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3分間の男女(1)ss

■健人視点ーーーーーーーーーー

「ちょっとお時間いいですか?」

不意に声をかけられて、作業中の画面から顔を上げ声の主に目を向けた。
塚本遥が自分のノートPCとマウスを持って寄ってきていた。

「いいよ」

わたしの意識は既にそっちに向いていたが、いかにも仕事に集中していた風を装って軽く答えた。

「明日の資料で相談したいことがあるんで見てもらっていいですか。」

彼女は目を合わせてそう言うと、おもむろに私のデスクにPCを置いた。
PCを運んでくる間に、見せたい箇所がズレたらしく、マウスでパワーポイントのページを繰っている。

わたしは画面を見る振りをして、マウスを操作する彼女の右手を見つめた。
すぐに目的のページに辿り着くと、相談の主旨を話し出した。
いつも相手の目を見て話す彼女の顔が、画面と自分を行ったり来たりしているのが横目で感じられた。
顔を見たいという強い欲求を抑えながら、画面から目を離さないよう心をコントロールした。

遥の相談内容はいつもしっかりした相談だ。しっかりしたと言うのは、部下が上司に相談するのに相応しいように絶妙にコントロールされているという意味だ。稚拙すぎず、こねくり回してもいない。
しかし、いつも感じるのは、その内容なら私に相談しなくても、彼女自身で適切な解が既に見つかっていると言うことだ。

(わざと話すきっかけを作るために相談内容を考えてきてるのではないか)

120%自分に都合の良い解釈をしつつ

「塚本さんはどうしたい?」

まずは本人の意向を確認する。
上司の考えを先に言うと、部下は忖度してしまうからだ。
できない部下だと、自分の案と違う意見を言われるのが嫌で、どうしたいかをはっきり言えない者が多いが、彼女はスラスラと模範解答のように私の考えと同じ案を提示する。

「いいと思うよ」

気持ちがバレないように極力あっさり答える。

「ちなみにどう考えた?」

すかさず質問を投げた。
なるべく時間を引き伸ばしたいからだ。せっかく話す機会が向こうからやってきたのに、一言で終わるのはもったいない。
彼女は自分の考えを理路整然と説明し最後に、

「もっとこうしたらいいとかアドバイスがあれば是非」

と添えた。こういうところがグッとくる。
わたしはこれで十分だと感じながらも、もうワンラリー欲した。

「いや完璧。そうだなぁ、強いていえば、ここがキワードだから上に持ってきてフォントを上げておいたらどう?資料って誰もちゃんと読まないからな」

「なるほどぉ。そうですね、ありがとうございます。」

遥は小刻みに頷きながらキーワードに目印を打ち、礼を言って席に戻って行った。
少しは格好がついたかと思いつつ、彼女の背中を目で追った。

■遥視点ーーーーーーーーーー

時計は18時35分。
定時を過ぎて徐々に周りの同僚が帰っていく。
上司である鷹見健人の周りの社員がちょうど席を立ったところだ。
1時間前から準備していた資料は、敢えて完成の一歩手前までにしてある。
人が少なくなる時間帯で、かつ遅くなり過ぎない時間を見計らって今日のミッションは発動される。

上司はまだPCに向かって黙々と作業をしている。今がチャンスだ。
ノートPCの電源を素早く抜き、PCとマウスを持って彼の席に向かう。

「ちょっとお時間いいですか?」

席の近くで、困った風に声をかける。

「いいよ」

顔を上げた上司と目を合わせた。アイコンタクトは女の武器だ。
彼は自分の作業中でも、私にはいつも時間を作ってくれる。
今日のネタは、明日の会議用資料だ。
気づけばもう1ヶ月以上、毎日最低1回は話しかけるようにネタを仕込んでいる。

ネタ作りは重視している。
あまり考えなしに相談すると、レベルが低いと思われてしまうかもしれない。かといって、毎日そうそうネタがあるもんじゃない。

運よく向こうから話しかけられ、長時間話した日は、ネタを翌日に持ち越すことができるので、ラッキーデーとなる。その場合でも、質問をするなど積極性をアピールする。

PCを置いて相談内容を説明する間、ついつい上司の顔を見てしまう。
アホな質問だと思われたら逆効果だからだ。
わたしの考えを聞かれたので、準備していた答えを説明する。

「いいと思うよ」

彼は嬉しさを抑えているような顔でOKをくれた。

「もっとこうしたらいいとかアドバイスがあれば是非」

わたしは目を合わせてすかさず言葉を足した。上司の心を擽るネタの仕込みは二重にしてある。
数秒画面を眺めて彼はアドバイスをくれた。
それはまさに敢えて残しておいた修正ポイントだった。やった!完璧。

わたしは感心した演技を上手にこなし、席に戻った。
あと半月で半期の評価だ。
これで今日も1ポイントゲット!今からボーナスが楽しみだ。


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