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企業決算 『スマイル』の価値 4頁目

「引導を渡してこい」

支店長の大きな怒鳴り散らす声に皆聞き耳を立てていた。

コの字をした営業室の奥にある支店長席の前で、支店長と対峙していたので、恐らく実際には話声であったのだろう。

23年経った今でもその支店長の甲高い声が聞こえるのだから、全くもって「Something else」な人であったに違いない。

これは、1998年3月31日の2日前の物語である。

老いぼれジィジiが銀行を退職する前々日に、私と支店長の2人で対峙した強烈でインパクトのある一言からこの物語は始まる。

2001年にパワーハラスメントという和製英語が誕生したので、私自身、当時は認識していなかったが、対峙している支店長はまさに自他共に認めるパワハラ支店長であった。

呼び出され、開口一番「ハギハラに引導を渡してこい」と告げられた。

この支店長の一言に対して一瞬息を飲んだが、私のこれからすべき事は概ね分かっていた。

支店長から次々に繰り出される言葉の一字一句を素直に受け止め、そして最も重要なすべき事はこの対峙時間を出来るだけ短く済ませることだった。

要約すると、縫製業であるハギハラの3月31日付け手形決済資金1000万円に対する融資を今すぐ断って来い、という訳だ。

ストレートに表現すると、銀行が融資を断れば企業が倒産する、倒産するする企業の引導を渡してこい、という訳だ。

銀行は企業にとって、金融という分野でエッジ(edge)を効かすコトに役割があると考えている。

対称軸で考えた場合、特に資金調達をする企業にとって、エッジ(edge)の効いた銀行であるのか無いのか、企業の総合的判断によって決める必要がある。

スキーやスノボ・スケートのウィンタースポーツのエッジ(edge)を想像すると解り易い。エッジ(edge)を効かせてスピードを加速したり、減速させたりする役割をエッジ(edge)というモノで担っている。

仮に前方にブッシュがあり、スキーで右に曲がらなければならいとしよう。一般的な場合、左足に履いているスキー板の内側のエッジ(edge)を効かせて右に回る。そして、エッジ(edge)の刃先が鋭いか鈍いのかを判断した上で力加減を調節して右に回る。

また、スキーの場合では中級者以上でないと実際には出来ないが、右足に履いたスキー板の右側エッジ(edge)を効せれば、より右に回ることが容易になり、更に回り方のバリエーションも増える。

銀行もスキー板もエッジ(edge)効かせるだけでは、右に曲がることも止まることも出来ない。

一通り話を済ませると、私は「解りました」と一言だけ答えて席を立ち、貸付主任の席に向かった。

転勤後数カ月経っていたが、『ハギハラ』の財務内容や人となりについては把握していなかった。

そこで、歯ぎしりをしながら『直ぐに行って来い!』と支店長から言われる前に、貸付主任から具体的人となりを聞く必要があった。

幸いにも、怒鳴り声を聞く前に、私は支店を出て車に乗り込むことが出来た。

しかし、ハギハラに着くまでに、頭を整備する時間と気持ちを落ち着かせる場所が必要だった。

車を停める場所を探している時間に、精一杯『どうして2日前』をキーワードに自問自答を繰り返し、頭を回転させていた。

車を停めると同時に具体的なデータを頭の中で集めなければなら無いからだ。

ハギハラは一行取引先(融資先が一銀行のみ)。

企業業績は悪い。

余剰資金は個人を含め内外に存在しない。・・・

車を停めて、ハギハラに関するデータを整理し、貸付主任から追加のデータを携帯電話でもらった。

そこで初めて、「解りました」に対するある判断を下し、ハギハラの会社へ電話を掛けた。

電話では具体的な資金使途や金額及び『ストレッチカラージーンズ』の説明を受けた。

勿論この時点では「引導を渡してこい」の話は億尾にも出していない。

そして、私は数種類のシナリオを創造した。

つまり、融資を受ける為に多くの脚色を盛ったストーリーをでっち上げた。

後は、シナリオ通り関係する全ての人を操り切れるかに賭ける他無かった。。

それから、停めたまま車内でゆっくりとした息を吐き、本店融資部の担当次長に電話を掛けた。

電話を繋いたところ、次長から予想もしなかった言葉を聞かされることになる。

「2日後に退職すると聞いたがどうして?電話は何なんw。あ~残念だなあ・・・。ところで電話は何なんw?」

私の退職理由については長くなるのでここでは省略するが、銀行内外の関係者には出来るだけ極秘裏に退職話を進めていたので、担当次長が退職の事実を知っていたことが私には大きな謎だった。

当時の私の役職は融資兼渉外担当課長であったため、融資に関する本部とのネゴは殆どしていなかった。

支店が変わるまで融資部担当次長とはネゴする関係ではあったが、実際には一度本店に行った際、顔を合わせた程度の関係だったので、私に対して興味があることが意外だった。

しかしながら、ここでは憶測を巡らし、会話をする時では無い。

「退職については申し訳ありません。単刀直入本題にはいります。実は、先程支店長から、ハギハラに対して、引導を渡してこい、と言われました。」

「為るほどねえ・・・支店長ならあり得るなあ・・・それで」

「退職2日前にこれですよ」と、つい本音が出た。

「退職をダシに使われたなあ・・・支店長が決めたんならそれで良いのでは・・・私に相談はなかったし・・・。」

何たる不覚、支店長の独断だった。

「そででは、改めて相談します。5百万フロパー(無担保)・5百万保証協会の短期融資で、次に10百万円決済後に保証協会分を長期資金でお願いします。」

「支店長が判断したのだから、それで良いでは・・・後は貸付主任に任せたら・・・支店長の判断が正しいかもしれないし・・・」

「私の覚悟は決めています。お客さんを守るのが仕事です。」

「解った。話を聞きましょう。」

まだ若かった老いぼれジィジィiは、融資に対する立場として、第一義に考えていた事は本当に『お客さんを守る』ことだった。今のご時勢であれば『お客様を守る』と言い換えねばならないかもしれないが、よって、本部の担当者と相まみえる時にも丁々発止、ある意味利益相反を覚悟でこれまで対応していた。

