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人の運動システムの理解の仕方(その9)-2つの視点

 今回は情報リソースとその改善の方法について説明します。

 人が千変万化する状況の中で、適応的に運動変化を起こしていくには、無限に変化を生み出す運動能力と予知的で適切な情報リソースが欠かせません。

 情報リソースは身体リソースと環境リソースが出会う時に生まれる意味や価値に関する予期的な情報です。環境・状況変化を的確につかみ、自分の身体がどのように適応的に振る舞えるかを予期的に知ることは大事です。人は「できる」と思い、やる価値があるならやろうとするからです。また「できない」と思えばやろうとしないものです。

 少し分かりにくいので(^^;)、具体例を挙げて説明します。

 たとえば幅と深さが1メートルの溝の前に立ちます。情報リソースは全体的な状況や物理的環境、身体リソースの関係から生まれてきます。もしあなたが身長180センチくらいある健康な若者で、普段から運動習慣を持っていて、溝を渡ることに意味があれば、なんの躊躇も感じないで渡るでしょう。

 でもその溝の中に悪臭を放つ汚水が満たされていたら近づくのはいやなので少しは躊躇するかもしれません。ましてや中にヘビが溢れるくらいうじゃうじゃいたら慎重にはなるはずです(うーっ!僕はヘビが苦手です(^^;)また体が熱っぽく、倦怠感とふらつきがあれば止めるかも知れません。

 一方であなたが6歳くらいの幼児だとしたら身長は120センチ前後くらいでしょう。そうするとおそらく跳び渡るなんてことは思いもしません。でも溝の向こうにお母さんが立ち去っている姿を見つけると寂しさを感じて渡りたいと考えるかもしれません。でも渡れないと諦めるか?あるいは背後にとても怖い鬼が迫ってきているなら躊躇なく跳び移ろうとして転落するかもしれません・・・・

 こんなふうに情報リソースには様々な要素が影響してきますし、その結果、必要な課題を達成しようとする意思ややり方(運動スキル)が生み出されたり、「できない」と諦めたり、状況によっては無茶をします。

 情報リソースは様々な要素が影響するわけですから、状況によって様々に変化します。

 特に身体リソースの状態が適切に理解されていないと、不適切な反応になって課題達成に失敗してしまいます。長期臥床や麻痺などによって身体の状態が大きく変化してしまうと、それまで良く知っていた体が未知の体になってしまいます。これでは適切に課題を達成することはできません。

 たとえば健康な人がしばらく体調不良で寝込みます。久しぶりに起きて動こうとすると体が重く、動こうとするだけで息が切れ、ふらつきます。体から力が失われて、立とうとしても立てません。脚がグニャッと地面にめり込んでしまいそうです。思わず座り込んで動くことを一旦は諦めます。

 そこへセラピストが現れて「大丈夫、私が手伝います」と言います。彼又は彼女が前から両脇に両手を差し入れて、「よいしょ!」と前・上方へ介助して体を持ち上げる手伝いをします。それにつられて立ち上がることができます。やはり脚には力が入りません。いったん座ります。

 セラピストが言います。「もう一回立ってみましょう」と同じように介助してくれます。今度はやることが分かっているので「よいしょ!」のかけ声に合わせて体に力を入れます。脚に力を入れる要領のようなものが分かってきます。また座ります。3回目には脚が体重を支える感覚が少し蘇ってきます。セラピストが言います。「良いですよ!少し力が入ってきましたね!」

 状態が大きく変化すると既知の体が未知の体になってしまいます。そして未知の体はこのように実際に動いてみる、使ってみることで少しずつ再び既知の体になっていくのです。

 それで病気や長期臥床で変化した身体は、まず動くこと、使ってみることが大事です。動けないなら手伝ってもらってでも動いてみることが大事です。自分の体がどう反応するか、どう感じていくかを改めて探索していくのです。

 これは「情報リソースのアップデート」とCAMRでは呼んでいます。これにはセラピストの適切な課題設定と状況を変化させながら様々な形で課題を繰り返していくことが大事です。脳卒中後などで身体が大きく変化しているときは、しっかりとアップデートを進めていくことがセラピストの大事な仕事になります。

 前方からの起立が安定すれば側方から、あるいはベッド柵を持つ、前方に置いたパイプ椅子の背もたれを持つなどと介助や環境リソースを変化させ、動きが安定してきたらまた新たに起立の条件を変えたりします。

 この1つの課題を1つの条件で繰り返し、安定したらまた別の条件や課題に変えて行くやり方を「実りある繰り返し課題」とCAMRでは呼んでいます。これは「身体リソースを改善し、情報リソースをアップデートし、新しい運動スキルを生み出し、修正して、課題達成力を改善する」という目的を達成するための訓練手法の一つです。

 次回から運動スキルとその学習について説明します。(その10に続く)

※No+eには毎週木曜日にシリーズの新しいエッセイをアップします。また不定期に別の記事を掲載することもあります。
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