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ヘビの餌:餌動物の飼育5 ムカデ

ムカデはいわゆる ”雑食性” のヘビの嗜好性が高い餌動物で、なおかつ栄養価が高く(カルシウム、ビタミン類ともに豊富に含む)、もっと評価されてもよい餌動物と言えるかもしれません。
ペットとしてのムカデ愛好家も多いようですが、理想的な飼育環境の設定についてはまだまだ誤解の多い動物だと思います。

飼育そのものは難しくありませんが、繁殖ということになるとちょっとした忍耐が必要になります。
もっともムカデに嗜好が寄ったヘビでは運動量、ひいては餌の要求量の少ない種が多く、その都度入手すれば餌の供給は十分です。

これを考えるとわざわざ繁殖させて与える必要はないとも言えますが、飼育そのものは興味深い動物ですので、以下にそのポイントをご紹介することといたしましょう。

ヘビやミミズに劣らない脱走巧者、なおかつ強靭な牙も

ムカデの飼育で最も重要なことの1つはヘビと同様、ケージの仕様です。彼らは非常に狭いすき間からでも脱走しますし、加えて非常に強靭なアゴを持ち、特にサイズの大きなムカデではプラスチック製などの華奢な柵は簡単に咬み破って脱走することがあります。

もう1点、ムカデのケージで難しい点は彼らが非常に高湿に弱いという点です。高地性の一部のムカデは遊泳を非常に好むため、広い(ただし深すぎると溺れるため、浅く、平行方向に広い)ウォータープールが必要になりますが、湿度自体は高いとすぐに状態が落ちる傾向があります。

また、高温にはヘビやミミズ以上に弱く、常時摂氏30℃を越すような環境では長生きできないケースが少なくありません。
*一方で熱帯・亜熱帯産のムカデでも低温には比較的強い傾向があります。

通気性が高く、通気窓の柵は強靭なケージ。
ということになると必然的にカスタムケージが必要になります。市販のケージを使用している場合、上記の課題が解消できずに相対的に寿命が縮まる傾向があります。

活動傾向は ”完全地中生” のヘビに類似 

ムカデはほとんどの時間を地中に潜って過ごしています。彼らが地上に這い出てくる理由は、

1.空腹になり餌を捜す
2.地中環境が著しく不適切
3.瀕死に近い状態にまで健康を害している

この何れかのケースがほとんどです。逆に言えばこれ以外のケースで、健康な場合にはムカデの姿を見ることはできません。
飼育管理については、ヘビ以上にストイックとも言えますが笑、ムカデを健康、健全に長生きさせようとする、あるいは餌用に繁殖させるためには掘り返したりして過剰なストレスを与えることはマイナスにしかなりません。

このことを考えると、必然的に床材も柔らかい用土に限定されます。
*ヘビの場合は折衷案としてウッドシェイブも利用できますが、ムカデにはウッドシェイブは使えません。

ムカデ用の用土はヘビのものをそのまま利用できますのでこれを使うのがよいでしょう(床材の考え方|cobra_thief (note.com))。

泳ぐムカデは意外に多い

遺伝的にムカデのグループの中心を占めているのはScolopendraとEthmostigmusです。両者は "尾" の部分にある "曳航肢" と呼ばれる部位の形状の違いで判断ができます。
*Scolopendraはスマートでトゲ状の突起を持つ一方、Ethmostigmusは紡錘形に近くずんぐりした形状をしています。

ムカデの分類についてはまだまだ研究が進んでおらず、細かい亜種分類まで特定できないケースも多々ありますが、この曳航肢の形状はムカデの種類を判断する材料の1つとして比較的わかりやすいものかもしれません。

これら2種のうちScolopendraでは多くのムカデが遊泳を好みます。南米産の巨大なムカデが広いプールで潜り、あるいは浮かびする姿はなかなか迫力があります。
このような姿からもケージ内には広いウォータープールが必須であることがわかります。

ただし彼らは体側に "気門" と呼ばれる呼吸器官があり、水深の深いプールでは時に溺れてしまうことがあります。
溺水事故を予防するためには、縁の浅いトレー状のケースをプールに利用する必要があります。

餌は動物性のものならほぼ何でも

ムカデは餌についての心配は非常に少ない飼育動物だと言えるでしょう。ここまでにご紹介してきたような、健全な飼育環境で育てれば拒食などということはほぼ考えられません。
少なくとも私のうちではムカデの拒食、というのはついぞ起きたことがありません。

餌の嗜好、ということでも偏りはほぼなく、動物性の餌であれば何でも食べる個体がほとんどです。
したがって、雑食のヘビに与えられるようなさまざまな餌で栄養調整を行うことが良いでしょう(ヘビの餌:①雑食性のナミヘビ類の餌|cobra_thief (note.com))。
"何でも食べる" ということはヘビに餌として与えることを考えた場合の "サプリメント" としての効果も期待できるということで、その点でも優れた餌動物だと言えるでしょう。

ただし給餌間隔については注意が必要で、短期間に多くの餌を与えたりすると消化不良や排せつ障害などを起こして、悪いときには短期間で状態が悪くなることもあります。

また、大型のムカデに毛の生えた大きなネズミ類を与えているような飼育もしばしば見られますが、ムカデはもともと消化器系はそれほど強くない印象で、消化に時間のかかる大きな内温性動物を与えることには大きなリスクがあります。