退職最後なのでストレートに本音をぶつけたのが功を奏したのか、すんなり話を聞いてくれた。

必ず保証協会との協調融資とする事等を条件に説明した後、最後に担当次長がこう言った。

「稟議が上がってきたら協議しましょう。それにしても残念だなあ・・・」

「お世話になりました。ありがとうございます。」

第一バッターに投げ終わったばかりの私には、担当次長を慮る余裕など無く、残念ながら

次のバッターに向かう気持ちしか無かった。

次のバッターは保証協会の担当者であり、この担当者は旧知の存在であったため、アポも取らずに車を走らせた。

交渉をする為に直接面談をすることが優位に働く時代だった。この優位性の文化はCovid19によって益々薄らいで来ている。

『そごう』から1ブロック対称の位置にあるビルに保証協会の支店はあった。出迎えてくれた担当者は、案の定ハギハラの件は支店の相談に乗ったことがあり、銀行との協調融資を条件にして承認を取り付けてくれた。

2番バッターは送りバントで塁を進めるシナリオ通りだったので少し気が楽になった。

しかし、3番バッターにヒットが生まれる可能性が一番低く、対戦する投手も強敵なことは重々承知していた。配球の順番を考えながら私はハギハラの会社へ向かうために車を走らせた。

何故なら、企業業績を把握していないのに、1番バッターにも2番バッターに対しても、期待されるガイダンスを発表すると操ったからだった。

WeWork等の問題もあり、2020年3月期には4半期決算に於いて、大赤字を出しながら希望ばかり歌っているソフトバンクグループ孫社長の決算ガイダンスを想像しているようだ。

新幹線脇に桜並木がある通りがあったことを思い出し、通っては見たが気を紛らわすには程遠い蕾だった。残念だったが、桜は生きてさえいれば、このまま花が咲き来年も満開の桜を見る事が出来る。

どこの街にも樹木の名前が付く通りが結構な数で存在する他、田舎の小さな町でも大きな樹が町の中に点在していることに気付く。特に歴史がある都市には大きな樹が並ぶ通りが多い気がする。

ハギハラの会社では私の手順通り事を進めた。3月決算であり試算表が9月までしか無い事を確認し、初めて会う年配の経理担当者の女性に対して、全ての帳面と伝票を出すように指示した。

そして有無を言わせず帳面を捲りながら質問を繰り返した。残念だが時間がないので覚悟の上で支持をする対応で臨んだ。

高圧的な雰囲気から協力的な雰囲気に変わった頃、東京出張に出ている社長の娘さんにも電話を繋いでもらった。社長は話を聞いても所謂縫製屋のおやじであったので、私にとってのキーパーソンである娘さんに必ず話を聞かなくてはならなかったからだ。

少なくともちゃんとした縫製工場になる為には、社長の娘さんの力がどうしても必要になると思っていたからだ。

デザインを学びハギハラに入社して数年が立つと言う。今回資金ショートの原因の一つでもある『ストレッチカラージーンズ』を手がけたのも娘さんだと知った。色々と質問をさせてもらった。その中にレナウンや三陽商会の名前も入っていたように思う。

経理資料のデータを確認し頭の中でシナリオ(資金繰り表や稟議書資料)が出来たので、銀行へ持ち出す為、ダンボールに台帳を詰めていた時、社長からこんな一言を掛けられた。

「奥さん用に2・3枚気に入ったのを持って行って下さい」

当時原宿あたりでは人気があったそうだが、こんなビビットなジーンズを妻が履くとは到底思えなかったので、今回ばかりは丁重に断った。ストレッチには興味も将来性もあると思ったが、単純に好みでは無かった。

サラッと文章にしたが、銀行員が企業の帳簿をダンボールに詰めて銀行に持ち帰ることは、知らない人にとってはありそうな話ではあるが、実際にはあり得ない話だ。少なく見積もっても、そもそも銀行員が直接企業の台帳や伝票を見ることもまず無い。(けど、これは真実の話)

1998年3月31日16時、支店長と私はあんかけそばが人気のラーメン屋で向かい合っていた。

無事に銀行の本決算日を終えて職員の事務処理ピッチが上がったのを確認して、支店長が『ちょっと行こう!』と言って銀行からラーメン屋に連れ出してくれた。

柄にも無く顔を曲げ照れ笑いをしながら、こう言った。

「酒が飲めないのは残念だが、送別会の代わりに食え。」

2021/4/14(水) 11:01配信 Yahoo!ニュース

『三陽商会 5期連続の最終赤字、英バーバリー契約終了後から不振が続く』

(株)三陽商会は、2021年2月期(連結)が16年12月期から変則決算を含めて5期連続の最終赤字だった。15年6月の英[バーバリー](https://search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&rkf=1&slfr=1&p=%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%BC&fr=link_kw_nws_direct)のライセンス契約終了後から販売不振が続いている。21年2月期はコスト削減や銀座の不動産を売却したが、[新型コロナ](https://search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&rkf=1&slfr=1&p=%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A&fr=link_kw_nws_direct)の影響が重く、希望退職者募集による特別損失の計上も響いた。同日公表した22年2月期(連結)の業績予想は、売上高440億円(前期比15.9%増)、営業利益1億円、最終利益0円を計画している。

老いぼれジィジiは三陽商会の2021年2月期 決算短信をその日の内に目を通した。

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