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ぜんぶ、克也のせい(4)

『サボテン・ブラザーズ』との出会い

ジョン・ランディス監督のコメディ映画『サボテン・ブラザーズ』(1986)を知ったきっかけは、ブルーハーツの甲本ヒロトが雑誌のインタビューで勧めていたことだったと記憶している。見終えた私は、アメリカ映画のとてつもない底力に打ちのめされ、唖然としていた。信じられないほど最高だった。つまらない場面がひとつもない。あらゆるシーンに、経験したことのない笑いが詰まっている。それでいて、ラストシーンには奮い立つような感動まであった。これぞ自分のための映画だという気がした。

それまでにも楽しい映画、好きな映画は数多くあったが、『サボテン・ブラザーズ』はあきらかに何かが違っていた。80年代のヒット映画の一部には、過度な男性性を誇示する傾向があって、私はそうした作品も意識せずに見ていたし、楽しんでいたつもりだったが、実際はあまりしっくり来ていなかったのかもしれない。『サボテン・ブラザーズ』は、ふるまいがマッチョではないのがよかった。怖くなって泣き出す主人公たちが好きだった。しかし、他の映画と具体的にはどう違うのか、はっきりとは言語化できていなかった。

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脚本を自作

作品の舞台は無声映画時代のハリウッド。落ち目の俳優3人組、通称スリー・アミーゴスが、映画会社からクビを宣告され、メキシコの小さな村へ営業に出かける。西部劇の撮影かと思いきや、相手は本当の盗賊で、本物の銃弾を撃ってくる。村人は、悪漢を撃退する3人組の映画を現実だと信じ込んでいたのだ。村人が求めているのは演技ではなく、実際の盗賊退治だったと知った3人はあわててその場を逃げ出すが……というあらすじだ。本作の「虚構が現実に取り違えられる」という筋立ては、後の『バグズ・ライフ』(1998)や『ギャラクシー・クエスト』(1999)、あるいは『ドラえもん のび太の宇宙英雄記』(2015)などに引用される定番プロットとなる。

なぜこれほど『サボテン・ブラザーズ』に惹かれるのか、理由を知りたいと思った私は、自分で脚本を作り始めた。借りてきたVHSを何度も一時停止しながら、登場人物のせりふをすべて書き留めていくのだ。映画の最初から最後までのせりふを聞き取ることができれば、脚本が完成する。完成した脚本を通して読めば、『サボテン・ブラザーズ』という途方もないフィルムの秘密が解けるのではないか……と考えたのである。このおもしろさの秘密を発見してやろうという野心がふつふつと芽生えていた。

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とてもじゃないが聞き取れない

しかし、作業は困難をきわめていた。実際に試してみるとわかるが、せりふの聞き取りというのは本当に難しいのである。冒頭、3人組が歌うテーマソングがさっそく聞き取れない。何度巻き戻して聞き直してもダメだった。 'Our destinies lead us'(運命が我々を導く)がどうしてもわからず、ひとまず 'Our destiny is here' と聞こえたままを書いてみたが、果たしてこれが文法的に正しいのか、何を言いたいのかもわからなかった。聞き取れない部分は、知っている単語でいちばん近い雰囲気のあるものを強引にあてはめた。間違っていても、最後まで進めることを優先した。

さらに聞き取りを難しくしたのは、この映画は半分以上がメキシコで展開される西部劇だったことである。多くの登場人物の英語は、メキシコ訛りの聞き取りにくいものだ。英語の初心者である私が、なぜそのような映画を教材に選んでしまったのか、自分でもメチャクチャだと思う。この無謀さはたとえば、日本語に興味を持ったばかりの外国人が「日本語はまだよくわかりませんが、大好きな『じゃりン子チエ』で勉強しています!」と元気に報告してくる感じに少し似ている。まあ、気持ちはわかるけど、教材としてはちょっと偏っているかもネ……。

劇中、略奪や暴力に悩まされるサンタ・ポコの村人は、酒場を cantina と呼び、盗賊がくれば bandidos! と叫ぶ。アメリカ人のことを gringos と言い、字幕には「アメン坊」の訳がついていたが、そのような俗語など知る由もない私は、「グリゴって何だ……」と悩みつつ、ノートに「?」マークを書き込むほかなかった。しかし私は、もうすでに『サボテン・ブラザーズ』と出会ってしまっていたのであり、この映画を教材とする以外の選択肢はなかった。

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うぶな君のかわいい笑顔

私のでたらめな脚本作成は少しずつ進んでいったが、何より聞き取れなかったのが、酒場で3人組が披露する歌だ。「うぶな君のかわいい笑顔」と字幕がつくが、どうしても歌詞がわからない。全体を通して、これがいちばんもどかしかった。'My little バニカ has the sweetest smile' と歌っているように聞こえるが、この「バニカ」が何か、まったく見当がつかない。'My little バニカ' は歌詞の肝になる部分で、何度も繰り返されるため、この単語が聞き取れないと全体の意味がぼやけてしまうのである。「うぶな君」とはいったい何か、いくら考えても答えが出ない。この謎を解く手がかりはどこにもなく、結局私はこの「バニカ」の正体をつきとめられずに終わった。それをいうなら、私の作ったハンドメイド脚本の4割以上は間違っていたし、まともに聞き取れていなかったのだが。

答えがわかったのはずいぶん後、インターネットが登場してからだ。'three amigos, cantina, song' と入力して検索し、曲の歌詞を調べた。答えはあっけないほどすぐに見つかった。正しい歌詞は 'My little buttercup' であった。バターカップ? 答えを知っても意味がわからず、さらに調べると、Buttercup とは金鳳花(キンポウゲ)という花の名前であり、くだんの歌詞は女性を花にたとえて「すてきな金鳳花ちゃん」と歌っていたことが判明したのである。はっ!? 私は思わず「そんなのわかるか!」と、ボンダイブルー iMac の13インチ画面に向かって叫びそうになった。

当時あれほど知りたくても答えの見つからなかった「バニカ」の正体が、ほんの1分で判明してしまうインターネットの威力におののきつつ、それでも、あの無謀な脚本作りは確かに英語の勉強には役立っていたなと感じていた。そして脚本作りのための題材は、どうしても『サボテン・ブラザーズ』でなくてはならなかったのだ。



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