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小説「人間革命2巻」⑥~車軸~

人間革命2巻、最後の章は「車軸」である。創価学会は、戦後、時間をかけながらも徐々に大きくなっていく。しかし、大きくなればなるほど、その中心点のブレは許されなくなる。その中心とは、戸田であるものの、戸田と共に学会の中核の幹部陣である。この戸田と幹部との呼吸こそが要である。本章を通して、創価学会のリーダー、幹部にはどのような軸が必要なのかが明確に記載されているのではないかと思う。

 まさしく戦争は、極悪中の極悪である。罪のない国民までを道連れにし、犠牲にしていく戦争を、断じて、この地球上から除かなければならない。
 特に言えることは、戦争を勃発させた指導者は、大人たちであったということである。子どもには罪はない。食べたい盛りの子どもたちのことを思う時、大人は、この悲惨を阻止する責務があると痛感する。(中略)
 戦争は、より多く女性が苦しみ、より多く女性が悲しむのである。女性を守るためにも、絶対に戦争は避けなければならぬ。このことは、平和な時にこそ、声を大にして叫ぶべきであった。(中略)
 人びとは戦争を欲せず、否、戦争を憎んでいたのに、生涯をかけ、尊い汗で築いた家も財産も、灰燼に帰してしまったのである。これほどの落胆も、悲劇もあるまい。この人たちのためにも、断じて戦争はあってはならない。

人間革命2巻「車軸」p.295

「断じて戦争はあってはならない」との信念は、創価学会の永遠不滅の精神である。それは、人間革命1巻の冒頭から貫かれ、現在においても貫かれている。今年2月に勃発したロシアのウクライナ侵攻においても、創価学会青年部が声明を明確に出している。

2022年3月1日、 ウクライナ情勢について創価学会青年部(志賀青年部長)が、声明を発表した。

ウクライナで連日、戦火が広がっており、市民に被害が拡大していることは憂慮に堪えない。戦闘によって多くの人々の生命と尊厳と生活が脅かされる事態は悲惨であり、私たち創価学会青年部は即時停戦を求める。
国際社会でも懸念が広がる中、安保理の要請による40年ぶりとなる国連総会の緊急特別会合が開幕した。グテーレス事務総長は「暴力の拡大が行き着く先は、子どもを含む民衆の犠牲であり、絶対に受け入れることはできない」と述べた。これ以上の惨禍を防ぐためにも、関係諸国が一致して外交努力を尽くしていくことを望む。とりわけ、緊張が高まる中で、核兵器による威嚇ととれるような事態を看過することはできない。
どこまでも対話による外交によって平和回復への道を探る努力を続けるべきである。私たちは戦火にさらされている人々の無事と一日も早い事態の終息を祈り、今すぐ戦闘を停止することを重ねて強く求めたい。

SOKAネットより「ウクライナ情勢に創価学会青年部が声明 対話を通じて即時停戦を」

日本の宗教団体の中のウクライナ侵攻に対する初期対応を簡単にまとめてみた。

  • 幸福の科学:書籍「ウクライナ侵攻とプーチン大統領の本心」出版(2022年3月10日)

  • 浄土真宗本願寺派:「ロシア連邦によるウクライナ侵攻に対する声明」(2022年3月8日)

  • 浄土宗:「ロシアによるウクライナ侵攻に関する声明」(2022年3月2日)

  • 立正佼成:「ウクライナ情勢に関するメッセージ」(2022年3月12日)

  • 高野山真言宗:「ウクライナの事態に関する宗務総長声明」(2022年4月26日)

  • 日蓮宗:「ロシア連邦によるウクライナ領域内への侵攻に対する声明文」(2022年2月25日)

  • 天理教:「天理教から皆さまへ」(不明)

  • 霊友会:特になし

  • 顕正会:特になし

  • 真如苑:「廻向法要にて苑主 ウクライナ侵攻犠牲者に廻向の祈り運ぶ」(2022年3月4日)

  • 佛所護念会教団:特になし

  • パーフェクトリバティー教団:特になし

これを見てみると、日蓮宗が最も早くに声明を出していることが分かる。しかし、ここで注目すべきはその内容である。各宗派で出されている声明には、基本的に「ロシアがウクライナに侵攻」と書かれている箇所が多い。意一方、創価学会青年部の声明は、ウクライナ情勢に触れつつもロシアについては記載されず、「即時停戦」を求めていることである。どちらの国の善悪には触れず、とにかく、「停戦を」というのが、創価学会青年部の主張である。そして、注目度は最も大きかったのではないかと思う。筆者が創価学会員であるため、そこのバイアスが掛かっているとはいえ、創価学会の機関紙である聖教新聞の影響は、少なくとも他の宗派に比べれば、影響は大きかったのではないかと思う。

 戸田城聖は、思索を重ねていた。
”創価学会の前進と建設は、日増しに大事になり、かつ責任を増していく。創価学会の組織は、いかにあるべきか……”(中略) 学会という車輪が、いかに巨大になり、遠心力や加速度が加わって、どんなに大きく回転しようと、車軸が堅固であれば、何も心配ない。
 今、ぼくは、この車軸を、ダイヤモンドのように硬く、絶対に壊れない車軸にしようと、一生懸命なんだよ。それには、所詮、強盛な信心しかない。

