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39歳のハローワーク⑤エリちゃんとの出会いと別れ

 オーナー夫妻の営むカフェで働き始めて1年、ようやく主婦メンバーとも打ち解けて来た頃に社員として入ってきたのがエリちゃんだった。


ほんわか癒し系のエリちゃん

 エリちゃんは20代後半の女子。それまで6年勤めた保育士を辞めてカフェのとびらを叩いたのだった。飲食店の勤務経験はドーナツ屋のアルバイトのみということだったので、正直「大丈夫かなぁ」と言うのが第一印象だった。
 飲食の仕事はそもそもまず薄給だし、そのうえ身体的にもすごくしんどい。個人経営のカフェなんて、絶対にブラックなのだ(大手でもやっぱりブラックだけど)。
 飲食未経験だけど『カフェ巡りが趣味♡』みたいな人がたまに面接にくることがあるけど、ほんわかして見えるカフェと実際の内情のギャップにショックを受けて辞めていくのはよくある話。

 エリちゃんは、いつもにこにこしていて、めちゃくちゃほんわかした子だった。ほんわかしているけど仕事はてきぱきやって、ひたむきに頑張っていたし、学生のアルバイトの子のサポートもお姉さんとして社員として、しっかりやっているように私には見えていた。小さい身体の中にしっかりした芯のようなものを感じさせる、根性のある素敵な子だなぁと思った。

一番いい時期 

 エリちゃんが入ってきて、オーナーの奥さん、パート仲間のユミちゃんとサオリちゃん、そして私という朝の主婦メンバーがほぼ確定し、かくしてこのカフェで働いていた期間で一番楽しい日々が始まったのだった。

 私と年齢も近いサオリちゃんはいつもいろんなところで買ってきたおいしいお菓子を持ってきて「みんなで食べよ〜♡」と出してくれるので、(勤務中だが)ラテを入れてみんなで朝のお茶をしながら仕込みをしたりおしゃべりをしたりして過ごした。 

 私とサオリちゃんとオーナー奥さんには全員小学生の子供がいて、子供の特性について同じような悩みを持っていたのでそのことをよく共有できたし、エリちゃんもユミちゃんも元・現保育士という偶然の一致で子供の話題にもすごく理解してくれた。
 新婚のユミちゃんから旦那さんとの日々の話も聞いたし、エリちゃんはまだ付き合って日が浅い彼氏との話もしてくれた。
 オーナーの奥さんも「この時間があるから私はがんばれるよ。。。」と言ってくれていた。

 それは本当に幸せで、楽しい日々だったお互いがお互いを気遣い、フォローし合って仕事をすることができるとてもいい関係性とバランスだった。
 ほんとうに奇跡的なメンバーで、こんな職場ならずっといられるのに、とさえ思ったけれど、同時にこんな幸せはきっと長く続かないんだろうとも思っていた。人も環境も、絶えず変わっていくものだから。

そして突然のエリちゃんとの別れ

 桜の咲く季節に社員として入ってきたエリちゃんとの時間はたのしいままにどんどん過ぎ、新年を迎えた。年末年始はいつも以上に忙しそうでエリちゃんも疲れているように見えたけど、パートの端くれである私には休憩中のお菓子を差し入れてあげることくらいしかできなかった。
 そんなある日、お店でイレギュラーなイベントが開催されることになった。学生のアルバイトさんたちが主催してお店を一日貸し切る形でマルシェが催されたのだ。その日、お休みをもらえたエリちゃんは友達家族を連れて遊びにやってきた。
 エリちゃんは終始楽しそうにマルシェの出店者さんとたくさん話し、色々と雑貨を買い、おやつも食べて、にこにこの笑顔で帰って行った。

 そしてその一週間後はお店の歓送迎会だった。年に2回開かれる歓送迎会は、お店を早仕舞いして従業員全員で飲んだり食べたりする親睦会のようなものだった。
 歓送迎会当日、夕方になってお店に集まり始めたメンバーが各々のドリンクを作りながら世間話をしていた。その中の一人が「エリちゃんは今日休みだったよね、そろそろ来るのかな?」と言った時、近くにいたオーナーが「エリちゃん、来ないよ」と静かに言った。その一言で、何かよくないことが起こったことだけはみんなが一瞬で察知した。「え?え?どういうことですか?」みんな口々に聞いた。

 エリちゃんはその日の午後、退職代行を使って辞めていたのだった。

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