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英会話ロボットでの学習に隠されているメソッドとは?

「ロボットと小学生の英会話レッスン ~我が家で実践している学習のヒントと工夫~」の記事を読んでいると、英会話ロボットという教具と、その運用方法の中に、いくつかの教授法が背景として見て取れます。

語学の教授法には、さまざまなアプローチ(理論)・メソッド(方法)・テクニック(技術)があります。どれも一長一短があり、そのときどきのトレンドはありますが、実際には、目的に沿って、学習者自身に向いた方法で(そうでなければそもそも長続きしないので、効果を出しようがありません。)進めていくのが定石です。

小学生向けの「みんなのチャーピー先生」にはどんなメソッドが潜んでいるのでしょうか?「3つの学習ステップ」について考察したいと思います。

▼目次
伝統的教授法から母語習得過程をモデルとした教授法へ 
日本と縁の深い言語学者パーマー 
オーラル・メソッドの手法 
チャーピーの学習ステップの背景にあるメソッド 
編集後記 

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伝統的教授法から母語習得過程をモデルとした教授法へ

まずは、背景となる教授法の大きな流れを簡単に見ていきましょう。

語学の教授法は、中世ヨーロッパにおけるギリシャ語やラテン語の教育に端を発しています。その目的は、教養として、西洋文明のルーツである古典を読みこなすこと。読み書きが中心であり、単語や文法を暗記したり、母語に翻訳するのが主な学習のスタイルでした。(学生時代に「古代ギリシャ語」や「ラテン語」のクラスを受講していましたが、まるで暗号解読している気分でした。笑)この方法は「文法訳読法」と呼ばれています。

18世紀後半に産業革命が起こると人的交流が盛んになり、19世紀に入るとコミュニケーションの手段としての語学学習のニーズが高まっていきます。読み書き中心であった文法訳読法への批判から、それに代わる教授法として、母語習得に倣った方法が提唱されるようになりました。

この方法は「直接法」(注1)と呼ばれ、使われる場面や状況を提示することによって、文や語の意味を、学習言語に直接結びつけて理解させる手法を取ります。ナチュラル・メソッド、オーラル・メソッドなど、いくつかのメソッドがあり、語学学校で有名な「ベルリッツ・メソッド」は、ナチュラル・メソッドのひとつとされています。
(注1:日本でよく使われる、いわゆる媒介言語を使わない指導法である「直接法」という概念とは異なりますので、要注意。)

日本と縁の深い言語学者パーマー

この直接法のひとつに「オーラル・メソッド」という教授法があります。文字通り、口頭練習を中心としたメソッドで、音声言語の習慣化を目指すものです。イギリスの言語学者パーマー(Harold E. Palmer 1877 − 1949)が提唱しました。

当時、ヨーロッパで気鋭の言語学者であったパーマーは、文部省の招聘により1922年に来日、いわゆる御用学者として14年間日本に滞在しました。英語教授研究所を創設するなど、第二次大戦前の日本の英語教育に大きな影響を与えた人物で、中学・高校の英語教師に与えられる最高の栄誉である「パーマー賞」に、その名を残しています。

パーマーの言語観は、近代言語学の父と呼ばれるスイスの言語学者ソシュールに強く影響を受けています。
ソシュールは、言語能力(language)には2つの側面、

● 社会的側面(langue)
● 個人的側面(parole)

があるとしました。そして、パーマーも同様に、言語には

● 言語体系(code)
● 言語運用(speech)


の両面があるとし、言語教育の対象は、言語に関する規則(言語体系)を知識として得ることではなく、生活場面でコミュニケーションの道具として使えるような技術(言語運用)であるべきだと考えたのです。

オーラル・メソッドの手法

パーマーは、言語が運用できるようになるには、「5習性」

① 耳による観察(auditory observation)
② 口まね(①の模倣)(oral imitation)
③ 口ならし(catenizing)
④ 意味づけ(semanticizing)
⑤ 類推による作文(composition by analogy)

を身につけることが必要であるとしました。音声重視のステップによって、ネイティブのように話せることを目指したわけです。

そして、具体的な練習方法としては、7つの練習活動をあげています。

① 耳を訓練する練習(ear-training exercise)
② 発音練習(articulation exercise)
③ 反復練習(repetition exercise)
④ 再生練習(reproduction exercise)
⑤ 置換練習(substitution exercise)
⑥ 命令練習(imperative exercise)
⑦ 定型会話(conversational exercise)

この置換練習は、のちのパターン・プラクティスの先駆けでもあり、パーマーの理論と方法は、アメリカの英語教育にも大きく貢献しています。1950年代半ばにミシガン大学のフリースが提唱した、構造言語学や行動心理学に基づくオーディオ・リンガル法も、オーラル・メソッドから大きく影響を受けた教授法のひとつです。

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チャーピー・パーマー(苦しいこじつけ?)