人間革命2巻「車軸」p.303

先ほどのウクライナ情勢への声明を見ても、創価学会の主軸は絶対にぶれてはいけない。そして、社会への責任という意味も含めて、戸田が「ダイヤモンドのように硬く、絶対に壊れない車軸」をつくろうとしているように思えてならない。それが、日蓮仏法の本来のスタンスであり、永遠に変わってはならない創価学会のスタンスなのだと思う。

 団結、団結といくら叫んだからといって、それで団結が固くなるものではない。それには、車軸が金剛不壊でなければならぬ。純粋にして強い信心だ。幹部の自覚と、使命感だ。一人ひとりが、自分の力を最大に発揮して、目的のために、強く伸び伸びと前進していけば、おのずから硬い団結がなされていくものです。(中略)異体とは、各自の境遇であって、自己の個性を最大限に生かす生活。同心とは、信心、そして広宣流布という目的への自覚だーこれだ。ぼくをはじめ、全員が、大聖人の御聖訓のままにいくんだよ。これが学会精神だ。

人間革命2巻「車軸」p.305

私たちは、時あるごとに「異体同心の団結」という言葉を使う。それが団結の本来の姿であり、最も分かりやすい言葉であるからだ。しかし、ここで戸田は、この異体と同心の意味に触れて、具体的に述懐している。

「異体とは、各自の境遇であって、自己の個性を最大限に生かす生活。」
「同心とは、信心、そして広宣流布という目的への自覚だ」

異体は、「個性を最大に生かすこと」であり、同心は「信心の自覚」なのだ。

(戸田)「ぼくは、重ねて言っておく。将来の発展のためと、発展してから、その先のことまでを考えていた。諸君は、幹部として、あくまでも学会の車軸であることを自覚してもらいたい。みんな、一生懸命に信心していると思っているだろうし、事実、そうだと思うが、重大な使命をもつ学会の中で、自分の使命というものが、何かということを忘れてはなりませんぞ。
 つまり、わかりやすく言えば、ぼくと諸君との間に、毛筋一本でも挟まって、余計な摩擦があれば、学会の車軸は金剛不壊ではなくなるのだ。……ここのところがわかるかな。学会の車軸を堅固にしていくには、皆が、一生涯、今までよりも、さらに堅固な、強い信心を貫いていかなければならない。
 真の団結というものは、人の意思や心がけだけで、できるものではない。御本尊に対する、純粋で強盛な信心を貫き通す時に、その信心の絆で、自然と硬い団結ができるのだ。ここが、利害を基にしたほかの団体とは、根本的に違うところだ。
 利害で結ばれた団結は、必ず分裂する。利害以外に、何ものもないのだから。だが、ぼくらの団結には、断じて分裂はない。もし、団結が不可能になったら、それは即壊滅を意味する。
 創価学会というのは、仏意仏勅によって生じた団体なるがゆえに、君たちの想像以上に、すごい団体なのだ。これを見事に回転させ、発展させるのは、車軸である。したがって、金剛不壊の車軸を、どうしても、つくらねばならない時が来ている。諸君は、この立派な車軸の役割を担ってもらいたい。……いいかい、いくらかわかったかな。……わかってくれよ」

人間革命2巻「車軸」p.306

戸田の「将来の発展のため」と「発展してから、その先のことまで」とあるが、この考えを実現してきたのは、言うまでもなく、本書では山本伸一であり、池田先生であることは間違えない。そして、その戸田先生と池田先生の師弟間には、毛筋一本もの差はない。差がないからこそ、ここまで戸田先生の意思を小説「人間革命」という形に残せるのである。しかしながら、当時の状況の中で、戸田は念を押すしかなかったのだろう。本当の意味でこのことを理解してくれる幹部がいないと気づいて気づいていたのだと思う。

ー誤れる宗教は、教祖だけが悟りを得たように装い、他の信者は、いつまでも無知暗愚として取り扱われているのが常である。信者は、教祖の奴隷に似ている。
 正法は、真実の師弟不二を説き、弟子が師と共に進み、かつ師以上に成長し、社会に貢献していくことを指導する。
 前者は、不合理であり、俗にいう宗教のための宗教、そして企業化した宗教である。後者は、生きるるための源泉であり、生活法である。矛盾のない哲学が裏付けとなっている。
 仏教といえば、往々にして高遠で霧に包まれたような、難解なものとされてきた。しかし、正法である妙法の眼を開いて見れば、最も身近な、絶対の幸福確立法であることが、はっきりとわかる。

人間革命2巻「車軸」p.308

誤れる宗教について言及されているのは、当時の状況からであろう。それよりも、「正法は~」というところからが最も重要であると思う。昨今の日本の宗教問題は、まさに「宗教のための宗教」「企業化した宗教」という部分に当てはまるのではないかと思う。本来、宗教の役割を改めて見直していかなければならないのかもしれない。その意味でも、次の部分は、現在の創価学会において、一度点検しなおす必要があると思う。

