Calbee

将棋ファン歴35年。文春オンライン「第2期“書く将棋”新人王戦」にて文春オンライン賞を…

Calbee

将棋ファン歴35年。文春オンライン「第2期“書く将棋”新人王戦」にて文春オンライン賞を受賞。週末「書く将」活動を始めました。

最近の記事

穴熊を殺す魔法

人を殺す魔法 話題のアニメ「葬送のフリーレン」を我が家でも楽しんでいる。金曜ロードショー枠で一挙放送された冒頭4話はすぐれた作りであったと思う。 なかでも印象的だったのが第3話「人を殺す魔法」だ。 かつて主人公フリーレンたちが手こずり、封印という状態で留め置かれた魔族クヴァール。80年が過ぎ、その封印を解いて決着をつけるエピソードである。 戦いの前夜、フリーレンは弟子フェルンの問いかけに答える(以下ネタバレあり)。 翌日の対決。フリーレンたちは「人を殺す魔法」ゾルト

    • 解説巨神イデオン

      接触巨神と遭遇したのは、今年の4月だった。 第4回ABEMAトーナメントの開幕戦。私が期待していたのは、藤井聡太や伊藤匠といったニュータイプの超絶技巧であった。ところが心を奪われたのは 「▲2二歩に△同角は人として耐え難い」 「私だったら盤面破壊したくなりますよ」 超早指しのリズムに乗りつつ劣勢の切なさを伝える解説者、井出隼平五段であった。 ABEMAが開幕戦に送り込むだけのことはある。そう、一見ふつうの眼鏡男子は世を忍ぶ仮の姿。彼こそが真のドラフト1位、解説の巨神

      • ラストチャンス

        2006年、夏さかのぼること15年、2006年の夏。43歳の島朗は王位戦挑戦者決定戦に臨んだ。これがタイトル挑戦のラストチャンスかもしれない。自分は勝率よりも勝負強さで生き残ってきた棋士だ。必ずものにしてみせる。 しかしその願いは対戦相手の剛腕によって打ち砕かれた。36歳の佐藤康光。かつて「島研」で共に研鑽を積み、いずれ将棋界を背負って立つ存在になると確信した男。この年度は、棋聖戦5連覇で永世棋聖の称号を獲得、史上初のタイトル戦5連続挑戦、棋王獲得、JT杯将棋日本シリーズ及

        • 棋聖、藤井聡太(下)

          第92期ヒューリック杯棋聖戦第1局の正確な進行については、棋聖戦中継サイトの棋譜中継及び中継ブログを適宜参照いただきたい。 午前、56手振り駒で先手番を握った渡辺は相掛かりを選択。藤井も長考せずに追随すると、開始30分で早くも本格的な戦いが始まった。 この進行は2月に行われた両者の対局をなぞっている。先手は桂得する一方で歩切れとなるが、飛車先を切って1歩を得る。端では先に香を捨ててさらに1歩を補充し、あとから後手の香を回収しにいく。後手は手にした香を使って反撃し、一見厳し

        穴熊を殺す魔法

          棋聖、藤井聡太(上)

          藤井聡太棋聖に渡辺明名人が挑戦する第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負は、6月6日(日)に第1局が行われた。 棋聖戦は1962年に創設された棋戦であるが、「棋聖」という呼称は主催者の造語ではない。将棋界では幕末の棋士天野宗歩(あまの・そうふ/そうほ)の異名として知られている。 江戸時代にあって、将棋家元の生まれではない宗歩が名人位に就くことはなかった。しかし「実力十三段」とも言われるその棋譜は時代を超えて現代にまで伝わっている。一度その棋譜を並べた者であれば、宗歩の名手「

          棋聖、藤井聡太(上)

          棋士たちのサバイバル(下)

          前回はこちら。 2020年7月17日 上野裕和六段戦 川上七段の2019年度は17勝13敗。星1つ足りず惜しくも順位戦復帰を逃した。しかしイチからやり直しになったわけではない。「いいところ取りで、30局以上の勝率が6割5分以上」という別の復帰条件を満たす可能性が残っていた。 2020年度のスタートとなった棋聖戦一次予選で2連勝。これで直近28局を18勝10敗とし、朝日杯一次予選の上野裕和六段戦を迎えた。実はこの週の末にNHK杯の放映が控えており、もし収録済みのNHK杯を勝

          棋士たちのサバイバル(下)

          棋士たちのサバイバル(中)

          前回はこちら。 フリークラス 順位戦を指さない「フリークラス」に入るには様々なルートがある。 ①自らフリークラス入りを宣言する(例:森内俊之九段) ②C級2組で降級点を3回とってしまう(例:川上猛七段) ③三段リーグで次点2回を獲得する(例:佐々木大地五段) ④プロ編入試験を通過する(例:今泉健司五段) このうち②~④の棋士は所定の成績を収めることで順位戦に参加(復帰)できる。以下のうち1つを満たせばよい(詳しくは将棋連盟のサイト参照)。 1.年間(年度)成績で「参加

          棋士たちのサバイバル(中)

          棋士たちのサバイバル(上)

          新年度。春光うららかにして若葉萌ゆる季節。棋士たちも決意を新たにしているだろうか。 私は今年もある一人の棋士を応援している。タイトルに挑戦するでもなく、ABEMAトーナメントの指名を受けるでもなく、地道に勝ち星を積み重ねる中年棋士。通算413勝403敗、勝率.506。その昔、彼は「モウくん」と呼ばれていた。 川上猛(かわかみたけし)七段 一九七二年、東京都足立区出身。平野広吉七段門下。一九九三年プロデビュー。実力者でありながらC級2組で三度目の降級点を取りフリークラスに降

          棋士たちのサバイバル(上)

