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カレンダー・ガール(第1話 ビースト・ハンター)

 あらすじ
 宇宙開発の進んだ未来。月の地下都市にあるネオ・アキバではビースト・ハントと呼ばれるゲーム大会が盛んで、太陽系中で人気を集めていた。
 優秀なビースト・ハンターの九石陽翔(くいし はると)は、やはりビースト・ハンターとして活躍する月城瀬麗音(つきしろ せれね)と恋に落ちる。
 が、瀬麗音には意外な秘密が隠されていた……。



 月城瀬麗音(つきしろ せれね)は、有名なビースト・ハンターだ。
 彼女は月面の地下都市にあるネオ・アキバで毎日行われる大会に、なぜか毎週月曜日のみ参加しては大抵の場合優勝し、賞金をかっさらってゆくのであった。
 月面に地下都市が最初に造られたのは、21世紀後半だ。
 月面の砂(レゴリス)を利用してコンクリートのような物を作り、それを使って建てたのである。
 建物の多くはドーム状で、地下通路を料理して、別の建物に移動できた。
 月面基地を拡張する形で都市が建造され、1000人がそこで暮らし、10000人が仕事や旅行で訪れたのだ。
 月面の住民の中には、月の地下から掘り出されたヘリウム3を地球に送る仕事に従事する人達がいた。
 この物質は核融合発電所の燃料として最適だったからである。
 月の地下には農場もあり、トマト、レタス、イチゴ、イネ、大豆などが栽培された。
 月には昆虫がいないので、受粉はロボットが行ったのだ。
 月の街のレストランでは、こういった作物を利用した料理の他に、培養肉を使用した肉料理も振舞われた。
 特殊な培養液に浸して肉の細胞をどんどん増やして成長させるのだ。


 ネオ・アキバのコンセプトは「月面の、オタクの聖地」である。
 実際に月面と、ネオ・アキバで撮影されたSF映画が製作され、太陽系中で人気を博し、聖地巡礼のため映画のファンが大勢訪れたのだ。
 2.5次元アイドルのコンサートツアーも行われた。27世紀の現在、月面生まれのアイドルも、活躍していた。
 地球の6分の1の重力で生まれ育ったかれらはルナリアンとか月人と呼ばれていたが、低重力で育ったため骨や筋肉が弱い。
 なので地球などの高重力の天体には行けないかった。代わりに地球やスペース・コロニーから、ファンが会いに来るのである。
 ビースト・ハントというゲームも、ルナリアンのコンサート同様ネオ・アキバの観光の目玉として始められたものだった。
 ちなみに瀬麗音のホームページに、彼女のプロフィールが載っている。量子テレポート通信を使い、全太陽系でアクセスできた。
 身長は160センチで年齢は25歳。ちょうど九石陽翔(くいし はると)と同じ年齢だ。
 陽翔もビースト・ハンターだった。大抵の場合彼は金曜夜か土日の大会に出ている。
 その方が会場に大勢客が集まるし、太陽系全域に量子テレポート通信で配信されたホロ動画の視聴者も増えるからだ。
 このイベントは本物そっくりに作られたライオンやトラ、恐らくは生息していた頃とそっくりに設計された恐竜に似たアニマシンを銃でハンティングするゲームである。
 時には狩りをする対象は、架空のモンスターを元にデザインされたアニマシンだったりもした。
 使われるライフルは本物ではないが、引き金を引くとレーザー・ポインターから出るレーザーのように無害な光線が発射される。
 それが標的に命中すると、アニマシンはまるで本物のライフルに撃たれたような苦し気な演技をするのだ。
 その演技は、コンピューターでプログラミングされたものだ。時には標的はハンターを襲撃する。
 実際に襲うわけではないが、アニマシンに30センチ以内の距離まで迫られると『噛まれた』もしくは『食われた』と判定され、ハンターの敗北が決定した。
 その時点でアニマシンの動きは停止する。もっとも上手く停止せずハンターが怪我を負った例もあり、危険を伴うスポーツだった。
 一時期アニマシンに替わってホログラムを使った時もあったが、やはり機械とはいえ実際の物体と戦う方が「リアリティ」があって迫力があるという意見が多く、アニマシンに戻ったのだ。
 ネオ・アキバは元々日本から長期出張で来る人達や日本からの観光客向けに建設された都市だ。
 そのため市内の時計は日本時間に合わせてあった。
 ビースト・ハンティングも最初は一部の日本人の好事家が楽しむ趣味だったがたちまち太陽系中で人気を博し、ハンターとしての参加者や観客や、動画の視聴者も増えた。
 日本人以外の人達の注目も集め、外国人の出場者や観客や視聴者も、うなぎのぼりに上がってゆく。
 とはいえ陽翔は、本物のうなぎを見た試しがなかった。彼が生まれるよりも、とっくの昔に絶滅したのだ。
 金曜夜か土日の大会に出るケースの多かった陽翔だが瀬麗音の活躍が気になって、自分も月曜に参戦した。
 月曜のゲームは1試合がちょうど2時間。この間にライフルで獲物をどんどん倒していく。ターゲットによって入る点数は違う。
 2時間で、1番得点をあげた者が優勝だ。その時の大物のモンスターはアーマード・ドラゴンである。
 全身を硬い鎧のような鱗に覆われているという設定で、レーザーライフルで撃ってもそれが通用しない。
 しとめるためには鱗のない喉や目を狙うべきだが、アーマード・ドラゴンの動きは素早く、そう簡単には狙えない。
 口から火を吐いてこっちに攻撃してもくる。ただし上手く狙撃できれば100万ポイント手に入るが、かなり難しいミッションだ。
 なので陽翔はザコ狙いでいく。
 逃げ足の速いシカを撃ったり、襲ってくることもあるが、まだ攻撃しやすいライオンやトラやオオカミを狙うのだ。
 ただし上手く血祭りにあげても1匹につき千から1万ポイントにしかならない。ひたすら数をしとめることで、点数を稼ぐ作戦だった。
 しかしボブ・ウィリアムズは、そうは考えなかったようだ。彼はアフリカ系アメリカ人の、実力派のビースト・ハンターだった。
 身長は2メートルもあり、スキンヘッドのワイルドな雰囲気の人物である。彼は今回大物狙いでいくと決めたらしい。
 アーマード・ドラゴンの目や喉を狙ってライフルを撃つが、それらは全てかわされていた。
 一方瀬麗音は陽翔同様小物狙いにしたらしく、クマやチーターのアニマシンを確実に攻撃している。
 肉食獣狙いらしく、シカや鳥は狙っていない。



