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【街角探訪】 文京区本郷(4) 旧森川町周辺 明治の文豪達の生活空間

私が勤務している会社が都内文京区本郷にあるので、この周辺をよく徘徊しています。この街にまつわるお話をしたいと思います。

昼食後の徘徊を日課としている私は、この日、東大に面した本郷通りとは反対の西側の住宅街に向かいます。以前は神社があったとされる謎の三角地帯を抜けて、縄文時代からある台地の西端から後楽園方面に通じる、江戸時代に名付けられた新坂という平均斜度10度の急坂を下りてみます。

この辺りはかつて森川町と呼ばれていて、この地に居住していた東京帝國大学の教授だった金田一京助の世話で、石川啄木二葉亭四迷尾崎紅葉徳田秋声などが近隣に下宿していたそうです。樋口一葉の居住跡も近くにあり、この道を明治の文豪たちも歩いていたかと思うとドキドキしてきます。

左 : 謎の三角(Google Map)と新坂
右 : 坂の途中にある石川啄木ゆかりの蓋平館別荘跡の碑

ぐるり回って別の坂を登り再び三角に戻り、そのまま本郷通りと並行する裏道を行くと、唐突に異様な建物が現れます。求道会館という何やら難しい由来のある洋風建築。これが仏教施設だったとは思えない風情です。今では使用されておらず、月に一度しか内部の見学はできませんが、有名建築家の設計によるものだというだけでなく、無くしてはいけない雰囲気を漂わせています。

そしてその先には純和風旅館の鳳鳴館 森川別館がありました。こちらも今は営業していないようですが、かつては修学旅行生の定宿として大変賑わったそうです。本館や台町別館は少し離れた場所にあるので、いずれは立ち寄りたいと思います。

江戸だ明治だ大正だとか、果ては縄文だなんて、とんでもない歴史が息づく街、本郷。そんな時代に思いを馳せながらの徘徊は格別なものがあります。



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