          さらば名機「ザ・名人戦」

          ――では羽生世代と下の世代はどんなところが違いますか? 先崎 ちょうど僕らが若手棋士の時に、秒読みのチェスクロックができたんです。基本的に棋士は時計がないと将棋を指さないので、僕らより下の世代は修業時代に実戦経験を積みやすくなった。それは大きいですよ。 (大川慎太郎『証言 羽生世代』講談社現代新書、2020。先崎学九段の章より) 名機誕生2020年4月、ネット上にひっそりと掲載された案内文書が、将棋関係者の間に波紋を広げた。対局時計の名機「ザ・名人戦」販売中止の知らせで

          さらば名機「ザ・名人戦」

          どうして「将棋Number」だけが、そんなに売れるんですか?――その源流には梅田望夫がいるのかもしれない

          「将棋Number」再び 文藝春秋が発行する『Sports Graphic Number』1018号は再び将棋特集である。昨年9月に発行された1010号が増刷に増刷を重ねて23万部に達し、編集長が「読まれたら刷り返す、倍増刷です」と見得を切ったのは記憶に新しい。今回の第2弾もクオリティが高く、将棋ファンの間では好評を博している。それにしても、なぜ「将棋Number」は売れたのか。第2次藤井ブームだけですべてが説明できるのだろうか。私はそう単純には考えていないので、以下に仮説を

          どうして「将棋Number」だけが、そんなに売れるんですか?――その源流には梅田望夫がいるのかもしれない

          もしも鬼殺隊が学生王座戦で十二鬼月と対戦したら

          2020年の全日本学生将棋団体対抗戦、通称「学生王座戦」は明日12月27日が最終日である。2日目終了時点で立命館大学、早稲田大学、東京大学の3校が全勝を維持しており、明日の直接対決で決着がつく。この大会は先日の記事で紹介したとおり、将棋界の箱根駅伝に相当する、熱い、実に熱い大会である。 そして記事中では「1チームあたり登録選手14人、各局出場選手7人」という仕組みが鍵であり、駅伝における区間配置以上に作戦面の面白さがあることを述べた。その後、ネットメディアの「文春将棋」でも

          もしも鬼殺隊が学生王座戦で十二鬼月と対戦したら

          1990年12月23日、渋谷道玄坂「高柳道場」

          2020年に生きる私は、その日付を検索によって特定することができる。本日のちょうど30年前、1990年12月23日のことである。場所は東京・渋谷の「高柳道場」。芹沢博文、中原誠、田中寅彦、島朗、蛸島彰子、清水市代といった著名棋士を門下に有する高柳敏夫八段(当時)の名を冠する道場である。渋谷駅から伸びる「道玄坂」を少々上り、左手の袋小路に入って最奥まで進む。ガラス製のドアから、多くの客が盤面と向き合っている様子が見える。畳敷きに座布団、脚付きの盤という、よく言えば本格的なスタイ

          1990年12月23日、渋谷道玄坂「高柳道場」

          BSフジ『白玲 ~初代女流棋士No.1決定戦~』が意外に面白い

          年末の日曜日、昼食を終えた私は家族の年賀状印刷に取り掛かっていた。宛名面は白黒なので速いが、通信面を「きれい」モードで印刷するとかなり時間がかかる。用紙の補充、用紙の二枚食いやインク切れなどのトラブルに備えて一応ウォッチしなければならないという中途半端な時間だ。 そんな中、Twitterに目をやると、BSフジで『白玲 ~初代女流棋士No.1決定戦~』という番組が放送されていることが分かった。新女流棋戦「ヒューリック杯白玲戦・女流順位戦」の紹介番組である。今日が初回。まだ開始

          BSフジ『白玲 ~初代女流棋士No.1決定戦~』が意外に面白い

          「将棋界の箱根駅伝」学生王座戦とは何か

          2000年12月22日今からちょうど20年前の2000年12月22日、場所は三重県四日市市文化会館。学生将棋団体日本一をかけて、明治大学、東京大学、立命館大学の全勝3校が直接対決の日を迎えた。全日本学生将棋団体対抗戦、通称「学生王座戦」の最終日である。私は東大の六将で出場を続けていた。2日目まで6戦全勝、関東地区の予選から数えれば11連勝と、今までにない好調で迎えた最終日である。東大にはほかにも全勝が2人、前日は7人合計で20勝1敗という大勝ぶりで勢いに乗っていた。他方、本命

          「将棋界の箱根駅伝」学生王座戦とは何か

          続・謎の女流棋士

          2ヶ月前、「謎の女流棋士」と題する記事を書いたところ、思いのほか反響が大きかった。マンガの入門書で将棋を覚え、ゲームとネット将棋で強くなった小学生が、大学院まで進んだところで突如プロ入りを目指し、女流棋士となって活躍しているという話である。さて、それからどうなったのか。 その後の経過 謎の女流棋士こと加藤圭女流初段は、その後も順調といってよい。記事を書いた日以降の成績は6勝3敗。マイナビ女子オープンは予選決勝で敗れたものの、女流王位戦の予選を突破して挑戦者決定リーグ入りを決

          続・謎の女流棋士

          謎の女流棋士

          女流名人リーグの意外な展開 第2次藤井フィーバーに沸く将棋界であるが、藤井二冠の絡まない棋戦ももちろん進行している。その中で私は、ある棋戦の勝敗にやや意外な印象を受けた。女流名人戦である。 現在では、ヒューリック杯清麗戦(優勝賞金700万円)、マイナビ女子オープン(同500万円)、リコー杯女流王座戦(同500万円)という高額賞金棋戦があり、これらの方が格上とされているものの、女流名人戦はもっとも長い歴史を持つ格式ある女流棋戦である。そして女流名人戦の特徴は、挑戦者決定リーグ

          謎の女流棋士