見出し画像

真・邪道勇者その4(分割版)

犯罪に貴賎はない。何故なら、不可能への挑戦だからだ。

できる筈がない、と言われればやりたくなるのが悪党であると言えよう。神々には嫌われ人間には貶されそれ以外───ドワーフ連中だのの異民族にも当然のように指名手配を受けている。何故か? 不可能へ挑戦したからに他ならない。
具体的には王族の宝物などという分かり易い宝、ではなく人間の内務省機密を盗み敵国へと売買。その上で敵国の機密を奪って人間社会へと売り渡した挙句、それを「敵国の仕業である」と双方へ言いふらした。
結果、ちょっとした紛争にまで陥ったが私には関係ない••••••後から真実が明るみになったところで、頂いた財貨は使い果たした。大体が戦時における正しさなんぞ根っからの悪党に聞くべきではなく、人間の正しさは人間が勝手に信じればいいしエルフだのが異民族らしい正しさを盲信するならそれはそれで連中の勝手だ。
だが、生憎と非人間である私にとって、必要なのは「金」だけだ。
なので、その辺は私の著作を見るといい。確か3巻辺りで「聖人の金銭変換法」が記載されていた筈だ。邪道作家シリーズは大陸全土で発禁の憂き目にあるが、もし手に取る事ができれば幸運と言えるだろう。
何せ、禁則事項だらけだからな••••••およそ、口にするべきでない事だけが載っている───それは神々の騙し方然り、連中がどんな人間に味方したがるか、如何に連中を騙し切れるか、あるいは差別意識の利用の仕方に犯罪の秘訣まで様々だ。

とはいえ、神そのものや連なる者から盗むだとか殺すだとかは割と書かれているが
「神を誘拐する」というのはまだの筈だ。詐欺で騙す話は既に書いたので、それと違う内容であればやりたいと思う。

最も、誘拐した神が協力的とは思えないので、取材になるかはわからないが。

博士、チン氏は勿体ぶって講演を始めた••••••案内されたのは割と狭い部屋だったため、居残りで講義を聞かされる気分だ。座らせれた椅子は硬かったから、実際にここで快適でない犯罪講義を他の連中も聞いたのだろう。
やれやれ、年寄りは講義が好きだ。披露したくてたまらない。
それが犯罪の元締めも同じとは。案外、人間の本性は同じなのかもしれない。
「神と言っても、今はまだ人のままだ。神になる前に奪還したい」
「どういう意味だ?」
彼は地図を黒板に書いて、注釈を加えつつ説明を始める。

「ここよりやや西、国境沿いにアルデントラという国がある。国土は約30万km2で文化的には衰退しているが、犯罪組織は旺盛ではない。衰える国には通常栄えるものだが、ここは国境警備隊が内部鎮圧に乗り出し徹底抗戦をしているからだ」

何でも、反発する国民を撃ち殺すだけでなく、暗い洞穴の中に放り込むのがそこの兵隊の仕事らしい••••••私も同じ独房に入れられた事があるが、上から藁で完全な暗闇にすべく光を塞ぎ、掘り出した穴の中へと入れるのだ。
結果として高潔な精神の持ち主ほどすぐに壊れてしまうのだが、暗闇というのには悪党は慣れており、偏屈な人間ほど恐怖など感じない。どれだけ長い間暗闇の中に放置されたところで、出た暁には見張の兵士を殺す体力だけは残っている。
それでも、アルデントラには行かないだろう。ゴブリンもドワーフも臭くてたまらないし、美人どころのエルフはそんなところにはいない。飯は不味いし文化も衰退しているのなら、住むべき価値はあまり無い。

