トマト

夏合宿 #6 (シナリオ)

#1 ~#5はコチラ https://note.mu/candycandy/m/m153c52b2cf20

合宿4日目の午後。熱海つるやホテル712号室。入って正面の窓際に2名用の応接セットと冷蔵庫。典型的な和室10畳の部屋。

ナッチ「わぁ、オーシャン・ビュー」
ヤヤ「素敵、素敵」
アキ「ここに女4人ってどうなの?」
ヒカリ「じゃあ今度、浅野さんを誘ってみれば?」

一同、キャーキャー言いながらはじゃぎまくる。

ヒカリ「さて、6時の食事までどうしよっか」
ヤヤ「とりあえずお風呂に入ろうよ。食事の後は花火大会と宴会でしょ。入りそびれちゃうともったいないじゃない」
ナッチとアキ「賛成」「私も賛成」

場面変わって女風呂。丸いライトに照らされたピンク色のタイルと湯気。

ヤヤ「やったぁ。一番のり」
ヒカリ「誰もいないから歌っちゃおうかな」
ナッチ「レベッカ?」
ヒカリ「ううん。♪バ・バン・バ・バンバンバン♩」
アキ「ダッサー」

場面変って廊下。湯上りで浴衣姿のヒカリ達が部屋に帰るところ。

ヤヤ「いいお湯だったねえ」
ナッチ「お肌つるっつる」
アキ「ま、欲を言えば白濁していてほしかったかな。無色透明ってちょっと嘘くさいじゃん」
ヒカリ「ったく、贅沢言わないの。あっ」

ユリが自動販売機でコーラを買っているところに出くわす。ヒカリ達、「チハ」と言いながら軽く会釈をする。

ヒカリ「お先にお風呂いただきましたー」
ユリ「あぁ、ちょうどよかった。あなたに話があるの。部屋に来てくれない?」

ナッチとヤヤが顔を見合わす。

アキ「ヒカリ、だけですか?」
ユリ「そう」
アキ「なんで?」

ヒカリ、アキを制して一歩前に出る。

ヒカリ「わっかりました。みんな先戻ってていいよ」
アキ「けど」
ヒカリ「いいから、いいから」

場面変わって710号室。2年女子の部屋。ドアを開けると中には誰もいない。

ヒカリ「あの、他の皆さんは?」
ユリ「プチ観光に行ってる」
ヒカリ「ユリさんは行かないんですか?」
ユリ「生理でかったるいから」
ヒカリ「あ、それは残念ですね。じゃぁお風呂も」
ユリ「そんなことはどうでもいいから」

ユリ、コーラのプルトップを音を立てて開ける。プシュ―。そして湯飲みのコップに少し注いでヒカリに渡す。

ヒカリ「ありがとうございます」
ユリ「みんなが戻るまでに話をつけなくちゃいけないから、単刀直入に言うよ」
ヒカリ「はい」
ユリ「気にしなくていいから」

ヒカリ、固まる。

ユリ「なんのことか、わかるよね」
ヒカリ「…天海先輩のことですか?」
ユリ「フフ。とぼけたりしないんだ。そうよ。天海さんのこと」
ヒカリ「あの、」
ユリ「本当に気にしなくていいから。確かに私達は仲がいいし、私は彼に心を開いていたし、体も開きたいと思ってた。でも彼は私に入ってこなかった。それだけのことだから」
ヒカリ「…」
ユリ「こう言っただけじゃ余計に気にしそうね。ここ数日観察してたんだけど、なんだかあなたって馬鹿みたいにイイ子っぽい」
ヒカリ「… すみません」
ユリ「だから教えてあげる。私、今、林さんと付き合ってるのよ」
ヒカリ「え?」
ユリ「まだ始まったばかりで、ほとんどの人は知らないけど」
ヒカリ「あ、あの、」
ユリ「勘違いしないで。天海さんがあなたと仲良くなったからそうなったんじゃなくて、林さんの押しの強さに魅かれたの」
ヒカリ「…」
ユリ「だから、本当に気にしないで」

ヒカリの両目からポロポロっと涙がこぼれる。

ユリ「ちょっと、なんでそこで泣くのよ」
ヒカリ「なんでだろ。すみません。別にユリさんが怖くてとか、何かが悲しくてとか、逆に何かが嬉しくてとか、そんなんじゃなくて。ただ、ユリさんの一言一言の圧が強くて」
ユリ「ちょっとぉ、それってプレッシャーが強いってこと?」
ヒカリ「はい。あ、でもそれがいいとか悪いとかじゃなくて、ユリさんの言葉には重みがあって、ズンズン胸を押してくるから。だから気持ちの一部が目から飛び出してしまったような…」
ユリ「はぁ? 説明されればされる程わからなくなるわ。あなた、ちょっと変わってるわね」
ヒカリ「それ、時々、言われます」
ユリ「プッ」

ヒカリは手に持っているタオルでパンパンと目を叩き、姿勢を正し、まっすぐにユリの目を見て話しだす。

ヒカリ「お心遣い、ありがとうございました。感謝します。でも私、天海先輩とはそういう風にならないんじゃないかな」
ユリ「どうして?」

ヒカリは湯飲みのコーラを一口飲んでから答える。

ヒカリ「似てるから。少し前まで好きだった人と」

(つづく)

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1986年夏、とある音楽サークルの5日間です。ノンフィクションではありません。