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肉じゅばんの珍獣にひとめぼれした日。

生まれてから二十歳まで住んでいたアパートは、目と鼻の先の距離に【芸者さんの置屋】があった。
自分の部屋にいても三味線の音や長唄が聞こえてくるのが普通で、まだ小学生にもなっていない私に「あなたも大きくなったら芸者さんになりなさいよ」と、置屋の女将さんは言った。

芸者さんにはならなかったしアパートもとっくに引っ越してるけど、三味線や長唄や、おしろいの匂いが心象風景として残ったのは間違いなく、ほのかな憧れの始まりだった。

中村屋ファミリーとの出会い

幼い憧れとリンクしたのかは知らないが、昔から歌舞伎の密着番組が大好きでよく見ていた。中でも「中村屋ファミリースペシャル」が大好きだった。
最初にとても惹かれたのは、18代目中村勘三郎さん

何というか、とても素敵だった。
歌舞伎の『か』の字も知らない小学生だった私がTV越しに見ただけでなにかを感じるくらい、ご自身の大好きな歌舞伎を熱量を込めて語り、踊り、演じていた。【本気】というのが幼い私にも伝わったんだと、今になってすごく思っている。また、勘三郎さんの息子の六代目中村勘九郎さんがわたしと同い年というのもあり、幼いころに亡くなった自分の父の影を勘三郎さんに重ねていたかもしれない。


歌舞伎に行ってみたいなあ!と思っていた。
でも、思っていただけだった。

行ってみたいなあと、思ってただけの私でさえ、2012年に勘三郎さんが亡くなった時は本当に心臓をつかまれたようなショックだった。
あれだけのエネルギーを持っていた人がこの世からいなくなってしまったんだ・・・と、誠に勝手ながら、喪失感と悲しみに襲われていた。


何かを追求したい人生だった!

ところで私はというと、多趣味で一度なにかにハマるとどん底まで追求したくなる。それだけに囚われてしまう【沼】ってやつだ。好きになったものの全てを、際限なくとことん知りたくなる。

文字を書くのは、ずっと好きだった。
文章というよりは文字そのものを書くことが好きで、ノートをビッッシリと、文字で埋めるのが好きだった。

例えば、あるアーティストのライブビデオを見ながら、MCで言ってることを一言一句聞き逃さずに文字に起こすという、修行僧のような行いをしたことがある。
「えっと」とか「あー」とかも省略せず書くぞ!と意気込んで、一時停止と巻き戻しを1万回くらいしたかもしれない。
誰かに見せるわけでもないが、文字によって空っぽの穴がふさがっていくような・・自分が満たされるための方法だった。

私の頭の中は【多動】ってやつで、いつも、本当にいつも、何かしら考えている。音楽、取り止めのない言葉、過去や未来のこと。ずーーっと動いてる。寝ていても、何かを考えている夢を見る。

みんなそうなのかどうかは知らないがわたしはそうなのだ。マグロが泳ぎをやめられないように、自分でコントロールできない。

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それと歌舞伎が関係あるか?
めちゃくちゃ、大いにある!!!

ハマってみた今なら分かるが、これほど自分におあつらえ向きの趣味はない。良くこの趣味見つけたな私!!と自分でほめとく。

まず、知識を得られるので、満たされている感がすごくある。
物語の歴史、演目の種類、せりふの意味、たくさんの役者の名前と、お家同士の繋がり。
家系図なんて、家系図なんて・・・もうメシウマでしかない。

いつも持て余していた『考える』エネルギーを、歌舞伎一つに向けられるというのは、私にとって大変合理的なんだよなあ。と理由を後付けしてみるが、あながち間違いでもないな。
意味のないことを闇雲に考え続けるよりは、知識も増えるし自分も楽しいんだから一石二鳥だ。

プールに水が溜まっていくかのように頭の中が知識で満たされていく快感と幸せを味わえている。

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そんな歌舞伎に、実際に行くきっかけをくれたのは、、勘三郎さんの孫であり(現)勘九郎さんの次男の、中村長三郎さん(現在6歳)である。

始まりは、最初に書いた中村屋ファミリーの密着番組だ。
大人になってからも放送されるたびに見ていた。
兄の勘太郎と一緒に、初舞台で『二人桃太郎』をやるということで、稽古の様子などが放映されていた。

最初は「へ~初舞台なんだ~、桃太郎やるんだ~かわいい~~いつか見てみたい~かわいい~」という感想だった。
それだけのはずだったのに。

番組のとあるシーンで完全にノックアウトされた。ノックアウトの瞬間は忘れない。

これである。

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なんだよこれ。(会社の書類の裏に自分で描いた)

新種の生物がうまれたぞ!!
珍獣あらわる。

どうしよう。この子わたしにくださいな。(幼児趣味ではありません)

この珍獣が着ているのは「肉じゅばん」とか「着肉(きにく)」とか言うそうで、大人の役者の場合は、太った人やお相撲さんの格好をするときなどに使われる。今回は桃太郎の役をやる子供たちが桃から生まれたときの格好として、この着肉に赤ふんどし1枚の姿で登場するのだ。

写真は載せられないので、私のつたない落書きで許させられい。
良かったら「中村長三郎 着肉」などで調べてみてほしい。

もう、なんにせよかわいい。

そこにいるだけでよい。

かわいさの塊でしかない。
どうしようもなく、ひとめぼれしてしまった瞬間だった。

このとき、長三郎さんまだ3歳。

どうしても生で、この子の舞台を見たくなった。しかし知識がない。
知識がないのにミーハー心だけで「歌舞伎座」というハードルの高い場所へ行くのは、何となく恥ずかしかったし、申し訳ないなとも思った。

