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照魔機関 第10話 辻のおみとしさま

大野家と空き家の間にある神の目まで来ると、
「逢さん、念のため離れていて。絶対に見ちゃ駄目だよ」
と、釘を刺した。

「四辻さんは大丈夫なんですか? 村に来た時、辻の前で失神しちゃったじゃないですか」
「さっき何とかなったから、今度も大丈夫」

 逢は頷くと、辻とは反対側の土手に歩いていった。
 駄目だと言われると、余計に気になってしまう。辻から意識を逸らす為、逢はノートを取り出した。捜査の進捗や、破かれた札の事についてなど、書き記すことは山積みだった。

 タブレットを使わないのは、彼女にとっては効率より、読み返した時に自分自身が書き記したと納得できる方が重要だからだった。
 サラサラとペンを走らせていた逢だが、ふと視線に気付いて顔を上げる。

 何もいない。荒起こしが済んだ田んぼが広がっているだけだ。

――逢さん。こっち見て。

「何かありました?」
名前を呼ばれた気がして、思わず辻に目を向けそうになり、慌てて視線を田んぼに戻す。

――逢さん、こっち、こっち。

「あの……四辻さん、ですよね?」
 逢に聞こえている声は、彼女が記憶している四辻の声そのものだった。でも何かがおかしい

——こっち逢さん、逢さん、見て。みてミテこっちみて逢さん逢さん逢さん逢さん逢さん見て見て見て見てみてみみみてみろみてみてみてみてみてみアイみてみてみミミミテてみてミテ。

 恐怖から全身が強張るのを感じた。

(おみとしさまだ)

 縄張りに怪異を連れてきた逢を、おみとしさまは許さない。自我が分裂しているから、四辻と取引をしつつ、四辻を追い出そうとしている。それが叶わないから、逢を祟ろうとしているようだった。

(落ち着いて、まずは深呼吸)

 逢は震える手で耳を塞ぎ、辻から距離を取ろうとした。

(大野さんの家の周りなら、おみとしさまの声は聞こえなかった。室内には入らないようにして、家の前で四辻さんを待とう)

 脚を止めた。

(視線? 辻から離れたのに)

 目を閉じ、気配を辿る。

(気配は、辻の方にない。……さっきの霊が戻ってきた?)

 天井が無ければ、霊は能力を使えない。襲われる危険は少ない。

(霊の顔を見れば正体が分かるって、四辻さんは言ってた……よし!)

 逢は覚悟を決めると、決められた法則で手を組んで窓のように覗いた。
 狐の窓——怪異を見るためのお呪い。

 覗き込んだ窓の先には、大きな目がいた。

「あ……」
「アイ!」
 すぐ傍で怒鳴るような四辻の声が聞こえ、窓を組んだ手が強引に解かれた。

 逢は辻から距離をとったはずだった、しかし、実際には辻の方へと駆けていた。おみとしさまの声が聞こえたその時から、逢の認識は崩されていた。

「目を合わせちゃいけない!」
 咄嗟に逢と辻の間に割って入ることでおみとしさまの視線を遮り、狐の窓を解かせた四辻だったが、一歩遅かった。

「あ、あ、あ、ああれ?」
「アイ、僕の目を見て! 奴の目を思い出しちゃいけない!」

 視線を忙しなく動かす逢の網膜には、おみとしさまの目が焼き付いてしまっていた。
 たった一度でも目が合えば、祟りからは逃れられない。

 視線の先には巨大な目がいる。白眼に縁取られた黒目は分裂し、無数の目があるように見える。目付きも色も異なるそれらが、やがて自分を睨む個々人の目であることを認識した途端、逢の視界が真っ黒に染まった。

「眼目メめめめめめめめめめめめめめめめめめめめキャハハハハハハハハハハははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

 甲高い絶叫が脳を震わし、爪が顔から喉を掻きむしるのを、逢はどこか遠いところで感じた。