 ボブのライフルが撃ったレーザーは、全部鱗に当たっていた。
 鱗に当たってもアーマード・ドラゴンは死なないが、徐々にその動きは鈍くなる。ボブの狙いはそこらしい。
 彼は人気も実力もあるので、観客の声援も嵐のような、凄まじさだ。顔も、俳優みたいなイケメンである。
 実際アメリカのホロドラマに本人役でちょっとだけ出演した経験もあったのだ。
 陽翔も観たが、台詞が棒読みじゃなかったのにびっくりした。アカデミー賞物ってほどではなかったけど、自然な演技だ。
 自分自身を演じてるから当たり前と言えば当たり前だが。
 そのうちそのうちホロドラマやホロシネマで主演を張る日も近いのではないかと感じた。



 陽翔はチャンスだと思った。アーマード・ドラゴンは弱ってきている。動きも鈍くなってきていた。
 ボブがドラゴンをしとめる前に、自分が獲物を横取りするのだ。陽翔は、アーマード・ドラゴンの目を狙って引き金を引く。
 が、それは当たらず、こっちに気づいたドラゴンが陽翔を睨み、口を開くと真っ赤な炎を吐き出した。
 ホログラムの火炎だが、当たれば「焼け死んだ」とみなされて試合に負ける。間一髪でそれをよけたが誤ってライフルを落としてしまう。
 ライフルを拾った。いつのまにかドラゴンが肉薄していた。
 その直後、竜の目から血が噴き出し、その口から痛々しい絶叫が広がったのだ。
 ふと気づくといつのまにか瀬麗音がいて、構えたライフルの銃口を、眼前のモンスターに向けていた。
 陽翔とボブが苦戦しているうちに、漁夫の利をさらったのである。でかい獲物をしとめたので、このゲームは彼女の優勝だった。
 陽翔は2位、ボブは3位に終わったのだ。
「さすがだね」
 陽翔は試合の後、瀬麗音に握手を求めながら、彼女の腕を賞賛した。
「また来週の月曜日に来る。今度は俺が勝たせてもらう」
 瀬麗音は微笑を浮かべている。そのスマイルは、地球で夜空を見上げた時に鎮座している月のようにクールな光を放っていた。
「また会うの、楽しみにしてる」
 瀬麗音はSNSで『笑わない女』と揶揄される時もあるようにいつもゲーム中は真剣な表情で、氷のように微動だにしなかった。
 なのでこんな微笑みを見せたことに驚いた。



