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あの夏、私はゲル状になった気がした。  前編

最近、今さらながら「あれはそういう事だったのか!?」と思った事がある。

それは、「テレワークに不安感や孤独感を感じる」という声がある事に関してだ。
(昨年の春くらいに見たテレビの情報なので今は別になのかもだけれど)

その「不安感」についても色々なパターンがあるようだが、
「コミュニケーションや評価に対する不安や孤独」
という項目が結構な割合を占めているという事にハテナが飛んだ。

「これまでと違うやり方で仕事が出来るのか?」という意見はわかる。
「仕事とプライベートの切り替えが難しい」という意見はものすごくわかる。

しかし、「コミュニケーションや評価に対する不安や孤独感」というのがよくわからず疑問を抱いた。
職人となってからは一人で籠って仕事をしているから理解できないというのもある。

だが先日、不意に思い当たる事があった。
とある仕事の納品先でIT系の方がこんな話をしていたのだ。

「テレワークが続くと、なんとなくチームの空気がどんよりしてくる。
だから会社から従業員へお菓子を送ったり工夫をしている。」

なんて良い方なんだと思いつつ話を聞いていた時、「もしかしてあの時の気持ちと似てるのかも!?」とハッとした。
それは、「自転車で日本一周します」と言って新卒で入社した会社を2年ちょっとで辞めた夏の事である。
本当の退職理由は、「なんとなく会社を続けることが不安で無気力になったから」だったのだけれど。

最後の出勤を終えたのは7月であったが、真夏に自転車旅などする気が起こらず、朝晩が涼しくなる9月中旬に出発することに決めた。
出発までの約2か月間は、自転車の道具を揃えたりする準備期間とした。

この2か月間に感じていた気持ちが、「テレワークの不安感や孤独感」に共通するものだったのではと、ふと思い当たったのだ。

退職してすぐの頃はそれなりに自由を満喫していたが、それもやがて難しくなってきた。
はじめての自転車旅とはいえ、2か月という準備期間は充分すぎるほどに長かった。

気が向いたらネットで自転車道具を買ってノロノロと準備しながら、ダラダラと家で過ごすうちに、
会社を辞める前とはまた別の不安を感じるようになっていた。

それが、「社会とのつながりを失ったような不安や孤独感」であったのだ。
周囲がこれまで通り日々前進していく中で、自分だけが置いてけぼりを食って取り残されているような気がしていた。

そのような悶々とした状態で他人と接触することも無く布団に寝転がって過ごしていると、
なんだか自分という存在がどこの誰でもなく曖昧になってくる感じがした。

自分の体を構成している細胞の結合が緩んできているのではないかとさえ思えた。
そして形を保てず、スライムみたいにべちゃっと溶け出すのではないかと。

そのような状況になって初めて、それまで当たり前に持っていた「学生」や、
「○○会社の社員」などの社会的身分がいかに自分を守ってきたのかを知った。

いつの間にかそれが自分の存在を保証するまでになっていたようだ。

だから、それが無くなってしまった事で存在そのものに心許なさを感じてしまったのだと思う。
具体的な目標や計画あっての退職という選択であれば心境は違っただろうが。

テレワークになったりで一定数の人が感じている孤独感というのは、あの時の自分と同じようにどこか、
自分の存在の確認がとりづらくて心許なさを感じている所もあるのではないかと思ったのだ。

もしそうなのだとしたら、実はそれはとても重要な良い機会なのではないかと思う。


つづく

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