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エッセイ、文子日記

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#寓話

14)エンディング

浦島太郎の『海の声』を歌ってみた

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13回に渡って連載した小説のエンディングのつもりです。ゴスペルの練習の時に録音した音声を流しながら、パソコンのボイスレコーダーの前で口ずさみました。なので雑音がすごいです。でもどうせ声帯結節の声だからいいんです。自己満足です。ちなみにパートはアルトで主旋律ではありません。後で消すかもしれません。

よかったら小説も覗いてみて下さい。

13)またひろわれて

13)またひろわれて

「これも使おう」

三十代半ばの男性が僕をつまみ上げて凝視している。その左目の下にはホクロがある。右の頬にはかすかにエクボの痕跡がある。見覚えがある。僕は彼を知っている。

かつての坊やだ。かつての坊やは大人になって自分の子供を連れて海に来ていた。かつての坊やは、かつての親がしてくれたように、その子供のために蛤を焼こうとしていた。

こんなことってあるのだろうか。半信半疑のまま僕は松葉の上に乗せら

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12)おちて

12)おちて

喜びもつかの間、急速に体が渇いてきた。砂も乾いて、背中がジリジリと焼けるように熱い。照り付ける日射しは容赦ない。早くもひんやりとした波が恋しくなる。海では常に動いていたのに、いや、正確には動かされていたのに、浜では一ミリたりとも動けない。情けない。

目を閉じてみる。意識が遠くなる。ふと考える。結局、僕は何のために存在しているのだろう。あっちに流され、こっちに運ばれ、思い通りに歩くことすらできない

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11)もどれて

11)もどれて

波の音が少し変わった。前方に視線をやると、なんとそこには見覚えのある灯台の頭が見える。心にかすかな明かりが灯る。

いやいや、何も期待するまい。十年前も二十年前も此処までは来られたんだ。でも此処までだったんだ。

あえて気持ちを静めてみる。それでも体だけは前に進む。スルスルと浜に向かって滑っていく。

おお、懐かしの松林が見えてきた。僕の故郷はまだあったのか。ならば帰りたい。ジリジリと鳴く蝉の声を

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10)こわくなって

10)こわくなって

ああ、来たぞ、来たぞ。強い力で後ろに引っ張られる。そうだ。こうやって後ろに引っ張られてから、グイッと持ち上げられて、ガブッと飲み込まれて、サーッと走り出すんだ。走るぞ、走るぞ。

あれ? おかしいな。まだ引っ張られる。これは僕の知っている十年に一度のビッグ・ウェイブよりも大きいようだ。ひょっとすると僕がまだ経験したことのない、三十年に一度の超ビッグ・ウェイブというのがあるのかもしれない。

少し怖

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9)きたいしかけて

9)きたいしかけて

おや、遠くから聴こえるあの音は何だ。低い呻き声のようだ。あ、海が怯えるように震え出したぞ。カタカタカタカタ。どんどん大きくなる。ガタガタガタガタ。ああ、これはきっと十年に一度のビッグ・ウェイブだ。

僕はこれまでに二回、このビッグ・ウェイブを経験している。そして知っている。ビッグ・ウェイブは逆らわずにやり過ごせばちっとも怖くないということを。だから今回もじっとしていよう。そんなに恐れることはない。

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8)ばったりあって

8)ばったりあって

そうそう、プカプカ浮いているガラス瓶にぶつかったことがある。そのガラス瓶には、手紙らしきものとマツボックリが入っていた。僕は久しぶりにマツボックリに会えたことが嬉しかったから、思わず声をかけたんだ。

「やぁ!」

ところが、ガラス瓶の中のマツボックリには全く届かないようでね。一度か二度、視線を合わせることはできたけれど、その瞳は空っぽで何も映していなかった。言いたいことを全部手紙に預けてしまった

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7)まって

7)まって

「待ち遠しい」と言えば思い出すことがある。僕がまだ松の一部で風にそよいでいた頃のこと。下でしょっちゅう待ち合わせをするカップルがいたんだ。彼らはどうやら中学生で、黒いぺったんこのカバンに座って互いの家族の話をしたり、ギターに合わせて歌ったりしていた。とても仲が良くてね。卒業証書を入れた筒でポカポカ叩き合っていたかと思えば、急に真面目な顔で握手を交わしたりして。その微笑ましい様子を、できればずっと見

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