 戸田は、あるべき組織について、さまざまに思いをめぐらせていた。
 組織といえば、人体こそ、最高に完璧な組織体である。また、およそ社会機構というものは、すべて組織によって成り立っている。組織は、時代の要請であり、必然である。ゆえに、組織は、その団体の目的、使命達成のために、より価値的に、より効果的に、指導・伝達の徹底がなされ、共に全員が、その恩恵に浴し、幸福になるためのものでなくてはならない。

人間革命2巻「車軸」p.311

「幸福になるためのものでなくてはならない」ここを絶対に外してはならない。

 確かに規模は全国的になったとはいえ、事実は、力強い、はつらつたる萌芽の力が、なぜか乏しい感があったといえる。
 戸田城聖は、このような一般の状況を、誰よりも明らかに見ていたが、それとともに、学会組織の根本である車軸を、自ら厳しく点検していたのである。(中略)
 今日の総会が、予期に反し、非常に重い空気の総会であったことに、心を痛めていたのである。何か得体の知れない惰性のようなものが忍び寄って、この総会の回転を重くしているようであった。(中略)
 惰性は既に保守であり、保守は人を腐らせていく。そこには既に使命感もなく、たくましい建設と開拓の精神は薄れていた。

人間革命2巻「車軸」p.316

この惰性ほど怖いものはないと思う。それは、次への発展や成長への停止であるからだ。そして、それ全体感から戸田は感じ取っていた。これは、真の信仰者として前を向き続けるものにとっては、感度が良くなるのかもしれない。

 戦前の創価教育学会の活動と、戦後の学会の実践活動の相違点の第一は、法華経講義と、青年部の破折であった。
 法華経講義は、後年は御書講義に移り、学会精神の骨髄となっていった。
 戸田は、教学、理念のない教団が、いかにもろく、はかないものであるかを、戦前の経験によって、よくわかっていた。
 それで彼は、日蓮大聖人の仏法には確固たる理論体系があり、信心の裏付けには教学が絶対に必要であって、理論は、また信心を深めていく、という道理を力説していた。
 「信仰は理性の延長である」という箴言もある。

人間革命2巻「車軸」p.328

この戦前と戦後において、時代の流れから戸田は、実践活動のスタイルを変えている。そして時代に合ったものに変え、信心と理性を重視したのである。

これは、個人的な意見であるが、現在の創価学会も創立100周年を目前にして、この実践活動の見直し、転換点なのではないかと思う。
それは、「時代の変化」に伴う「価値観の変化」が主にあると思う。戦前、戦後のように衝撃的な転換ではなく、じわじわと転換してきているのを現場は沸々と感じている。そして、コロナ過があったことで、それが加速度的に見え始めてきたと思う。これをどう対応していくかは、創価学会においての難題中の難題だと思う。しかし、そのヒントとなるキーは、キリスト教やイスラム教と言った世界宗教の観点から、アナロジカル的に学ぶことでは無いかと思う。そこに、この見えない閉塞感を打開する鍵があるのではないかと私は思っている。そのあたりを池田先生は「スコラ哲学と現代文明」と題し、創価大学で講演したことで、今後の創価学会を創大生に託したのではないかと思っている。

「大事なのは、建物よりも信心だよ。あちこちの教団の建物を見て、うらやんだり、卑屈になっているようでは、真の学会精神が理解できていないんです。特に今は、建物より人材が大事だ。広宣流布の途上、人のため、また社会を救うために、ぜひとも必要になれば、建物は、いくらでも同志の真心の結晶としてできていくだろう。また、広宣流布にぜひとも必要なものなら、御本尊様がくださらないはずはない」(中略)
人には、外見によって、その内容の優劣までを決定しようとする習性がある。会社なども、日本でも、建物の大小や、従業員数の多寡によって、その内容を判断しようとする傾向がある。戸田は、外形や形式にはこだわらなかった。

人間革命2巻「車軸」p.338

この部分は、前章で戸田が東京に上京してきた時に、親せきから見た目で煙たがられるシーンと重なる箇所である。

 生活は暗く、日本も、世界も暗かった。太陽は、いつも明るく昇っているのに、人びとの心は、悪魔の芸術のように、暗黒に塗りつぶされていた。
 戸田城聖は、油断も隙もない時勢を、ひしひしと感じていた。いつ足をさらわれるかわからない奔流のなかで、一人、仁王立ちになって、広宣流布の旗をかざして、踏ん張っていた。そして、世界を平和へと導く、新しい軸としての学会の前進に、これからまだ、苛烈な辛い戦いが待ち構えていることを、いやでも知らねばならなかったのである。

人間革命2巻「車軸」p.343

前代未聞の広宣流布を進めるうえで、戸田の苦労は、想像を絶するほどの苦労があったに違いない。自分も構想は練りつつも、自分自身の人生の時間は待ってくれない。だからこそ、同じ決意に立てる幹部が欲しかったのであろう。一刻も早く、本物の後継者を見つけたかったに違いない。その葛藤をこの章ではヒシヒシ感じた。


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