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【息ぬき音楽エッセイvol.18】テクノ歌謡とカラオケ by 村松社長

みなさまこんにちは。カロワークスの村松社長です。
今月からしれっと隔週更新になった弊社noteですが、今後ともゆっくりとお付き合いいただけると嬉しいです。隔週になった理由のひとつは、去年からお読みいただいている方はお分かりかと思いますが、そうです、あいつ(繁忙期)がやって来たせいです。

日々あれこれ忙しくしているとなかなか息ぬきもできない上に、憎きウィルスのせいでストレスが溜まって大変ですよね。
みなさまはどうやってストレス解消してますか?
今日はそんなストレス解消法の代表選手、「カラオケ」について取り上げたいと思うのですが、まずはこちらの曲をお聴きください。

Lucky Kilimanjaro「HOUSE」

家に籠ることと「ハウスミュージック」をかけているという2019年の曲なんですけど、まさにその後のステイホームな状況を予見していますね。
ここ2年のあいだに、たくさんのことをオンラインで、家にいながらするようになりました。普段の仕事しかり、飲み会しかり、そして今日のテーマであるカラオケしかり。

さてカラオケ、皆さまはお好きですか?
社長は小さい頃から歌うことが好きで、工場の後ろでリクエストに答えながらずっと歌を歌うという「人間ジュークボックス」みたいな職に就きたい、などと考えていた時もありました。(なにその職業…)

先ほどラッキリの「HOUSE」をご紹介したのは、Spotifyでボーカルの音量を小さくして一緒に歌える「シンガロング」という機能がありまして、この曲も含めたくさんの曲に対応しているからなんですよ。
カラオケは良いんですが”あの曲もない…この曲もない…”みたいなことが多かったので、選択肢が増えたのはとても嬉しいことです。

カラオケをスマホで楽しむアプリはかなり以前から存在していたのですが、昨今ますます「おうちカラオケ」が浸透してきているようです。

ご存知のとおり日本で始まり、世界各国へ広がったカラオケ。疫病以前の2019年、日本での市場規模は1兆円近いものだったそうです。
社長は歌うことが好きですが、なぜ日本でこんなにカラオケが人気なのか、カラオケで歌うことは人間にとってどんな意味があるのかということにも、大変興味があります。

日本でカラオケが生まれた理由としてはいろいろな視点がありますが、いくつかの参考文献からまとめてくださっている方がいました。

さらにざっとまとめますと…
・高度経済成長からオイルショックという時代背景
カラオケが生まれた時代は、ちょうど高度経済成長期。歌を楽しむ余裕と技術が合わさり、その後オイルショックによる人件費削減の流れでカラオケの需要に拍車がかかる。

・日本では歌唱に重きを置いた教育がされていること
欧米では器楽指導が主体であるのに対して、義務教育の中で歌う機会が多い。(たしかにずっと合唱していた記憶がありますね…)

・本音を言えない日本人の性格
普段他人に面と向かって本音が言えず、目立つことも悪とされていた日本人が、マイクを持っている間はその場の主役になり、歌にのせて本音を言える。

今回改めてカラオケの歴史を調べてみたんですが、知らなかった事実や関係者の創意工夫を知ることができてなかなか胸熱なものがありました。
ご興味のある方は全国カラオケ事業者協会がまとめている歴史年表をどうぞ。

この中で一番の胸熱ポイントとしてはやはり、1985年に船舶用コンテナを改造して岡山県に「イエローBOX」、つまりカラオケボックスが誕生したあたりでしょうか。
それまでスナックでおじさまたちだけが楽しんでいたカラオケが、このあたりから女性や若者たちにも浸透していきました。

ここでやっと本日のもう一つのテーマが登場いたします。
以前のnoteで”自分の好みの根底に流れている重要なもの”として挙げた「テクノ歌謡」。1980年代前後、当時流行していたテクノ・ポップやニューウェーブのアレンジを歌謡曲やポピュラー音楽に取り入れたものです。

イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」1981年

こちらの曲は作詞・松本隆さん、作編曲・細野晴臣さんですし、他にも安田成美「風の谷のナウシカ」、中森明菜「禁区」、忌野清志郎+坂本龍一「い・け・な・い ルージュマジック」、山下久美子「赤道小町ドキッ」、「コンピューターおばあちゃん」などなど、YMOの偉大さが身に沁みるジャンルでもあります。
が、ほかにも近田春夫さんや筒美京平さんなどの重要作がたくさんありますので、ぜひそちらも…。

榊原郁恵「ROBOT」1980年

こちらはテクノ歌謡の始まりとも言われる記念すべき曲。筒美京平さん作曲です。

おすすめしたいものが多すぎてキリがないのでやめておきますが、カラオケの歴史を辿っているとき、ハタと気づいたことがありまして。

1980年代、カラオケボックスが誕生して全世代に浸透した頃、ちょうどテクノ歌謡流行の時期と重なるのでは…?

社長はテクノ歌謡流行の世代ではないのですが、カラオケでよく歌います。テクノ歌謡はカラオケと相性が良いという持論がありまして、なぜならとても歌いやすく、ノリやすく、カラオケの機械で音の再現度が高いからです。

音の再現度、分かっていただけるでしょうか、ギターなどの生音を機械音で再現すると、どうしても「元曲はこんなんじゃない」ってなりますよね?生音を売りにしたカラオケもありますけど、テクノ歌謡はもともと打ち込みなので、元曲とカラオケがほぼ同じに聴こえる…というものすごいメリットがあると思うのです。

カラオケ史とのシンクロを見るに、技術としての同年代感がこの抜群の相性になって現れているのかなという気がいたします。

冒頭で「おうちカラオケ」についてお話ししましたが、その一方でカラオケ人口の高齢化が指摘されています。
たしかに、日本人だって面と向かって本音を言えるようになってきましたし、TikTokなどを見ると日本が「歌う文化」から「踊る文化」にシフトしてきたのかな、という印象があります。
それにね…、最近の曲、素人が歌うの無理じゃないですか?
ずとまよ(ずっと真夜中でいいのに。)の曲とか歌おうとしましたが、「息…できん!」となって断念しました。

歌うことは好きですし、カラオケ文化はある意味よい時代の記憶でもあるので末長く残って欲しいとは思いますが、これからだんだんとその存在意義も変わっていくのかもしれません。
それではまた次回!

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