見出し画像

解説巨神イデオン

接触

巨神と遭遇したのは、今年の4月だった。

第4回ABEMAトーナメントの開幕戦。私が期待していたのは、藤井聡太や伊藤匠といったニュータイプの超絶技巧であった。ところが心を奪われたのは

「▲2二歩に△同角は人として耐え難い

「私だったら盤面破壊したくなりますよ」

超早指しのリズムに乗りつつ劣勢の切なさを伝える解説者、井出隼平五段であった。

ABEMAが開幕戦に送り込むだけのことはある。そう、一見ふつうの眼鏡男子は世を忍ぶ仮の姿。彼こそが真のドラフト1位、解説の巨神だったのだ。

発動

イデオン解説は先日開幕した女流ABEMAトーナメントでも絶好調である。

あまり序盤から目立つワードを飛ばしたりはしない。超急戦を避けてまずしっかり囲う。中盤は積極的にジャブを打つ。これがじわじわ効いて視聴者もあったまる。そして終盤は怒涛のラッシュ。コメントを適当に拾うと以下のような感じだ。

「お、さわやか路線ですね」
「これを放置するっていうのは、ただごとじゃないですよ」
「目をつぶって△8七歩打って『詰めろ!』と叫ぶしかないです」
「▲4一銀とさらに攻めて。やられたらやり返す、ですね」
「ただこの一歩取るのがでかいんですよね。この一歩が後手からしたら命の一歩なんで」
「ここでお茶飲むのがいい手だと思うんですよね」
「ほんとにお茶飲むんですよ。物理的にお茶飲んで。一服入れるのが大事なんですよ、ここは」
「お茶を飲むっていうのは相当、5秒くらい使ってもいいような」
「これはお茶を飲まなくても角取りますね」
「怒りの▲7四桂! 久々の王手ですよ」
「さあ、もうお茶飲む時間もなくなってきたんで。うまくまとめられるか」
「それをやる手がほんとに得かどうかは『審議』ですね」
「受けがないときは攻め合いなんですよ。そうすると▲9二歩、▲9三歩、▲8五桂みたいな感じで。やられたらやり返せの精神で、殴り合いを挑むのがいいと思いますね」
「これで▲4五歩、△同桂、▲4六歩とかで、桂馬クレクレ攻撃ですね。美濃囲いにコビン攻めがあると、桂馬クレクレ攻撃はだいたいいい手になるんですよ」
「桂馬が入れば、夢の▲7四歩が飛んでくるんで」
「室谷さんの王様いつも堅くて。見ててなんか、あったかいですね」
「とにかく自陣をあったかくして、負けない将棋ですよね」
「お、前向き。これはガチな攻め合いですね」
「おー、アクロバティック! もうどこに何が利いているとか、誰もわからない」

第2回女流ABEMAトーナメント予選Aリーグ第3試合・チーム伊藤vsチーム山根の解説より抜粋)

終局後の総括では「投了もやむを得なかったと思います」と敗者を弔い、鎮魂するように締めるのがお約束。

ABEMAトーナメントの解説は各チームの「作戦会議室」にも聞こえているのだが、女流棋士たちが解説に思わず笑ってしまう場面も多い。

とにかく間を置かずテンポよく言葉をつなぐ。何局か見ると分かるのだが、序盤から駒組の優劣を的確に見定めている。中終盤ではいち早く急所や決め手を指摘する。若手棋士らしく早見えというだけでなく、ひとつひとつの判断をすばやく言葉に落とし込んで伝えてくれる。

五感に訴える言葉選び。劣勢を耐える切なさへの共鳴。いとあはれなイデオン解説はプロからも絶賛されている。

イデオンソード

井出五段は2016年4月、年齢制限も近づく24歳でプロ入りした。三段リーグ最終日を迎える時点では10勝6敗。昇段の可能性は単純計算で1%未満だったという。まことに神ってる。

半年後に第6期加古川青流戦で優勝。翌期も藤井聡太四段を倒して準優勝。

主力戦法は四間飛車。角道を止めて美濃に囲うオールドタイプが基本。裏芸のひとつに、居飛穴相手に守りの銀を繰り出して端攻めする作戦があり、「イデオンソード」と名付けられている。

特技は麻雀。つい最近「麻雀最強戦」で西東京最強位を獲得したそうだ。棋士の中では山本博志四段や谷合廣紀四段と仲がよい様子で、苦労人ながら芸達者、振り飛車党という点が共通している。

ダイヤモンドは儚い

そんな井出五段の持論に「ダイヤモンド美濃意味ない」というものがある。ダイヤモンド美濃とは美濃囲いの強化版で、金銀四枚をダイヤモンド型に連結させた囲いである。

ダイヤモンド美濃

組み上げるだけで恍惚となるこの囲いを「意味ない」と切り捨ててしまう振り飛車党がいるのか?

一部のマニアが疑問を抱く中、先日、試金石となる一局があった。井出五段の盟友谷合四段と日本将棋連盟会長佐藤康光九段が棋王戦の準々決勝で対戦。「丸太を振り回す」と形容される佐藤九段の力強い攻めに対し、谷合四段はダイヤモンド美濃に囲い、勇敢に攻め合ったのである。その結果は―― 

「丸太」がダイヤモンドを完全破壊してしまった。巨神はつぶやく。

哀しみは時空を超えて。居飛車党なんて、みんな星になってしまえ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?