みかんの恋は愛のうた   1.終わった恋(4)

放課後、僕らはヒデ君の家には行かなかった。結局はこの日、カラオケに行くことになったのはイチローの一言だった。
 「カラオケ行こうよ」
そう切り出したのがイチローだった。僕自身は何度かカラオケに行くことはあったし、施設の中でもよく歌ったりもしていた。
 しかし、何故か親友達とカラオケに行ったことは一度もなかったのだ。
 イチローがそう言い出したのは昼休み。僕らは弁当を食べながら歌の話しで盛り上がっていて、好きな曲やアーティストについて語りまくっていた。その話しの途中、ケンチが
 「そういえば、俺らってカラオケ行ったことなくない?」
と言うと、確かにそうだという空気が流れたのが分かった。そして、皆んなが納得した時やこんな風な空気になると、大抵、実行に移すことが多かったのだった。
 「カラオケ行こうよ」
この一言で放課後にカラオケに行くことになったのだ。

 僕らは自転車でカラオケに向かうことにした。自転車で約20分かけてカラオケに着いた僕らは、受付を済ませると部屋に入った。
 そして、何を歌うのかそれぞれ曲を選び出す。暫くすると、まだカラオケに慣れていない僕らだったのもあって、今度は誰が先陣を切るのかという空気が流れているような気がした。というより、確実にその空気になっている。
 誰がこの空気の中、先陣を切るのか様子を窺っていると、この男が動き出した。

 その男は、ケンチだ。

 迷うこともなく選曲し準備に入る。スピーカーから聞き慣れない音楽が流れ、僕らはこの後、更なる衝撃を受けることになったのだった。
 全く知らない曲ではあったが、それがアニソンであることは分かった。一番の衝撃はケンチの歌唱力だった。
 元々、滑舌が悪いのもあったが、想像を遥かに上回る程の酷い有様だ。今までのケンチはオタクっぽいと思ってはいたが、本物のオタクだったんだと確信した瞬間でもあった。
 歌い終えたケンチはというと本当に清々しい。だが、僕らは言葉が出ない。更にいえば、どういう表情で迎えていいのかさえ分からない。唯一、出た言葉はこんな歌を歌うんだと声を掛けるしかなかった。
 それは誰しもがここで本音を伝えてしまえば、これは本当に傷付けてしまう、冗談では済まないと言葉にしなくても伝わるのだ。
 この重たい空気の中、次は誰が歌うんだという変な空気が重くのしかかる。誰もが二の舞になるおそれを感じてしまっていた。
 しかし、そんな中、この空気を変える勇者が現れた。

 その勇者は、ヒデ君だ。

 「ケンチ、カラオケ初めてなんやろ?知らない曲だけど、良かったと思うよ」
 そんな感想を告げたけど、僕らにはフォローにしか聞こえない。
 「じゃあ、次は俺が歌おっかな」
 明るく振る舞ってくれる我らの勇者、Mr.思いやり。この空気を何もなかったかのように、自分が選曲した歌を歌い出してくれた。
 僕らは大きな拍手で称えた。それに、ヒデ君の歌は本当に上手くて、聴いていると楽しくさせてくれた。そんな勇者であるヒデ君の活躍のおかげで、誰もが歌いやすくなり本来の自分達に戻れたのだった。今日の活躍に、ヒデ君には良質なエロ本をこっそり贈呈しようと思う。

 次にイチローが歌い出すと慣れた感じで場を盛り上げていく。イチローもなかなか上手くて驚かされた。
 普段からヒデ君とイチローとは音楽の話しをすることが多かった気がする。好きだからこそ、二人が上手いのは当然だったのかもしれない。

 次にトツが歌い、いよいよ僕の番がやってくる。緊張は全くない。選曲した曲を入れると流行りの曲が流れ、皆んながそれぞれ期待した反応を示す。
 そして、イントロが終わったと同時に僕は歌い始める。自分なりにいい感じで歌えているのが分かる。
 この日のカラオケは、ただカラオケするだけじゃなく採点をしながら楽しんでもいた。ここまでの皆んなの点数は、ケンチが63点、ヒデ君が90点、イチローが90点、トツが85点となっていた。
 僕が歌い終わると、拍手と歓喜の声が上がった。
 「マジ、上手くね?」
 イチローは驚きを隠せない顔で言った。
 「うん。マジで歌手って感じだし、プロでもおかしくないよ」
 ヒデ君も褒めてくる。まさか、こんなにも直球で褒めてくるとは思っていなかった僕は、普通に照れ臭くて恥ずかしかった。
 すると、画面には点数が発表された。

 98点

 なんと98点。マジで驚いて二度見してしまった。皆んなも驚きを隠せないようで、ケンチに至っては変な奇声を上げている。
 正直、手応えはあったにせよ、こんなにも点数が出るとは思ってもいなかったが、素直に嬉しかった。
 それからは、二時間のカラオケを採点しながら楽しんだ。なかなか98点の壁は越えられなかったが、何度も挑戦する僕らは、いつか越えてやると強く意気込んでいたのだった。

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