「だが、そこで現人神信仰が押し進められている。簡単に言えば生まれ変わりだと連中自身は信じており、象徴として祭る為だが実際的な力ではなくあくまで自由の象徴として、国民の団結を恐れるだけだ」
「それの何が問題なんだ?」
にやり、と口元の右だけを動かした。断言するが、子供が見たら泣き出すのは確かだろう。博士がこんな人の目を避けた場所にいるのは、見た人間が恐怖して恐慌を起こすからに違いない。
「問題だとも。何せ宗教というのは実に厄介で、西半分の大半がその象徴としての神を信じているからだ───ジャック、君のような単独で生きる化け物には理解がし難いかもしれんが、人間にせよドワーフエルフにせよ、団結するには空想が必要であり、現実逃避の戯言を殺戮の動機とするものだ••••••簡潔に言えば、連中には「戦争の火種」としての象徴が欲しいという事だ」
戦争、確かにそれは厄介だ。エルフだのドワーフだのが自由を獲得しようがどうでもいいが、しかし半端に「平等な社会」とやらが維持されれば新たな軍権を握った連中が「国民の自由の為に」と幅を利かせた新たな犯罪組織を作り出す。

思うに、政府とは犯罪組織の延長に過ぎない••••••他に何かあるのか?

無いと思う。だからこそ、我々はそのような圧政に屈したくないのだ。であれば、神の依代の一人二人別に構うまい。例えそれがどれだけの正当性を謳ったところでとどのつまり「暴力で押し付ける」のは同じだろう。読者の為でなく己の為に書いた作家のように、誰であれやりたいことをやるだけであってそこに「善悪」など存在しない。

正しいとか、正しくないとか。そんなのは金次第と言える。
現に、連中も戦争に必死らしい。異民族として人間以外が弾圧されてから随分経つが、何であれ弾圧されれば反発するものであり、結果戦争にまで発展した。
それも何度もだ。その度に誰それの仇だとか言いながらやってくる連中を殺したが生憎と個人的には覚えはない。あるのは、敵を斬り殺し生き延びてやった快感と、後は大物を刈り取った充実感に他ならない。

チッチと彼は舌を鳴らした。彼の癖だ••••••爬虫類みたいな動きにこの癖が加われば、誰だって彼を人間種族とは思わない。
ギロリ、とこちらに眼球を向ける。そう、目を向けるのではなく眼球だ。まるで、そういう生物であるかのようだとしか言いようがないのは確かな事実だ。どうにも人間というより低体温動物が近いらしい。

その内、水の中から出てくるんじゃないのか?

「いいかジャック••••••我々は彼らを利用こそすれ、彼らの独立を許してはならないのだ。もし、そのような前例を許して仕舞うと乱れた世が戻りかねない」
「あいつらが独立したくらいで、そこまで変わるのか?」
常に裏側にいる私にとって、表社会の影響は計りかねる。大体が政治家が何種族の何であれ、首を落とせば死ぬのだから人間でもドワーフでも神でも構うまい。
そう思ったのだが、どうも違うらしい。
「違うのだ、ジャック。彼らのやろうとしていることは「全体主義」「宗教による統一意志」であって、非常に厄介な現実逃避だ。これが実現されてしまえば、人間どころかその他全ての民族までが「平和」などという幻想を信じるだろう」
「世界が平和になるわけだな」
「そして、我々の収益が減る訳だ。なので、何としても依代を確保しろ。その上で必要であれば指示を出す」
これは初めてだ。大体が殺す奴は殺す。生かす奴は生きたまま連れ出して、麻袋を頭に被せて拷問を行い聞き出してから殺すのだ。しかし、生かすか殺すかも不明のままというのは、長い付き合いの中で初めてと言える。

不思議だ。標的が特殊なのか? 一応、私は聞いておいた。

「どちらだ? 殺すのか、生かすのか」
「向こうの態度次第だ、ジャック。あちらが協力的であれば我々の組織に取り込めるので、当座の安全と資金、仲間の命は保障すると伝えろ。見立てでは説得7割、始末が2割」
「残りは?」
「失敗は、貴様ならあるまい。なので説得8割としておこう。いずれにせよ今回は大仕事だ。早速現地に向かい、収奪を開始しろ」
収奪? 確かに私はいつも何かを収奪するが、現地に奪える何かがあるのか?



「簡単だ、ジャック。貴様の以前の仕事と同じだろう。民衆を虐げる衛兵から武器弾薬を奪い、まずは信頼を勝ち取ってこい••••••その上で、聖なる依代に接触し、今回の依頼を果たすのだ」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?