水のように生きろ part2(補足:地獄について)


さて、同テーマについて、part2です。
人の縁について触れるのは、今の私にはちょっと難しいので、

『火』と『水』
『地獄』と『極楽』
について話してみましょうか。

私の主題は『矛盾と反応』の一つのみなので、
この側面からの語り口にします。



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さて、まず、『火』の性質から話しましょうか。
火は燃えますね。
あまりに熱いと、溶岩みたいに溶かすに切り替わることもありますが、
基本的には燃えます。

木などを例にすると、
木は燃えて、灰になり、土になり、微生物達を生かす養分となり、新たな芽が芽吹き、
新しい生命となります。

『火』には、死と再生のイメージがつきまといます。
不死鳥なんかもそうですね。
あれも、燃えて、生まれるので、
やはり、死と再生です。

鉄なんかもそうです。
溶かし、元の形を崩し(=死)
熱が冷え、無くなった時、武器や調理器具など、
別の形に生まれ変わります(=再生)

また、『火』には、水と同様、周りに伝播するという性質を持ちます。
音と同じです。
空気を触媒にして、燃え広がります。
更に言うと、灰塵に帰すところから、
かなり反応の速度が速いとも言えます。

さて、このまま、
地獄の話に触れてみましょうか。

地獄にも、よく『火』が登場します。
『虫』、『鬼』、『閻魔様』、『針などの剣』、『龍神』なども登場しますね。

仏教の死生観では、死ぬと冥途への旅に出て、
まず、300km以上の死出の山路を通ります。
そして、三途の川に辿り着き、地獄行きと極楽行きに振り分けられます。
川辺には賽の河原があり、子供の場合は親より先に旅立ってしまった事を受け、生きている親の為に供養塔(石を積む行為)をして、
過去の悪行を浄化します。

賽の河原での石積みは、
無駄な努力をすることと意訳されてますが、
これは『努力の大切さ』や、『努力そのものの本質』を学ぶための行為であります。
(驕れる者も久しからず、盛者一睡の断りを現す。という、「作った物が崩れ果てる様」の格言にも、それは現れてますね。
どれだけ作りあげたものでも、1人だけ盛んになり、引き継ぐものがいなければ、夢のように崩れ果ててしまうという事でもあります)

さて、子供でない場合に行くところが、地獄と極楽になる訳ですね。
悟りから遠く、現世で身にまとった煩悩が色濃く残る場合、地獄での洗礼(罪を洗い落とす行為)を受けるわけです。

実はあまり知られていませんが、三途の川でも洗礼があります。
ここでは、盗みの罪などに審判がくだります。
罪が重ければ、川を泳ぐなどして水に身を浸す行為が発生し、
どの程度の水をその身に吸い込んだかによって、奪衣婆(だつえば)と懸衣翁(けんえおう)によって、罪の重さが図られます。
「罪を重ね、体が乾いたもの」ほど水を吸い込む筈なので、やはり、ここでも水の生き方は重要になるはずです。

話を戻します。
三途の川を渡り、
地獄に着いたら、7つの地獄と、1つの無間地獄が待ち受けています。
全部で8つの地獄がある訳ですね。

閻魔様とのお目通りを受け、
自分の犯した罪に合わせて、自分の行く先の地獄が決定します。
上から下に階層を分けていくと、
・殺生の罪(戦争や、生き物を殺した罪)
・盗みの罪(人から何かを奪う罪)
・邪淫の罪(みだらな行為で、”人を傷つけた”罪)
・飲酒の罪(酒という”薬”に毒などの不純物混ぜ込んで、人を騙したり悪事を働く罪)
・嘘の罪(嘘をつき、相手から何かを奪ったり、必要以上に恐怖に貶めたり、悲しませたり、和を壊したり、成すべきことを成さなかった罪)

などなどとわかれていき、行き着く先が無間(むげん)地獄です。

地獄の性質に言えることですが、大体の地獄は、途中で仏様が出てきます。
つまり、ある一定の『タイミング』がくれば、
閻魔様は、仏様に変わる訳です。
(閻魔は仏の化身:姿を変えた状態  とも言われてますね)

なので、ある一定の役割分担さえこなして仕舞えば、
地獄は極楽に早変わりする訳です。

では、何故地獄や、火が存在しているのでしょう。

それは、『反応を促進する』という1点の為だけに存在します。

地獄で言うと、
火を遣うことにて、その人の生まれ変わりを促進させてるわけです。
最初に話した木と同じで、焼いたあとは、微生物など全く新しい生物が生まれる、とても美しい儀式なのです。
それは、おおきな感動を伴うものなのです。
火からは不死鳥が生まれるのです。

なので、本来でいうと、地獄は私たちの味方なのです。

だって、なんで業に満ちた人間を、わざわざ手間暇かけて焼かないといけないのでしょう。
火をくべるのも、金棒を振り回すのも、
力や手間暇使います。

イメージできない人は、五右衛門風呂を想像してください

あれは、火の管理がとても難しいです。
適温を保つためにずっと見てないといけない訳ですから。
熱すぎると火傷をし、冷たすぎると風邪を引きます。

なので、『火』を扱うとは、とても『労力』のかかる『仕事』なのです。

そんな『火』を『管理』して、大切な『仕事』をしてるのが『地獄』というものです。

探してみてください。
『閻魔様』をお祭りしている神社
『日の神様』『火の神様』をお祭りしている神社は無数にありますよ。

つまり、『火』は物事の反応を『爆速的に加速させる』役割があります。

ですが、矛盾と反応の記事、人間とはの記事で書いた通り、
”大きな反応”は『痛み』が伴います。

『痛みは本来美しいもの』ですが、
慣れてない人は、痛いと、とてもビックリしがちですね。

なんだなんだ?何が起こった?
どうしてこんな事が起きた?とビックリしてしまうものです。

貴方を美しく生まれ変わらせる為に、
『火』を取り出しますよー♡♡という愛情に慣れてる人の数はとても少ないということです。

その分、『水』は『反応がとてもとてもゆっくり』です。

ですが、これにはメリットがあります。

『贈り物』を貰う人たちがビックリしないというメリットがあります。

また、木や動物などの生き物に象徴されるように、『水』は相手を『生かし』ます。
『成長させ』『育て』ます。

同じ極楽に行くのなら、
『火』を使わずに、『水』のように、
相手に優しく、穏やかに、愛と調和を持って、
育てながら、みんなで極楽に行きましょう。


水の生き方の一旦は、そんなところです。

長くなったので、今日は筆を置きます。
あなたに幸せ巡りめぐれ♡

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