 その次の対戦は陽翔がなんとか勝ち、瀬麗音が準優勝となる。マスメディアやSNSは、2人を好敵手と評しはじめた。
 2人はライバル同士となり、勝ち数は同率で五分五分となった。
 やがて2人は、恋に落ちる。お互いいつしか相手の能力をリスペクトするようになり、自然とそんな関係になったのだ。
 なぜか瀬麗音は月曜以外に陽翔と会おうとはしなかったが、それでも彼は幸せを感じていた。
 彼女は視力が悪いわけじゃないが常に黄色いカラーコンタクトをしており、それはいつも満月のように輝いている。
 瀬麗音の力強い生命力が、そこに反映されるのだろう。ついに、陽翔はプロポーズをした。
 当然瀬麗音は喜ぶと考えたのだ。陽翔がプロポーズの言葉を発した後の彼女の目は、不安な表情を浮かべていた。
 やがてその美しいまなこに真珠のような涙を浮かべる。
「ごめんなさい。あたし結婚できない」
 瀬麗音の声が、震えていた。普段クールな瀬麗音がこんなふうに振る舞うとは想像だにしなかったので驚いた。
「どうしてだ? 俺が嫌いか? それとも結婚制度自体に反対なのか? 君が不安なら、1年契約の結婚でも良いけど」
 27世紀の現在太陽系における結婚は3年ごとの契約が一般的だが、最近では1年ごとの契約も珍しくなかった。
  1年後に2人の話し合いで結婚を継続するか否かを決めるのだ。どちらかが続行に反対すれば、自動的に婚姻関係は終わりになる。
 離婚後の財産分与をどうするかも、婚約時に決められていた。
「そんなことない」
 瀬麗音がそう語気を強める。
「あたしも陽翔と入籍したい。21世紀ふうの古風な趣味かもしれないけど、真っ白なウェディングドレス着て、周囲の人に祝福されたい」
「親御さんが反対してるの?」
 瀬麗音は激しくかぶりを振った。
「違うの……打ち明けようかずっと迷ってたけど、あたし多重人格なの。だからあなたと結婚できない。月曜以外は、別の人格になってるから」
 相手の発言を飲みこめるまでに時間がかかる。
「同じこの体を共有してる他の人格に申し訳ないし。彼女達の許可を得られれば良いのだけど」
 そのまま瀬麗音は泣き崩れた。
 この日はこれ以上の会話をするのは到底無理で、彼女が落ち着くのを待って、2人は別れる。



 同じ週の金曜の夜。陽翔はネオ・アキバで開かれたビースト・ハンターの大会に出た。
 結果はイマイチで3位に終わる。
 ネット上には陽翔の優勝を信じて多額の賭け金を投じ、大損した多くの客から怨嗟の怒声が大量に上がったと、後から聞いた。
 実際ゲーム後帰り際に、観客席から罵声を浴びせられたのだ。
 勝てばやんやの喝采だが、ちょっと調子が悪ければ袋叩きで、この稼業も楽じゃない。
 会場を出ると、見知らぬ初老の男性の姿があった。背広姿で、落ちついた笑みを浮かべている。
 見る者を惹きつけるオーラがあった。
「日風翼(ひかぜ つばさ)と申します」
 男は陽翔に頭を下げて、挨拶をする。
「九石陽翔さんですね。私は、月城瀬麗音の養父です。あなたの話は、娘から聞いてます。プロポーズされたのも知ってますよ。良かったら、これから2人でお話しできませんか」
 知らない男だと考えたが、違った。実際に会った経験はないが、ホロテレビでは、よく見る顔だ。
 珍しい名字なので思いだした。日風翼といえば、一代で巨額の資産を築きあげた太陽系有数の大富豪だ。
 彼の経営する系列企業はメタバースの制作会社、IT企業、ホロテレビの放送局、プロ野球チームやプロサッカーチームの運営、宇宙船やワープエンジンの製造、核融合発電所の建設、電気自動車、ナノマシンやロボットやスペース・コロニーの開発・製造・販売等、多岐に渡る。
 日風が手がけていないのは、兵器産業と風俗業ぐらいだろう。
「はじめまして、日風さん。こちらこそ娘さんにはお世話になってます」
 陽翔は日風に頭を下げた。
「お付き合いしましょう。ちょうどゲームが終わりましたし。しくじったので一杯やりたいところでした」
 陽翔はそう返答する。
「この時間に会場に来れば、あなたに会えると娘から教わりましてね」
 丁寧な物腰だったが、日風からは只者ではない威厳を感じる。
 かと言って、押しつけがましい粗野な部分は微塵もなかった。
「近くに知ってる店があるんで、案内しましょう。すでに個室を予約してます」
「手回しがいいですね」
「あなたのご都合が悪ければ、1人で飲んでも良いかなと考えてました」
 日風の先導で、2人は街を歩きはじめる。ネオ・アキバはいつもと変わらない。
 漫画やアニメや特撮のコスプレを着た人達が普通に通りを練り歩き、メイド喫茶の女性店員がチラシを配っていた。
 重力が地球の6分の1なので、スカートはめくれないよう重い生地で作られている。
 案内されたのはチェーン店で、日風が経過する会社の系列企業として有名な所であった。
「月面の、地球の6分の1の重力は、いつ来ても慣れませんな」
 太陽系でも有数の実業家がそうぼやく。確かにマグネット・シューズを履いた日風の足はぎこちない。
 日風はダンディーで端正な顔立ちをしているが、せっかくのイケメンが歩き方のせいで台無しだ。