初めての歌舞伎座

まず、知ることから始めた。
観劇マナーを覚えるのに、私にはマンガがわかりやすかった。

初心者向けのニワカ知識を手にはしたものの、けっきょく初めて歌舞伎を見に行ったのはその半年後である。
長三郎さんは出てなかったけど、すでに歌舞伎に行きたい欲求が抑えきれなくなっていたので、お目当ての中村屋が活躍する八月の納涼歌舞伎ってやつに照準を定めた。

歌舞伎座は、座席によって料金のランクが分かれている。
桟敷席・一等席・二等席・三階のA席B席・そして幕見席。
初めてなのでできれば前で見たかったけど、購入が出遅れて残っていたのは1階席の後ろだけだった。それでも観られるなら・・!と購入。

昼の部、夜の部を一日で見る満喫コース。右も左もわからないが、ひとまず売店で焼き立ての人形焼きを買って、指定の席に着いた。

実際に行ってみれば、席がどこかなど大した問題ではなかった。
来たぞ、とうとう来たぞ、来たんだ私は・・!という興奮のほうが大きかった。

そして会場が暗くなり、幕が開く。

おどろいた。
小さいころに当たり前にあった三味線の音、長唄、そしておしろいの匂い。
子供のころの懐かしい気持ちが目の前によみがえってきた。
ちゃんと歌舞伎にたどり着くように最初から決まっていたような、どこかになくしたけどずっと探していた景色のような気がして胸がいっぱいになった。

その日だけで、たくさんの演目を観た。
人情モノもあれば、歴史モノや、台詞なしの舞踊、ファンタジーのようなものまであって、ここは遊園地かハロウィンか?と、ワクワクが止まらない。
自分でも、たった一日でここまで夢中になってしまうとは思ってなかった。

そこからは、翌月も、また翌月も、と足繁く通うようになり今に至る。
ひとりの歌舞伎クラスタの誕生である。


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元々のお目当ての長三郎さんが舞台に立つのを観られたときには初めての歌舞伎から1年以上も経ってしまっていたけど、すでに歌舞伎そのものに魅了されてしまっていた。
知識のプールが満たされ続ける日々で、いつも楽しい。見るたびに新しい発見があって、我ながら本当にいい趣味をみつけたもんだ。

人に伝えることで自分を癒す。

NOTEは、書くより見るものだと思っていた。
そんな私がキナリ杯のために記事を書きたいと思ったのは、岸田奈美さんの文章を読んで、面白いと思ったことを伝えるだけでいいんだという勇気をもらえたからである。
単純に、自分が大好きで何よりも面白いと思っている「歌舞伎」のことを、誰か一人にでもいいから伝わってほしいと思った。

わりと自己肯定感低めな人生だったので、放っておくと愚痴と皮肉と自虐になりがちだから、明るく面白く書こうと意識することが自分の癒しにもなってとっても良かった。
そうか~、癒されたかったかわたし。

唐突だが私自身が病気で子宮をとっちゃったため子供がうめない。
っていうのもあって、ちょうど自分を癒したい時期に歌舞伎座に行ったから、ハマる要素はさらにあったといえる。
歌舞伎の子役のすべての成長を見守りたい欲求が止まらずヤベェなと思ってる。自覚はあるのでそっとしておいてほしい(もちろん大人の役者も好きです!!)

小さいころの憧れの【日本の芸能】をやれている子供へのうらやましさみたいなものも最初はあったかもしれないが、今となっては単純に成長を見守りたい。母親気分を通り越して、なんでも孫に買い与えちゃうおばあちゃんみたいになってる自分をキモいなと感じる第三者の視点だけは、忘れずにいたい。

もう何十年も歌舞伎を見ている人から見たら、まだ無知なことがたくさんあるんだろうけど、長三郎さんたちの子供・・いや孫の代まで歌舞伎を見続けたいと思っているので、どうか排除しないで生暖かい目で見守ってほしいなあと思っている。

おいでよ、歌舞伎沼

いまは5月だが、新型のアイツの影響で、歌舞伎の劇場公演も3月からずっと休止している。
70代80代の人間国宝がわんさかいらっしゃる歌舞伎界にとっては、本当に落ち着くまでやらないほうがいいんだろう。一日も早くウイルスがおとなしくなる日が訪れて、日本中の劇場や芝居小屋で歌舞伎の幕が開くのを心から待ち望んでいる。

再開した暁には、行ったことのない人もぜひ観に行ってほしい。

チケット高いんでしょ~?と思うかもしれないが、千円とかで観られるお席(幕見席)もありますよ~。席は遠いけど雰囲気は十分味わえる。
笑いたっぷりの演目や、きれいな舞踊もあるからストーリーとか知らなくても平気なものからお試ししてみてほしい。

別に着物で行く必要もないし、堅苦しいイメージでもない。
美味しい食べ物も、可愛いグッズも売ってる。
テーマパークのような気持ちで、ぜひ一度足を運んでみてほしい。

自分が望めばどんな新しい世界でも見られるよ。
それが歌舞伎じゃなくても、人生を楽しめる人がたくさん増えたらいい。
人生を楽しめる存在に、出会える人がたくさん増えますように。

歌舞伎沼のすみっこの住人として、愛をこめて。

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