?
女)そんな訳ないじゃないですか。
男)じゃあ、おあずけ。
女)……。

 物欲しそうにイチゴを見ている女。男、一個だけイチゴを手に取り女の口元に持っていく。口を開ける女。しかしイチゴは男の口の中へ。

女)ずるい。
男)イチゴちゃんは俺に食べられたいんだって。
女)イチゴちゃんずるい。
男)ケーキが完成するまでおあずけ。
女)はーい。ところで私、気になったんですけど。
男)何?
女)イチゴって、口の中に何個くらい詰め込めるんでしょうか。
男)やってみる?
女)イチゴちゃんは秀之さんに食べられたいんですよね。
男)俺は嫌だよ。
女)酷いねー、秀之さんイチゴちゃんのこと食べたくないんだって。代わりに私全部食べていいかなぁ?
男)太るよ。
女)ビタミンC豊富でお肌すべすべになるから良いんです。ねー?
男)イチゴちゃん嫌がってるよ。瑞希に食べられたくないって。
女)じゃあ秀之さん、食べてあげてください。
男)ケーキに使う分なくなると困るから、また今度。
女)バレンタインではチョコレートでやってみたいです。
男)糖尿病にしたいの?
女)糖尿病にならないために、チョコレートを吐くまで食べ続けて嫌いになろう大作戦。
男)超迷惑。ホワイトデーはホワイトチョコでやってやろうか。
女)ゴメンなさい、ホワイトチョコはあまり好きじゃないので。
男)じゃあビターチョコレートで。
女)秀之さん、チョコレート中毒ってご存知ですか?
男)瑞希は犬じゃないから死なないでしょ。
女)私を太らせたいんですか?
男)ビターチョコレートは糖分少ないから大丈夫。
女)口に入れたら、その指噛みます。
男)指じゃなくて、この辺噛んでよ。こことか、こことか。
女)好きですね。
男)瑞希こそ。
女)あいつのせいですよ。あいつのせいで色んなものが狂いました。
男)だからあいつって言うなよ。ていうかあいつって誰だよ。
女)気になるんじゃないですか。
男)だって住んでたのあの辺だろ? 俺が知ってる奴かもしれないじゃん。
女)知ってるんじゃないですか?
男)誰?
女)あなたの弟さんです。
男)!
女)弟が弟なら、兄も兄ですね。
男)……同じクラスだったのって、いつ。
女)小学校の六年間、ずっと。中学は別々でした。
男)じゃあ、小学生のときにはもう、
女)小六のときでしたね。……どこ行くんですか?
男)あいつのところへ。
女)何しに?
男)……。

 男、去る。

女)……復讐完了。はは……ははははははははっ!

 狂ったように笑う女。笑って、笑って、笑って……泣き崩れる。やがて夜になり薄暗くなった部屋に、男が帰ってくる。伏せっている女に近付き、手錠を外す。

男)逃げて。
女)……え?
男)瑞希は綺麗なままでいて。悪いのは全部俺だから。瑞希は俺の分も幸せになって。
女)……私は、綺麗なんかじゃありません。
男)綺麗だよ。……綺麗だよ。
女)……馬鹿じゃないですか。私、あなたを利用したんですよ? もっと怒ればいいじゃないですか!
男)でも、そうされても仕方ないだけのことしたから。
女)今更……今更、何言ってるんですか。
男)俺……ずっとこうなりたかったのかもしれない。ありがとう、瑞希。

 男、包丁を自分に向ける。暗転。
 暫くして女ヌキ。お腹に手を当て、何度も同じ言葉を呟いている。

女)……あなたは私の中にいるから、ひとりじゃない。あなたは私の中にいるから、ひとりじゃない……。

幕。


※ゲーム化希望、ほかのエンディングもみたいので

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