 やがて2人は個室席で向かいあう。日風は「ルナ・ムーン」というカクテルを頼んだ。
 ウォッカをソーダ水で割ったもので、満月に見立てたレモンの輪切りがグラスにさしてあり、月をイメージした球体の氷が浮かぶ。
 ソーダ水に浮かぶバブルが月のクレーターをイメージしていた。
 陽翔は「凍月」という日本酒を冷やで注文する。原料の米は月の地下農場で栽培されたものだ。冷たい口当たりが心地よい。
 辛口の酒だった。
「本人から聞いたでしょうが、娘は多重人格……つまりは、解離性同一症でね。娘の本名は日風舞(ひかぜ まい)というんだが、実の父親に受けた虐待が原因で、そんな病気になったようです」
 衝撃的な告白に、陽翔は言葉を失った。凍月の味が、さらに辛さを増したように感じてしまう。
「意外です。瀬麗音さん、いや、舞さんの体には外傷がなかったので。トラウマを抱えてるようにも見えませんでしたし」
「そこは、治療しましたから。舞は近所の住人の通報で実の父から救いだされ、その後施設に預けられました。娘が他の患者と違うのは曜日ごとに人格が毎日変わり、全部で7つの人格が存在するってことです。医師の話では、他にこんな例はないそうです」
 寝耳に水で、陽翔はどう考えたら良いのかわからなかった。
「私は娘を救うため、太陽系でも最高の医師達に舞を診察してもらったが、現代の医学では治療は無理との結論が出ました」
 日風翼は、顔をうつむける。
「最初娘は東京の自宅で私と同居してたんですが、例えば月曜に舞が自室のレイアウトを変更すると、火曜の人格が朝起きて混乱するようなハプニングが起きるため、私は舞を曜日ごとに、別の場所に移す形にしたんです」
「そいつは、すごい」
 驚いて、陽翔は口をはさんだ。
「あなたのような富豪でなければできないですね」
「まあ、そうですね。舞は夜眠りに落ちると軌道上の宇宙船から転送ビームを照射して、一旦船内にマイクロワープさせるんです。その後宇宙船自体がワープして別の天体の軌道上に行き、そこにある別の曜日の人格のための住居に娘をテレポートさせるわけです」
「単なる地球上の移動ではなく、別の天体に転送させるわけですか?」
 呆れて、聞いた。いくらなんでも大がかりすぎると感じたのである。
「その通りです。太陽系内のあちこちにね。どの場所も日本時間に合わせた場所ばかりです。舞のどの人格も、互いに同じ天体にいるのを嫌がってね……親バカだとお思いでしょうが」
「日風さんに、お願いがあります」
 陽翔は口を開いた。
「ぼくを他の6つの人格に会わせてください。瀬麗音さんは、いや、日風舞さんは、他の人格に無断で結婚するのを嫌がっていた。だからぼくが1人1人にお会いして、結婚を考えてるのを報告したいんです」
 陽翔の頼みを聞くと、富豪はギョッとしたように目を見開いた。




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