メキシコの意地

 7回裏、吉田の3ランホームランによって日本は同点に追いついた。
 誰もが日本が流れを掴んだと確信した同点弾だったが、メキシコが意地を見せた。
 意外なことに追加点はメキシコだった。それもあっさりと。

 8回表1アウト、メキシコの1番アロザレーナがライトオーバーの二塁打を放った。2塁ベース上でお決まりの腕組みポーズ。試合前から注意すべき選手だった。日本に傾いた天秤が、再度メキシコに傾く。
 続く2番のベルドゥーゴの初球。インコースに構える甲斐。投げ込む山本のストレートは、シュート回転が加わり、少しだけ真ん中へ向かってしまった。
 左腕を体に巻き付けながら力強く振り切るベルドゥーゴ。その打球は左中間を抜けていった。二塁打。
 あっという間の1点だった。7回の日本の攻撃が夢だったとでもいうような、メキシコが力でもぎ取った1点だった。
 メキシコは選手も応援団も、誰もが両手を上げて喜び、日本側は下を向いて項垂れた。
 続くバッターは3番のメネセス。ランナーには代走が使われる。畳み掛けるつもりだ。更なる追加点で勝負を決めにきた。
 メネセスへの3球目、アウトコースいっぱいに決まった球をレフト前に弾かれる。前進のレフト、ショートが捕るかもしれない当たりに、2塁ランナーは3塁までしか進めない。助かった。ここでの追加点は致命的だ。
 すかさず栗山監督が動く。ピッチャー交代だ。ここまで良く踏ん張ったぞと山本を労う。
 8回表1点ビハインド、1アウト1・3塁。この場面でマウンドを託されたのは今期セ・リーグ史上最年少で最優秀中継ぎとなった湯浅。帯するバッターは4番テレス。
 初球、外角に外れた球を強引に振ってきた。ファールになる。テレスはこの勢いを利用して若きピッチャーを、日本を沈めようとしていた。
 緊張の湯浅。テレスのプレッシャーを正面から受け止める。球種が決まらない。たまらず甲斐が立ち上がって間を取る。
 湯浅は落ち着いたか、それとも虚勢か、甲斐のミットだけを見つめ、心を決めた。
 2球目、低めいっぱいにストレートが決まる。3球目、ランナーがスタートする。低めにフォークが外れる。キャッチャー甲斐は投げられない。
 1アウトランナー2・3塁となった。4球目先ほどより際どいコース、低めのストライクからボールになるところにフォークが沈む。たまらず手を出し、空振り三振のテレス。肩を上下させ、緊張は抜けたと言わんばかりの湯浅。勝負に負けたテレスはバットを自信の膝でへし折り、ベンチへと戻っていった。
 次のバッターは5番のパレデス。
 初球、アウトローいっぱいのストレート151キロ。手が出ない。湯浅は、このピンチを楽しむかのように腕を振り、躍動する。しかし表情に余裕はない。
 2球目、同じところにストレート。少しだけ外れた。3球目、スライダーが外角高めに抜ける。4球目、低めのフォークを見事に捉えられた。これはパレデスがあっぱれ。これが世界レベルか。誰もが、どんな球でも捉えてくる。
 三遊間を抜ける。3塁ランナーが手を叩きながら悠々とホームイン。2塁ランナーもホームへ突っ込んでくる。
 しかし2点はやらない。吉田、レフトからの全霊の送球。送球は少し逸れるが、素晴らしい球が返ってきた。甲斐から離れるように滑り込むランナー。絶対に逃がさないと飛びかかるようにタッチする甲斐。
 間に合った。タッチアウト。
 誰かが打たれても全員で必死に守る。これ以上追加点はやらない。まだ終わっていない。
 流れをものにしたと喜ぶメキシコと、メキシコを睨み付ける日本選手団の姿が対称的だった。
 試合は動き出した。簡単には止められない。今に見ていろ。

next… 止まらない日本(8回裏の反撃)

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