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棋士たちのサバイバル(中)

前回はこちら。

フリークラス

順位戦を指さない「フリークラス」に入るには様々なルートがある。

①自らフリークラス入りを宣言する(例:森内俊之九段)
②C級2組で降級点を3回とってしまう(例:川上猛七段)
③三段リーグで次点2回を獲得する(例:佐々木大地五段)
④プロ編入試験を通過する(例:今泉健司五段)

このうち②~④の棋士は所定の成績を収めることで順位戦に参加(復帰)できる。以下のうち1つを満たせばよい(詳しくは将棋連盟のサイト参照)。

1.年間(年度)成績で「参加棋戦数+8」勝以上、かつ勝率6割以上
2.いいところ取りで、30局以上の勝率が6割5分以上
3.年間(年度)対局数が「(参加棋戦+1)×3」局以上
4.全棋士参加棋戦優勝
5.タイトル戦挑戦

③④に該当する者は大半が条件を満たし、順位戦参加を果たしてきた。おおむね若く勢いがあるからだろう。しかし②C級2組で降級点を3回とった者が順位戦に復帰できた例は少ない。ほぼ毎年C級2組からの降級者が出ているが、復帰できたのは2人だけである。その2人もそれぞれ35歳、41歳での復帰で、現在の川上七段よりだいぶ若い。

そして復帰条件を満たせないまま10年が経過するか60歳に達すれば引退となる。2013年4月1日に40歳でフリークラス入りした川上七段は、2022年度中(2023年3月末日まで)に復帰条件を満たせなければ引退だ。

近年では最終年度に奮起して好成績を残し、順位戦復帰に近づいた棋士もいる。熊坂学五段は最終年度の3月まで復帰の目が残っていた。中尾敏之六段に至っては、最終年度の最終局が順位戦復帰か引退かの大一番となった。しかし残念ながら両者とも敗れ、引退となっている。

奮闘

川上七段が順位戦復帰についてどのように考えているのかはわからない。普通であれば何としてでも復帰したいはずだが、こればかりは本人のみぞ知る。

ただ事実として、2019年度、川上七段は順位戦復帰に大きく近づいた。竜王戦で4勝、王位戦と朝日杯で各3勝を挙げるなどして「年間(年度)成績で『参加棋戦数+8』勝以上、かつ勝率6割以上」の条件に迫った。

大きかったのが2020年2月に行われたNHK杯の予選である。中田宏樹八段、井出隼平四段、杉本和陽四段を1日で破り、3勝を積み上げた。その後別棋戦でさらに1つ勝ち、年度成績を17勝11敗として残り2局を迎えたのである。この年の参加棋戦数は10。残り2局のうちどちらかを勝てば18勝12敗となって復帰条件を満たす。

2020年3月25日 中座真七段戦

王将戦の一次予選。この将棋は日本将棋連盟のアプリで棋譜中継された。開始局面のコメントには「川上は本局に勝つとフリークラスからC級2組に復帰する。大一番だ」とあった。

大一番ではあるが、私はあまりやきもきもせず楽観していた。というのは対戦相手の中座七段が年度成績2勝20敗、勝率1割を切るという棋士生活始まって以来の絶不調だったからである。これは何か歯車が狂っているとしたものだ。対戦成績も川上七段が5勝3敗と勝ち越している。

将棋は川上七段の先手四間飛車に中座七段の居飛車穴熊。川上七段は穴熊のハッチが閉まる前に仕掛けて主導権を握る。角銀交換の駒得から角を打ち込んでボロッと金をはがす。駒損の中座七段は残る飛車桂の活用を優先し、カナ駒は自陣に投入する。

中座七段の攻めはある意味「開き直り」に見えた。だが意外にやっかいだ。細い攻めだが、先手もなかなか受けの決め手を出すことができない。そして98手目、手筋の叩きから拠点の歩を成り捨てるコンビネーション。中座七段が馬角両取りの飛車を打ち込むと「これはパンチを食いましたね」という棋譜コメが入る。

穴熊はほぼ手つかず。攻めがつながってしまえば「堅い、攻めてる、切れない」の必勝パターンである。終局に至るまでの先手の粘りはただ悲愴であった。この将棋、中座七段の指し回しに不調の兆しは見られない。プロがいうところの「普通に強い」というやつである。

18時00分、川上七段投了。

2020年3月30日 窪田義行七段戦

竜王戦5組昇級者決定戦。2019年度最後の一番。本局は東京将棋会館の特別対局室で行われた。

ともに1972年生まれ、東京都足立区出身の二人。川上七段が中学生名人なら窪田七段は小学生名人である。B級2組に在籍する中堅棋士。この年度は8勝20敗とやはり不振。

川上七段には前局以上のプレッシャーがかかるだろう。だが対戦成績は7勝2敗と勝ち越している。苦手意識もなく、少なくとも五分の自信を持っていい状況だ。

戦型は先手窪田七段の角交換向かい飛車。先手が二枚角、後手が二枚飛車の攻め合いで、後手やや有利の展開となる。途中、中継室に現れた瀬川六段が「△4二金なら長期戦、勝ちにいくなら△6七歩ですね。大事な一局なので、△4二金と打つんじゃないでしょうか」とのコメントを残す。果たして川上七段は△4二金と打って馬を追い返し、夕食休憩に入った。

しかし再開直後の角打ちが疑問手となった。先手は金2枚を一段目に打ちつけて駒損ながら強引に飛車を入手。奪った飛車を敵陣におろして形勢を五分に戻す。以下はこれぞ「窪田ワールド」という展開で、後手玉にプレッシャーをかけながら巧妙な小駒使いで自陣を盤石にしていく。

三枚目の金を打ち付けて粘る川上七段。しかし窪田七段は決めどころを逃さず大駒を切り飛ばして後手玉に迫り、投了に追い込んだ。終局は21時33分。棋譜コメによれば、感想戦は行われなかった。

(続く)



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