チャーピーの学習ステップの背景にあるメソッド

では、「みんなのチャーピー先生」の学習ステップを見ていきましょう。

≪チャーピー先生の3つの学習ステップ≫
1. コピーキャット・・・文単位のかたまり(ブロック)でおこなうリピート練習
2. スキット練習・・・1で練習した文章を使った会話練習。
3. スピーチ発表・・・学習テーマに沿ったミニスピーチを練習し発表する。

先ほど触れたパーマーの「5習性」と対比してみます。

1.コピーキャット

“Repeat after me!”

コピーキャット

①耳による観察で、注意深く聴きます。
②口まねをします。このとき、単語ではなく、フレーズや文章の発話単位で行うことで、会話力につなげていきます。(上手に言えるとチャーピーが英語で褒めてくれます!)
④意味づけ「みんなのチャーピー先生」にはテキストに和訳がついていますので、目で見て意味を確認できます。

2.スキット練習

“Practice the skit. Do the A part.”

スキット

③口ならし。コピーキャットで練習したフレーズを使って、会話練習をします。学習者はお手本なしでAのパートを読み上げ、チャーピーに話しかけます。(チャーピーはBのパートを返答してくれます。)
④意味づけ。スキットの一部がステップ1と比べると応用され、一部単語やフレーズが置き換わっている場合がありますが、テキストを見れば意味を確認することができます。

3.スピーチ発表

“Learn Charpy’s speech!”  and  “Start the speech.”

スピーチ

①耳による観察で、注意深く聴きます。
⑤類推による作文。本来であれば、自分のことに置き換えて作文を考えて発表するのが望ましいのですが、小学生なので、まずはチャーピーのスピーチを真似ることで代替練習とします。


このように≪チャーピー先生の3つの学習ステップ≫は、話すためのオーラル・メソッドのノウハウをしっかり踏襲しています。

昨今、このオーラル・メソッドは、お手本を聞いて繰り返し行う練習(パターン・プラクティス)が単調で飽きるとされ、あまり人気がありません。

しかし、入門・初級段階の学習者にとって、

・母国語にない音を注意深く聞き取る
・発音・抑揚を真似てリピートする
・発話単位の長さで一息に言う

といった練習で基礎を固めておくことは大変有意義です。パーマー自身、最初はオーラル・メソッドで教えるが、学習が進むにつれて様々な方法で指導した方がよいと述べています。

臨界期を超えた年齢で海外に移住して、流暢に話すことはできるのに、母国語のクセがいつまでも取れない話者は少なくありません。

俗に9歳の壁、10歳の壁などと言いますが、母国語にチューニングされる前の耳や舌に、英語の刺激を与えておくことは、のちのち大きな財産になります。(2歳で日本に戻った帰国子女が、すっかり忘れていた現地の言葉を大学生になって学習したら、ネイティブから、当時住んでいた土地の訛を指摘されたという話も!)

10歳になると心理的にも大人に近くなり、素直に外国語をリピートしてくれないという問題も起きてきます。まだ無邪気さが残るうちに、日々英語に触れる暮らしをするのは大きなアドバンテージとなるでしょう。

語学の4技能のうち、話すための教具・教材が少ない中、単調になりがちな基礎トレーニングを、チャーピーというお茶目な鳥型ロボットと会話スタイルで学習できるというのは、なかなか画期的なことではないかと思うのです。

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参考文献
有田佳代子「パーマーのオーラル・メソッド受容についての一考察 :「実用」の語学教育をめぐって」一橋大学留学生センター紀要 2009
小篠敏明「Harold E. Palmerの 英語教授法に関する研究」第一学習社 1995
佐々木泰子編「ベーシック日本語教育」ひつじ書房 2007
福島祥行+國枝孝弘「ヨシとクニーのかっ飛ばし仏語放談」ふらんす 2016年11月号 白水社 
オーラルメソッド「ウィキペディア(Wikipedia)」2020/9/1
オーラルメソッド「世界大百科事典」平凡社
ハロルド・E・パーマー「ウィキペディア(Wikipedia)」2020/9/1

編集後記

最近「教授法」の講義を受ける機会があり、改めて語学の学習方法の遷移を見直しています。

昨今は、21世紀型教育として、個人の興味のままに掘り下げていくとき、人はよりよく学ぶという思想が流行っています。アウトプットを前提とした学習はモチベーションも高く、その価値も十分わかります。しかし、20世紀型の、基本の型をしっかり入れ込んでいくような教育もまた同時に必要なのだと実感させられることも多いです。

言葉と言うのは曖昧なもので、意識してしないとふわふわした表現になって、結局何が言いたいのかよくわからない文章になっていることがあります。社会人になって英語を使うとなると、圧倒的に電子メールでのやりとりが主流です。「メールの返信が来なくて困っている・・」と若手社員から相談を受けて文面を見ると、動詞周りがありえない組み合わせだったり、分詞の形容詞的用法を取り違えて逆の意味の係り方になっていたり。「これでは受け取った人も何を伝えたいのかわからないから、返事のしようがないよ。」などということも。

習い事も好きな練習ばかりでは上達しません。先人が生み出したさまざまな学習法から自分に必要なものを見極めて、しっかりと基礎固めをすることが大切だと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。
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