おそらく洞穴内などでコウモリを食べるムカデの姿から "ムカデの餌=ネズミ類" という発想が沸いたのではないかと推測されますが、飼育下ではできるだけ身体への負担を減らした方がよいでしょう。

目安としての(成体のムカデ)理想的な給餌間隔は以下の通りです。

・ネズミ以外の動物性の餌を与える場合:2週間~20日に1度
・ネズミを与える場合:1カ月に1度
*ネズミを与える場合には、必ず毛の生えていないピンクマウスを与える
*気温の低い時期には全く与えないか、地上に這い出てきたのを確認して与える

温度と湿度の設定

ムカデで最も重要、かつ難しいポイントとなるのが "湿度設定" です。一般にムカデの飼育では ”ジメジメとした湿度の高い環境” が推奨されることがあります。
自然下では(洞穴内や渓流など)確かに高湿な環境に生息している種も多いようです。しかし飼育下では、ヘビの湿度管理の項でも記したように "健全な高湿" を作り出すことは容易ではありません。
常に空気が動いている状態での高湿であればよいのですが、ケージ内の空気が籠った状態ではさまざまな雑菌、バクテリア、あるいはダニなどが恒常的に繁殖しやすい環境となります。

これも誤解が多いのですが、ムカデは非常にきれい好きで不衛生な環境は非常に嫌います。したがって湿度の高い、雑菌の繁殖しやすい環境ではダニなどによる直接的な健康障害のほかにストレス負荷の増大にもつながります。

とはいえ、一部のヘビのように極端な乾燥傾向がよいか、というと必ずそうというわけでもありません。
地中および地表の湿度設定で理想的な状態は、地中がわずかに湿っている、なおかつ地表は乾いているという状態です。
こうした環境をつくるためにも、ケージのクオリティおよび床材の選択はこの動物の飼育において大きなカギを握るのだと言えます。

温度については湿度ほどの複雑な要素はなく、ひたすら ”高温を避ける” ということに尽きるでしょう。先の通り、恒常的に摂氏30℃を越すような環境は明確に体調を崩す原因となりますので配慮が必要です。

以下、目安としての温度と湿度の理想値です。

【温度】
気温が低い時期:摂氏15℃~22,3℃
気温が高い時期:摂氏22,3℃~27,8℃

【湿度】
乾燥した時期:40~60%
湿潤な時期:50~70%
*常時湿度70%を越すというような環境では体調を崩す個体が少なくありません。

繁殖について:狭いケージでの多頭飼育は絶対にNG

ムカデの繁殖を考える場合にも、ケージの仕様は重要なポイントになります。狭いケージで2個体以上を同時に飼育した場合には、どちらかの個体が一方を食べてしまうか、あるいはかみ殺してしまうケースが多いためです。

繁殖を狙う場合には複数を同じケースで飼育する必要がありますが、必ず広いケージ(2個体のうち、大きい方のムカデの全長の3倍以上が目安)を用意する必要があります。
また、深く床材を敷いて、平面方向だけでなく立体方向にも自由に運動ができる(一方のムカデが十分に逃げられるだけのスペースを取る)配慮が必要です。

またほとんどないことですが、仮に交尾の様子を確認できたとしても、決してムカデを掘り返してはいけません。
抱卵中に親ムカデを掘り返してしまった場合、ほぼ100%の割合で親ムカデは卵を食べてしまいます。
繁殖を促す唯一の方法は、広いケージに2頭以上のムカデを同時飼育し、自然に彼らが交尾、産卵を行うのを待つという方法です。

親ムカデの健康に異常がない場合、あるいは飼育環境に問題がない場合には産卵は通常、5月~6月頃に行われます。
卵の数は通常1度の産卵で20~30個程度のことが多いようです。産卵から孵化までに要する期間は1~2カ月、この間親ムカデは卵を抱いて守りますが、先の通り、土を掘り返すなどしてその様子をのぞいたりしてはいけません。

さらに孵化後2~3カ月の期間、親ムカデは仔ムカデを抱いて守ります。仔ムカデが親から離れて暮らすようになったら地上に出てきますので、餌を与えても問題ありません。

親から離れた仔ムカデは通常3-4㎝と非常に小さく、共食いなども頻繁に行います。これを避けるためには、できるだけそれぞれの仔ムカデをいくつかのグループに分け、別の広いケージに移して飼育する必要があります。

餌の種類は親と同様、動物性の餌なら何でも食べますので、細かく刻んでミンチ状にしたものを皿などに乗せて与えます。
餌を乗せる皿はいくつかに分けることで、摂餌の際の仔ムカデ同士の共食いの予防をすることができます。


ここまで、ヘビの餌として非常に優れたムカデの飼育についてご紹介して参りました。
ムカデの中には非常に美しい種もおり、一部の愛好家の人気を集めています。愛玩用に販売されている個体の単価は高額ですが、健全・健康な環境であれば20年近く生きる個体もいます。

まだ生態や分類の研究が進んでいないだけに、ベストの飼育方法はこれから確立されてゆくものと思いますが、それだけ奥が深く、”可能性のある" 愛玩動物だともいえるでしょう。
もし関心を持たれたら、ヘビの餌用とは別に飼育に挑戦されてみてもいいかもしれません。

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