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【感想詩】眼差し ビクトル・エリセ監督「瞳をとじて」に寄せて

わたしはアナ、と
瞳をとじてつぶやき

心の奥深くにしまい込んだ
もう会うことがかなわない
面影を浮かべる

幼いころ
精霊を呼び出すために
心に刻んだ祈り

わたしに会いに来てくれると願い
わたしを
ここから連れ出してくれると願い

何度もその祈りを虚しく漂わせ
願うことすら
時間の重みの底に沈んでいたのに

懐かしい面影は、その願いを
ぷかりと浮かび上がらせる

暗い闇の中から
息を次ぐように
空気の粒のようにぷかりと

だけど、目の前にいるのに
やはり
あなたは銀幕の中の影と同じ
見知らぬ人

わたしは虚しい祈りを
最後の祈りを
虚空の底知れぬ闇に呑み込ませる

でも、次に目を開けたとき
わたしは犬の目になり、
あなたが去るのを見つめている

いつも突然に去ってしまう
あなたを見つめている

何かに気を取られ
そぞろなあなたの瞳に
わたしは映っていないけど

わたしは
あなたがまた帰ってくることを知っている
大事なものを呼び起こし
帰ってくることを知っている

もう祈りはいらず
目を見開き
あなたを見送る

必ず帰って来るあなたを見送る

そして、今
あなたは本当に帰ってきた
還らぬもののように思われた
長く失われた時間ときを経て

銀幕の中の眼差しに射抜かれ
銀幕の中の嗚咽と静かな喜びに満たされ
ここに生きてきたことの
確かな手触りを呼び起こす

今、目を閉じるのは
確かな存在を感じるため

あなたとわたしの存在の
その間にあるものを
確かめるため

わたしはあなたを見つめ
銀幕の中のあなたに微笑む
あなたは静かに

瞳をとじる


(作者から)
ビクトル・エリセ監督「瞳をとじて」の感想詩、
アナの瞳になって、
ようやく形になりました。

「ミツバチのささやき」と続けて
見に行ったのは、2月。
形になりそうでならず
イメージが繋がらす
形になる前の言葉も降りて来ないまま、
3か月も過ぎてしまいました。

瞳を閉じる印象的なシーンはみっつあり(※)、
一方で
大きく見開いた犬の目から
ほとばしる「置いていかないで!必ず帰ってきて!」という感情とが
わたしの中でぐるぐると回っていました。

先日、行った「モネ 連作の情景」大阪展最終日。
ただ、ただ、見て、感じ、
感じたものを書き留めて、を
繰り返した帰路、
犬の眼差しと
アナの眼差しが重なりました。

「瞳をとじて」は、
眼差しの映画でもあったのです。


(※)瞳をとじる、印象的だったみっつの場面
1 失踪し、記憶喪失となった元俳優の父親に再会したアナが、自身のことを何の感情もなく眺める父親を見て、瞳をとじて「わたしはアナ」と何かに堪えるようにつぶやく場面。この場面は、ミツバチのささやきの最後の場面との関連が、劇評者にしばしば指摘されています。

2 アナの父親が、自身が演じた最後の映画を見て、自分が何者であったかに気付いたように、瞳をとじる場面

3 アナの父親が出演する映画(劇中映画)の場面。死期の近い老人が、長く別れていた娘の無垢の眼差しを、狂おしいまでに切望し、娘を探すことをアナの父親が演じる探偵に依頼。ようやく探し出した娘(まだ、少女)の眼差しの中で老人は息絶えますが、そのなかで娘がほんのわずかな時間、瞳をとじる場面があります。


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